月山・湯殿山
八日、月山へ登る。
本文 現代語訳
八日月山にのぼる木綿しめ身に引つけ寶冠に頭を包み强力といふ者に道びかれて雲霧山氣の中に氷雪をふんでのぼる事八里さらに日月の道の雲關に入かとあやしまれ息絕身凍へて頂上にいたれば日沒て月顯る笹を敷篠を枕として臥て明るを待つ日出で雲消ゆればゆどのに下る谷の坊に鍛冶小屋といふ有り此國のかぢ靈水を撰て潔齋して劔を打ち終に月山と銘を切て世に賞せらる彼龍泉に劔を淬とかや干將莫耶のむかしをしたふ道に堪能の執あさからぬ事しられたり
八日、月山へ登る。身に木綿の注連を付け、頭を宝冠で包み、強力という案内役に導かれた。雲霧や山の冷気の中で氷雪を踏み、八里登る。まるで太陽や月の通る、雲の関門へ入ったかと驚く。息は絶えそうで体は凍え、頂上に着くと日が沈み、月が現れた。笹を敷き、篠を枕に横になって夜明けを待つ。日が出て雲が消えると湯殿へ下った。谷の坊には鍛冶小屋がある。この国の鍛冶は霊水を選び、身を清めて刀を打ち、最後に「月山」と銘を刻むので、世に賞賛される。中国の龍泉で剣を鍛えた話や、干将・莫耶の昔がしのばれる。その道に打ち込む思いの深さが分かる。
岩に腰をかけてしばし休らふほど三尺ばかりなる櫻のつぼみ半開けるありふりつむ雪の下に埋れて春をわすれぬ遲ざくらの花の心わりなし炎天の梅花こゝにかほるがごとし行尊僧正のうたもこゝにおもひ出て猶まさりて覺ゆすべて此山中の微細行者の法式として他言する事を禁ずよりて筆をとゞめて記さず坊にかへれば阿闍梨の需に依て三山順禮の句々たんざくに書く
岩に腰を掛けて休んでいると、高さ三尺ほどの桜が半ば花を開いていた。降り積もる雪に埋もれても春を忘れない、この遅桜の心はいじらしい。炎天に梅の花が香るようである。行尊僧正の歌も思い出され、それにもまして感じ入った。この山中の詳しいことは、修行者の決まりとして他言を禁じられているので、筆を止めて記さない。坊へ戻り、阿闍梨の求めに応じて、三山巡礼の句を短冊に書いた。
凉しさやほのみか月の羽黑山
涼しいことだ。かすかな三日月が浮かぶ羽黒山よ。
雲のみね幾つくづれて月の山
幾つもの雲の峰が崩れ去っても、月山は変わらずそびえている。
語られぬ湯殿にぬらす袂哉
語ることを許されない湯殿で、涙に濡れる袂よ。
湯どの山錢ふむ道の泪哉 曾良
湯殿山では、賽銭を踏みながら進む道に、涙がこぼれる。 曾良
原文 / 転記元の異文注を整理
八日月山にのぼる木綿しめ身に引つけ寶冠に頭を包み强力といふ者に道びかれて雲霧山氣の中に氷雪をふんでのぼる事八里さらに日月の道の雲關に入かとあやしまれ息絕身凍へて頂上にいたれば日沒て月顯る笹を敷篠を枕として臥て明るを待つ日出で雲消ゆればゆどのに下る谷の坊に鍛冶小屋といふ有り此國のかぢ靈水を撰て潔齋(一本撰てノ下こゝにトアリ)して劔を打ち終に月山と銘を切て世に賞せらる彼龍泉に劔を淬とかや干將莫耶のむかしをしたふ道に堪能の執あさからぬ事しられたり
岩に腰をかけてしばし休らふほど三尺ばかりなる櫻のつぼみ半開けるありふりつむ雪の下に埋れて春をわすれぬ遲ざくらの花の心わりなし炎天の梅花こゝにかほるがごとし行尊僧正のうたもこゝにおもひ出て猶まさりて覺ゆすべて此山中の微細行者の法式として他言する事を禁ずよりて筆をとゞめて記さず坊にかへれば阿闍梨の需に依て三山順禮の句々(一本句をトアリ)たんざくに書く(一本付すトアリ)
凉しさやほのみか月の羽黑山
雲のみね幾つくづれて月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂哉
湯どの山錢ふむ道の泪哉 曾良
注
- 語られぬ
- 湯殿山の神域で見たことを口外しない戒めが、言葉にできない感動にも重なります。
AI試訳 / 専門家未校閲