雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

末の松山・塩竈の浦

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おくのほそ道 / 松尾芭蕉 / 第24節 / 全56節

それから野田の玉川、沖の石を訪ねた。

本文 現代語訳

それより野田の玉川冲の石をたづぬ末の松山は寺を造てすゑの松山といふあひ〳〵みな墓原にて羽をかはし枝を連るちぎりの末も終はかくのみと悲しさもまさりて鹽がまのうらに入相のかねを聞く
それから野田の玉川、沖の石を訪ねた。末の松山には寺が建ち、末の松山と呼ばれている。松の間はみな墓地で、比翼の鳥、連理の枝になろうと誓った仲の末も、結局はこのようになるのかと、悲しみが深まった。塩竈の浦で夕暮れの鐘を聞く。
五月雨の空聊晴れて夕月夜かすかにまがきが島もほど近し蜑の小舟こぎつれて肴わかつ聲〳〵につなでかなしもとよみけん心もしられていと哀也その夜盲法師の琵巴(琶ノ誤也)をならしておく上るりといふ物をかたる平家にもあらず舞にもあらず鄙びたる調子うちあげて枕近うかしましけれど流石に邊土の遺風忘れざるものから殊勝に覺えらる
五月雨の空が少し晴れ、夕月がかすかに見え、籬が島もほど近い。漁師の小舟が連れ立って漕ぎ、魚を分ける声が聞こえるたび、「綱手かなしも」と歌った古人の心が分かり、しみじみ感じ入る。その夜、盲目の法師が琵琶を弾き、奥浄瑠璃というものを語った。平家語りでも舞曲でもなく、素朴な土地の調子を張り上げる。枕元で騒々しくはあったが、辺境に伝わる昔ながらの芸を忘れずにいることに、感心した。
原文 / 転記元の異文注を整理

それより野田の玉川冲の石をたづぬ末の松山は寺を造てすゑの松山といふあひ〳〵(一本松のあひ〳〵トアリ)みな墓原にて羽をかはし枝を連るちぎりの末も終はかくのみ(一本かくの如きトアリ)と悲しさもまさりて鹽がまのうらに入相のかねを聞く

五月雨の空聊晴れて夕月夜かすかにまがきが島もほど近し蜑の小舟こぎつれて肴わかつ聲〳〵につなでかなしもとよみけん心もしられていと哀也その夜盲法師の琵巴(琶ノ誤也)をならしておく上るりといふ物をかたる平家にもあらず舞にもあらず鄙びたる調子うちあげて枕近うかしまし(一本かしがましトアリ)けれど流石に邊土の遺風忘れざるものから殊勝に覺えらる

注

比翼・連理
離れない鳥やつながった枝に、夫婦の強い結び付きをたとえる言葉。墓地を前に、約束も死を免れないことを思います。

AI試訳 / 専門家未校閲