雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

駿河町越後屋替紋合印の事

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第二集 第9話 / 文宝亭 亀屋久右衛門

越後屋の提灯や暖簾の印の意味を説き、合印の一つが長崎荒木宗太郎の朱印船の印と同じだと指摘する。

本文 現代語訳

駿河町越後屋替紋合印の事 文宝亭
駿河町越後屋の替え紋と合印のこと 文宝亭
〔図 菱の中に丸と井桁三の紋/二枝の松葉の間に井の字を配した紋/丸の中に〇〇と∧と〇を組んだ印〕
〔図 菱形の中に丸と井桁三の紋。二枝の松葉の間に井の字を配した紋。丸の中に〇〇と∧と〇を組み合わせた印〕
提灯などにこの印あり。これは「江戸四里四方、丸で十分に商ひをする」といふ印なり。
提灯などにこの印がある。これは「江戸四里四方で、丸ごと十分に商いをする」という意味の印である。
芝口松坂屋も三井の持ちにて同店なり。暖簾につくる松の印、葉形かくのごとくなるは「三井」といふ文字なりといへり。
芝口の松坂屋も三井の持ち店で、同じ店である。暖簾に付ける松の印の葉の形がこのようになっているのは、「三井」という文字なのだと言われている。
この印は表方立番などの者の半臀などへ付くる印なり。「〇〇二つは二わ、〇はまはり、∧は人といふ字にて、庭まはりの人といふ合印なり」と、三井本店に勤め居たる兵七といふ者の話なり。されどもこの〔図 丸の中に〇〇と∧と〇の印〕印は、長崎西築町乙名荒木宗太郎といひし者、元和八壬戌年、御朱印頂戴し、異国渡海の船を金札船と称したるよし、その船の印にこの印あり。されば三井にては後に考へて付けたるものなるべし。
この印は、表方の立番などの者の半纏に付ける印である。「〇〇の二つは二つの輪でにわ、〇はまわり、∧は人という字で、合わせて庭まわりの人という合印だ」と、三井本店に勤めていた兵七という者が話した。しかしこの〔図 丸の中に〇〇と∧と〇の印〕印は、長崎西築町の乙名荒木宗太郎という者が元和八年壬戌に御朱印を頂戴し、異国へ渡海する船を金札船と称したそうで、その船の印にこの印がある。だから三井では後になって考えて付けたものであろう。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

駿河町越後屋替紋合印の事 文寶亭

〔圖 菱の中に丸と井桁三の紋/二枝の松葉の間に井の字を配した紋/丸の中に〇〇と∧と〇を組んだ印〕

挑灯などに此しるしあり。これは江戸四里四方丸て十分に商ひをするといふしるしなり。

芝口松坂屋も三井の持にて同店なり。暖簾につくる松のしるし、葉形かくのごとくなるは三井といふ文字なりといへり。

此しるしは表方立番などの者の半臀などへ付るしるしなり。〇〇二ツハ二わ、〇ハまはり、∧ハ人といふ字にて、庭まはりの人といふ合しるしなりと、三井本店につとめ居たる兵七といふものゝ話なり。されども此〔圖 丸の中に〇〇と∧と〇の印〕印は、長崎西築町乙名荒木宗太郎といひしもの、元和八壬戌年 御朱印頂戴し、異國渡海の船を金札船と稱したるよし、その船のしるしに此印あり。されば三井にては後に考へて付たるものなるべし。

注

写本の位置
写本は3167の60カット目右ページから60カット目左ページの前半まで。60カット目右ページの上部に三つの印の図があり、60カット目左ページの一行目には三つ目の印が本文中に小さく描き込まれている。60カット目左ページの中ほどから第10話「銀河織女に似たる事」が始まる。
校合
図は右から、菱形の枠に丸と井桁と三を組んだ三井の定紋、松葉二枝を交差させて葉の間に井の字を配した松坂屋の暖簾の印、丸の中に〇〇と∧と〇を組んだ合印の三つ。図の中に文字はなく、〔圖〕の段落は雲亭の説明。活字本系テキストも底本の図を掲げる。
校合
「丸て」「商ひ」「付るしるし」「付たるもの」は写本の読み。活字本系テキストは「丸で」「商い」「付くる」「付けたる」とする。
注記
「〇〇二ツハ二わ」の「ハ」は記号の説明なので写本のカタカナのまま残した。「御朱印」の前の空白は写本の闕字。
注記
「二わ」は二つの輪で「にわ」、「まはり」は丸、「人」は∧の形で、三つを合わせて「庭まはりの人」と読ませる判じ物と解した。「半臀」は半纏、「乙名」は長崎の町役人、「金札船」は朱印船のこと。
注記
文宝亭は兎園会の同人で、亀屋久右衛門とされる江戸の商人。荒木宗太郎は長崎の朱印船貿易家で、元和八年は1622年。人物の同定は雲亭の推定で未確認。

AI試訳 / 専門家未校閲