著作堂主人跋
馬琴が天保四年に、紛失した第一集第二集の合巻を木村黙老の写しから復元した経緯を記す跋。
本文 現代語訳
予が蔵棄せるこの一二の合巻一冊、去ぬる壬辰の冬十二月より今年癸巳の春夏の間にや紛失したり。さりとは思ひかけずして、文月なかばに所要ありて取り出ださんとしつる折、あらずなりしに心づきて、家の内いへばさらなり、なほあちこちと漁りしかども、つひにこれあることなし。予は書を愛すること大方ならねば、貸進の折などにはそを心じるし付けて等閑にせざりしに、この一巻の失せたるは怪しきまでに思ふものから、せんすべもなかりしを、去ぬる年黙老翁にこの書を貸して、かしこにて写し留められしかば、そをまたここへ備へんとて謄写すること四日ばかり、やや足らざるを補ひ得たり。〔頭書 再び云ふ、この一二の巻の失せしを甲午の春ゆくりなく見出だしたれど、前本は写し宜しからざるもあれば、これをもて正本とす。この書、知音の友一両人の外は見ることを許さず、まいて謄写を許ししは只二度のみなりき〕時に
私が蔵にしまい込んでいたこの第一集第二集の合巻一冊は、去る壬辰の年の冬十二月から今年癸巳の春夏の間に紛失した。まさかそんなことがあるとは思いもよらず、七月なかばに用があって取り出そうとした折になくなっていることに気づき、家の中は言うまでもなく、なおあちこちと探したけれども、ついに見つからなかった。私は書物を愛することが並ではないので、人に貸すときなどにはそれを心覚えに書き留めておいて疎かにしなかったのに、この一巻が失せたのは不思議なくらいに思われるものの、どうしようもなかったところ、去年黙老翁にこの書を貸して、あちらで写し留めておられたので、それをまたここへ備えようと書き写すこと四日ほど、少し足りない所を補うことができた。〔頭書 再び言う。この第一集第二集の巻が失せたのを甲午の春に思いがけず見つけたが、前の本は写しがよくない所もあるので、こちらを正本とする。この書は親しい友一両人のほかは見ることを許さず、まして書き写すことを許したのはただ二度だけであった〕時に
天保四年秋七月二十八日 著作堂主人識
天保四年秋七月二十八日 著作堂主人記す
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
予が藏弃せるこの壹貳の合卷一冊、いぬる壬辰の冬十二月より今年癸巳の春夏の間にや紛失したり。さりとは思ひかけずして、ふ月なかばに所要ありてとりいださんとしつる折、あらずなりしに心つきて、家の内いへばさらなり、猶あちこちとあさりしかども、終に是あることなし。予は書を愛すること大かたならねば、貸進の折などにはそを心じるしつけて等閑にせざりしに、此ひとまきのうせたるはあやしきまでにおもふものから、せんすべもなかりしを、いぬるとし默老翁にこの書をかして、かしこにて寫しとゞめられしかば、そを又こゝへ備へんとて謄寫すること四日ばかり、やゝ足らざるを補ひ得たり。〔頭書 再云、この一二の卷のうせしを甲午の春ゆくりなく見いだしたれど、前本は寫し宜しからざるもあれば、これをもて正本とす。この書知音の友一兩人の外は見ることをゆるさず、まいて謄寫をゆるしゝは只二度のみなりき〕時に
天保四年秋七月二十八日 著作堂主人識
注
- 写本の位置
- 写本は3167の65カット目右ページの一面。上欄に馬琴が後から加えた頭書がある。65カット目左ページと66カット目右ページは白紙で、66カット目左ページから裏表紙。第二集の目録にはない馬琴の跋で、目録外として第14の passage にした。
- 校合
- 「壬辰」は写本の読み。活字本系テキストは「壬癸」とする。原寸で確かめた。天保三年壬辰の冬から四年癸巳の春夏にかけて紛失したと読める。
- 校合
- 「知音の友」は写本の読み。活字本系テキストは「知音の者」とする。「謄寫」は写本では二箇所とも「膳寫」に近い字形で、通行の謄に統一した。「ゆるしゝは」は活字本系に従った。写本は「ゆるせしは」とも読め、判読を保留する。
- 注記
- 「ふ月」は文月で七月。「藏弃」は蔵にしまい込むこと。「貸進」は人に貸すこと。「默老翁」は高松藩家老木村黙老で馬琴の友人。「甲午」は天保五年で、頭書はその年以降に加えたもの。同定は雲亭の推定で未確認。
- 校合
- 活字本系テキストは海棠庵の署名の後に続けて載せる。この跋は第一集と第二集の合巻一冊の来歴を記すので、第一集にも関わる。
AI試訳 / 専門家未校閲