神主長屋惣八が事
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第一集 第5話 / 文宝堂 西村寿卜
改宗した病人が、死んだ翌日に寺を訪ねてくる。
本文 現代語訳
神主長屋惣八が事 文宝亭
神主長屋惣八のこと 文宝亭
浅草元鳥越明神前に神主長屋といふあり。この長屋をあづかり守れる惣八といふもの、年ごろ多病なるにより、くすしの匙をつくせども、させるしるしのなかりしかば、ある人のすすむるまにまに、にはかに宗旨を改めて日蓮になりてけり。この者、もと浄土宗にて、その菩提所は浅草なる小揚町の浄念寺なりければ、ある日、病の間ある折に浄念寺に赴きて、「やつがれ、長病祈祷のために日蓮宗にならばやと思ひ定め候。しかれども改宗はただわが夫婦のみにして、子どもらはさる望みもなし。かかれば、かれらはいついつまでも貴寺を菩提にこそ頼み奉るなれ。この義を受け引き給へかし」と、また他事もなく申ししを、住持は聞きて、「一議に及ばず。いはるる趣、心得たり。さらに仔細あるべからず」と答へられたりければ、惣八深く歓びて、「しからば今よりやつがれらは何がし寺〔寺号を忘れたり〕を菩提所に頼み侍らん」とて、まかり出でにけり。
浅草元鳥越明神の前に「神主長屋」という長屋がある。この長屋を預かって守る惣八という者は、長年病気がちで、医者が手を尽くしても、これといった効き目がなかったので、ある人の勧めるままに、にわかに宗旨を改めて日蓮宗になった。この者はもと浄土宗で、菩提寺は浅草小揚町の浄念寺だったので、ある日、病の合間に浄念寺を訪ねて言った。「私は長患いの祈祷のために日蓮宗になろうと思い定めました。ただし改宗するのは私ども夫婦だけで、子どもたちにはそんな望みはありません。ですから、子どもたちはいつまでも貴寺を菩提寺としてお頼みします。この点をお聞き届けください」。ほかには何も言わずにそう申し上げたのを、住持は聞いて、「議論するまでもない。おっしゃる趣旨は心得た。ほかに差し支えはない」と答えたので、惣八は深く喜び、「それでは今から私どもは某寺〔寺の名は忘れた〕を菩提寺にお頼みします」と言って退出した。
これより法華を信仰して題目をのみ唱へしかども、病はいよいよ重りつつ、ふるとしべ〔文政七年〕の大つごもりには、わきて危ふく見えけるに、みづから浄念寺に赴きて、「過ぎつるころ、しかじかと申して改宗したれども、病は同じやうに侍り。かかれば、いかで初めのごとく御寺に葬り給はれかし。やつがれ、くすしの力にも及ばず、今は黄泉路に赴き侍れば、またさらにこの事を頼み奉らんために、病苦を忍びて参りぬ」といひ果てて、出でゆきけり。住持はひそかにあやしみて、その夕べ、人を遣はして惣八がり問はせしに、「惣八はきのふ夕つ方に身まかりぬ」と聞こえけり。住持は聞きて、かつ驚き、「さては来たるはかの者の亡き魂にこそありけれ」とて、いとど不便に思ひつつ、すなはちかれが願ひのまにまに浄念寺に葬りぬ。こは今茲〔文政八年〕正月二日の事にぞありける。
それから法華を信仰して題目ばかり唱えたが、病はいよいよ重くなり、去年〔文政七年〕の大晦日にはとりわけ危なく見えた。ところが本人が浄念寺を訪ねて来て、「先ごろ、かくかくと申して改宗しましたが、病は変わりません。ですから、どうか初めのとおり御寺に葬ってください。私は医者の力も及ばず、今は黄泉路に向かいますので、あらためてこのことをお頼みするために、病の苦しみをこらえて参りました」と言い終えて、出て行った。住持はひそかに不審に思い、その夕方に人をやって惣八の家に尋ねさせたところ、「惣八は昨日の夕方に亡くなりました」ということだった。住持は聞いて驚き、「では来たのはあの者の亡き魂だったのか」と、いっそう哀れに思って、すぐに本人の願いのとおり浄念寺に葬った。これは今年〔文政八年〕正月二日の出来事である。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
神主長屋摠八が事 文寶亭
淺草元鳥越明神前に神主長屋といふあり。この長屋をあづかり守れる摠八といふもの、年ごろ多病なるにより、くすしの匙をつくせども、させるしるしのなかりしかば、ある人のすゝむるまにまに、俄に宗旨を改めて日蓮になりてけり。このもの元淨土宗にて、その菩提所は淺草なる小揚町の淨念寺なりければ、ある日病ひの間ある折に淨念寺に赴きて、やつがり長病祈禱の爲に日蓮宗にならばやと思ひさだめ候。しかれども改宗は只わが夫婦のみにして、子どもらはさる望もなし。かゝれば、かれらはいついつまでも貴寺を菩提にこそたのみ奉るなれ。この義をうけ引給へかしと、亦他事もなくまうしゝを、住持は聞て、一議に及ばず、いはるゝ趣こゝろ得たり、更に仔細あるべからずと答へられたりければ、摠八ふかく歡びて、しからば今よりやつがりらは何がし寺〔寺號を忘れたり〕を菩提所にたのみ侍らんとて、まかり出にけり。
是より法華を信仰して題目をのみ唱へしかども、病ひはいよいよおもりつゝ、ふるとしべ〔文政七年〕の大つごもりには、わきてあやふく見えけるに、みづから淨念寺に赴きて、過つる比しかじかと申て改宗したれども、病ひはおなじやうに侍り。かゝれば、いかではじめのごとくみてらに葬り給はれかし。やつがりくすしの力にも及ばず、今はよみぢに赴き侍れば、又さらに此事をたのみ奉らん爲に、病苦を忍びてまゐりぬといひ果てゝ、いでゆきけり。住持は竊にあやしみて、そのゆふべ人を遣して摠八がりとはせしに、摠八はきのふ夕つがたに身まかりぬと聞えけり。住持は聞て且おどろき、さては來るはかのものゝなき魂にこそありけれとて、いとゞ不便に思ひつゝ、すなはちかれが願のまにまに淨念寺に葬りぬ。こは今茲〔文政八年〕正月二日の事にぞ有ける。
文寶亭識
注
- 写本の位置
- 写本は3167の23カット目右ページの後半から24カット目右ページまで。24カット目右ページの末尾に「文寶亭識」とあり、次の話「ひやうし考」が続く。
- 校合
- 「ふるとしべ〔文政七年〕」の割注は写本の読み。活字本系テキストは「文政四年」とする。話の日付が文政八年正月なので、去年にあたる七年が文脈に合い、写本を採った。
- 校合
- 披講者の名は写本の本文と署名で「文寶亭」、写本の目録と活字本系テキストでは「文寶堂」。原文欄は本文の表記に従い、読みやすい本文と現代語訳では「文宝亭」とした。文宝堂は西村寿卜の号。
- 注記
- 「摠八」は写本の表記。読みやすい本文では目録に合わせて「惣八」とした。
- 注記
- 「やつがり」は「やつがれ」の写本の表記。読みやすい本文では「やつがれ」とした。
- 注記
- 元鳥越明神は今の台東区鳥越の鳥越神社。小揚町の浄念寺は今の台東区蔵前にある浄土宗の寺。
AI試訳 / 専門家未校閲