賢女
天文方高橋作左衛門の妻が、夫の学問の妨げになる柿の大木を切り倒させる。
本文 現代語訳
賢女
賢女
天文方高橋作左衛門、その父作左衛門、もとは浪花の同心なりしが、天学に長ぜしかば、かねて登用せられしなり。いまだ浪花に在りし時、庭に大なる柿の樹あり。秋ごとにその実を売りて若干の黄金を得しとぞ。然るにその辺の若者ども、夜にまぎれて盗むこと数知らず。よりてその守りに主も安からで、夜もすがら見めぐりなどす。ある時、番より帰りて見れば、さばかりの大木を根際より伐り倒してあり。「こはいかなることぞ」と驚きあわてければ、妻のいふやう、「わらはが切らせぬるなり」と。「何故にさはせしぞ」と咎めければ、「さん候。ぬしは天学にて、必ず家を起こさせ給ふべき兆し見え侍り。されば夜ごとに屋根にのぼり霄漢をうかがひ、深更に至り、そのうへにこの樹のために精神を費やし給ふは、便なき事なり。この木あらずば本業専一にてよかるべしと思ひ侍るによりて、かくは計らひし」といひけるとぞ。いにしへの何がしらが妻にも劣らぬ女とぞ思はるる。これ、今の作左衛門が母なり。さるに、夫のここに召されし頃は、黄泉の国にまかりし後なりき。悲しとも悲しき事ならずや。
天文方の高橋作左衛門、その父の作左衛門は、もとは大坂の同心であったが、天文学に長じていたので、かねて幕府に登用された人である。まだ大坂にいた時、庭に大きな柿の木があった。秋ごとにその実を売って、いくらかの金を得ていたという。ところが近所の若者たちが夜にまぎれて盗むことが数知れず、その見張りに主人も気が休まらず、夜通し見回りなどをしていた。ある時、見張りから帰って見ると、あれほどの大木が根元から伐り倒されていた。「これはどうしたことか」と驚きあわてると、妻が言うには、「私が切らせたのです」と。「なぜそんなことをしたのか」と咎めると、「はい。あなたは天文学によって必ず家を興しなさるはずの兆しが見えます。それなのに夜ごと屋根に登って天をうかがい、夜更けまで過ごし、そのうえこの木のために精神をすり減らしなさるのは、もったいないことです。この木がなければ本業ひとすじでいられるだろうと思いましたので、こう取り計らったのです」と言ったという。昔のだれそれの妻にも劣らない女性だと思われる。これが今の作左衛門の母である。それなのに、夫が江戸へ召し出された頃には、すでに亡くなった後であった。悲しいにもほどがある話ではないか。
文政八年二月初八 輪池
文政八年二月八日 輪池
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
賢女
天文方高橋作左衞門、その父作左衞門、もとは浪花の同心なりしが、天學に長ぜしかば、兼て登用せられしなり。いまだ浪花に在りし時、庭に大なる柹の樹あり。秋ごとにその實をうりて若干のこがねを得しとぞ。然るにその邊の若者ども、夜にまぎれてぬすむこと數しらず。よりてその守りにあるじいもやすからで、夜もすがら見めぐりなどす。ある時番より歸りて見れば、さばかりの大木を根ぎはより伐りたふしてあり。こはいかなることぞとおどろきあはてければ、妻のいふやう、わらはがきらせぬるなりと。何故にさはせしぞと咎めければ、さん候、ぬしは天學にて必家をおこさせ給ふべききざし見え侍り。されば夜ごとに屋根にのぼり霄漢をうかゞひ、深更に至り、そのうへにこの樹の爲に精神をつひやし給ふはびんなき事なり。此木あらずば本業專一にてよかるべしとおもひ侍るによりて、かくははからひしといひけるとぞ。いにしへの何がしらが妻にもおとらぬ女とぞ思はるゝ。これ今の作左衞門が母なり。さるに夫のこゝにめされし比は、よみの國にまかりし後なりき。かなしともかなしき事ならずや。
文政八年二月初八 輪池
注
- 写本の位置
- 写本は3167の39カット目右ページから39カット目左ページまで。39カット目左ページの末尾に「文政八年二月初八 輪池」の署名があり、40カット目右ページから第3話「武州多摩郡貝取村にて古碑を掘出せし話」が始まる。
- 注記
- 写本の題の下に披講者の名はなく、目録は「仝」で前話の輪池堂を受ける。末尾の署名は「輪池」。
- 校合
- 「兼て登用せられし」は写本の読み。活字本系テキストは「兼ねて」とする。
- 校合
- 「伐りたふして」は活字本系に従った。写本は「伐たふして」とも読め、判読を保留する。
- 注記
- 「柹」は正字体で、写本の字形は柿と区別がつかない。
- 注記
- 高橋作左衛門は天文方の高橋景保で、その父は寛政の改暦にあたった高橋至時。至時は大坂定番同心の家から幕府天文方に登用された。話の妻は至時の妻で、至時が江戸へ出た寛政七年に亡くなった。人物の特定は雲亭の推定で未確認。
- 注記
- 「霄漢」は天空のこと。「いにしへの何がしらが妻」は、夫の学問を助けた古の賢婦人を漠然と指す。
AI試訳 / 専門家未校閲