蚘蟲図
奥州南部領の百姓が長患いの末に吐き出した異物の図と、脹満で臍が破れた男の報告。
本文 現代語訳
蚘虫図
回虫の図
〔図 この首の長さ五寸位/廻り八寸位/足より下一尺五寸これあり、末ほど細く蛇のごとし/色黒く腹うす色、牛の胆を用ひたる右の通りにこれあるべきか/この所、口にこれあるか/足の廻り大指位、長さ三寸程/皮厚きこと鮭の塩引の皮より厚く、留め、やうやく刺す/奥州南部領蒲野沢村 兵八 申三十九歳〕
〔図 この首の長さは五寸ほど、周りは八寸ほど。足から下は一尺五寸あり、先へ行くほど細く蛇のようである。色は黒く、腹はうす色で、牛の胆を用いたところ、右の通りになったものか。この所に口があるのだろうか。足の周りは親指ほどで、長さ三寸ほど。皮の厚いことは鮭の塩引の皮より厚く、押さえてもなかなか刺さらない。奥州南部領蒲野沢村 兵八 申年三十九歳〕
右の兵八、文政六未年二月頃より相煩ひ、同七申年五月十七日晩より悉く痛み甚だしく、六月二十日朝、右の通りの異物相出で候。もっとも五月六日、狂気のごとく相成り候後、水七、八升呑み候由。
右の兵八は、文政六年未の二月頃から病み、同七年申の五月十七日の晩からすべてがひどく痛み、六月二十日の朝、右の通りの異物が出た。なお五月六日に狂気のようになった後、水を七、八升飲んだという。
別紙 一、当夏、蒲野沢村書面の者、長々相煩ひ居り候て、別紙の通りの者相出でしに、今もって聢と宜しからず。此の頃、脇野沢元良などの療治を請け申したき由にて、此の元へ罷り出で候に付き、承り候ところ、右様の物いまだ左の臍より下にこれある由。左右に在りし処、右は下り候趣。その病へ鍼を四、五本相立て候へば、病人苦しみ、鍼抜き候えば、病ひ背中の方へ隠れ候由にござ候。先生方へ相見せ御承りなさるべく候。また一つ珍しき事は、三上左五兵衛殿覚え居り候、脹満病にござ候。当三月朔日より初めは風邪にて引き籠り、それより次第に腹大きく相成り込み居り候ところ、当八月十一日頃より臍出で、臍の様に張り出で居り、同月二十日七つ時、臍相破れ、濁酒色の水とくらげやうのもの交じり、あるいは玉子のふはふはの様のものも加はり、その日一升ほど、翌日三、四升、翌日二升ほど追々出で候ところ、すでに八升余、九升ばかり相出で、右の臍の破れ候ところ聢と直り申さず候。これまた御知らせ申し候えば、先生方へ相咄され御承りしかるべく候。
別紙 一、この夏、蒲野沢村の書面の者が長く病んでいて、別紙の通りのものが出たが、今もはっきりとは良くない。このごろ脇野沢の元良などの治療を受けたいというので、こちらへ出て来たのでたずねたところ、右のような物がまだ左の臍の下にあるという。左右にあったのが、右は下がったそうだ。その病んだ所へ鍼を四、五本立てると病人が苦しみ、鍼を抜くと病が背中の方へ隠れるとのこと。先生方にお見せになりお聞きになるとよい。もう一つ珍しいことは、三上左五兵衛殿が覚えている、脹満の病である。この三月一日から初めは風邪で引きこもり、それから次第に腹が大きくふくれていったところ、この八月十一日頃から臍が出て、臍のように張り出し、同月二十日の七つ時に臍が破れ、濁り酒の色の水にくらげのようなものが交じり、あるいは卵のふわふわしたようなものも加わって、その日一升ほど、翌日三、四升、翌日二升ほどと次々に出て、すでに八升あまり、九升ほども出たが、その臍の破れた所ははっきりとは治っていない。これもお知らせするので、先生方にお話しになりお聞きになるとよい。
右奇病二条、乙酉正月二十八日、友人堀尚平に得たり。 美成識
右の奇病二条は、乙酉の正月二十八日に友人の堀尚平から得た。 美成識
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
蚘蟲圖
〔圖 此首の長五寸位/廻り八寸位/足ゟ下一尺五寸有之末程細く蛇の如し/色黒く腹うす色牛の膽を用ひたる右通りに可有之哉/此所口ニ有之哉/足ノ廻り大指位長サ三寸程/皮厚キこと鮭の塩引の皮よりあつくとゞめやうやくさす/奥州南部領蒲野沢村 兵八 申三十九歲〕
右兵八、文政六未年二月比より相煩、同七申年五月十七日晩より悉痛甚敷、六月廿日朝右之通之異物相出候。尤五月六日狂氣のごとく相成候後、水七八升吞候由。
別紙 一、當夏蒲野沢村書面之者、長々相煩居候而、別紙の通り之者相出に、今聢と不宜。此比脇野沢元良抔之療治を請申度由に而此元へ罷出候に付、承り候處、右樣之物いまだ左之臍より下に有之由。左右に在し處、右は下り候趣。其病へ鍼を四五本相立候へば、病人苦しみ、鍼拔候得者、病ひ脊中之方へ隱れ候由に御座候。先生方へ爲相見御承り可被成候。又一つ珍敷事は、三上左五兵衞殿覺居候てうまん病に御座候。當三月朔日より初は風邪に而引籠、夫より次第に腹大きく相成込り居候處、當八月十一日比より臍出、へその樣にはり出居、同月廿日七時ほそ相破れ、濁酒色の水とくらげやうのもの交り、あるひは玉子のふはふはの樣のものも加り、其日一升ほど、翌日三四升、翌日二升ほど追々出候處、既に八升餘九升ばかり相出、右ほその破れ候處聢と直り不申候。是又爲御知申候得は、先生方へ被相咄御承り可然候。
右奇病二條、乙酉正月廿八日友人堀尚平に得たり。 美成識
注
- 写本の位置
- 写本は3167の44カット目左ページから45カット目左ページの前半まで。44カット目左ページに図と書き込み、45カット目右ページから45カット目左ページの前半に本文があり、同じページの後半から第6話「好問質疑」が始まる。
- 注記
- 図は太い頭から細長い尾が伸び、頭の下に二本の足のようなものが垂れた異物の絵。書き込みは右上から順に「/」で区切って一段落にした。頭の右に「此所口ニ有之哉」とあり、足の左下に皮の厚さの書き込み、右下に奥州南部領の住所と名がある。
- 校合
- 「此首の長五寸位」の「五」は写本の字が小さく判読を保留する。活字本系テキストは「此頸の長五寸位」とする。「足ゟ下一尺五寸有之」は写本の読みで、活字本系は「是より一尺五、六寸有之」とする。
- 校合
- 「牛の膽を用ひたる右通りに可有之哉」は写本の字が崩れており、「用ひたる」の部分は判読を保留する。活字本系は「牛の膽を用ひ候処、右之通ニ可有之哉」とする。
- 校合
- 「左右に在し處」は写本の読み。活字本系は「元は左右に在し處」とする。「濁酒色の水とくらげやうのもの交り」の「交り」も写本の読みで、活字本系は「加り」とする。
- 注記
- 「別紙」は写本では「一」の右上に小字で書かれ、原文では段落の頭に置いた。
- 注記
- 「蚘蟲」は回虫のこと。「てうまん病」は脹満で、腹が張って膨れる病。「七時」は七つ時で午後四時ごろ。蒲野沢村と脇野沢は今の青森県むつ市の下北半島西部の地名と解したが、雲亭の推定で未確認。堀尚平は美成の友人で未詳。
- 注記
- 書き込みの「牛の膽を用ひたる」は牛の胆を薬に用いたことと解した。「とゞめやうやくさす」は皮が厚くて鍼が容易に刺さらないことと解した。
AI試訳 / 専門家未校閲