雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

猫虎相似の批評

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第三集 第10話 / 著作堂 滝沢馬琴

黒猫の胸の白は偶然のぶちで熊の月の輪と違うと、猫の観察から論じる。

本文 現代語訳

解いふ、象と熊とは、その胆四時にしたがひて、その在る所の異なるよしさへ古人弁じおきたれば、右の月の輪の説なども、ことわり或はさるよしあらん。しかれども猫と熊とはおなじかるべくもおぼえず。めのをんなの若かりし時、好みて黒猫を飼ひしこと、年ごろをふるままに、その年々に生ませし子も多くは黒猫なるをもて、これらのうへは予もよく知れり。しかるに黒猫ごとに、胸のあたりに月の輪めきたるものあるにあらず。稀にはあるもあれど、そは黒白のぶちなれば、熊の月の輪に類すべからず。いかにとなれば、熊はすべて雑毛なく、猫には雑毛多ければなり。かかれば鉢石なる人の説も、ひたすらにはうけがたく、無冤録に載せたる説も必ずとすべからず。虎は皇国になきものなれど、猫の事は知り易かり。おほよそ猫の鼠をとるに、必ず先づその吭を拉ぎて半死半生ならしめつつ、弄ぶこと半時ばかり、既に啖はんとするに及びて、必ず鼠の頂より啖ひはじめて、さて全身を尽くすものなり。或は巣立ちせし雛鼠などをば、ただ一口にくらふことあり。或は多くとり得し時、又は大鼠にして飽く時は、その頭頂より啖ひはじめ、その足より啖ふことは絶えてなし。これは予がさかりなりし時、およそはたとせあまりの程、いくたびとなく見し事なれば、遠く書をあさるに及ばず。もし疑ふ人もあらば、ためし見て、予が言の誣ひざるを知りねかし。
解が言う。象と熊は、その胆が四季に従って体の中の在りかを変えることを古人が論じておいたのだから、右の月の輪の説なども、あるいはそういう道理があるのかもしれない。しかし猫と熊が同じだとは思えない。私の妻が若かった時、好んで黒猫を飼っていたことは、年月を経るうちに、年ごとに産ませた子も多くは黒猫だったので、このあたりのことは私もよく知っている。ところが黒猫のすべてに胸のあたりに月の輪のようなものがあるわけではない。まれにはあるものもいるが、それは黒と白のぶちなので、熊の月の輪と同類にはできない。なぜなら、熊にはまったく雑毛がなく、猫には雑毛が多いからである。だから鉢石の人の説もそのまま受け入れがたく、無冤録に載せた説も必ずそうだとは言えない。虎は日本にいないものだが、猫のことなら知りやすい。だいたい猫が鼠を捕るときは、必ずまずその喉笛を押しつぶして半死半生にしたまま半時ほど弄び、いよいよ食おうとする段になって、必ず鼠の頭から食い始め、それから全身を食い尽くすものである。巣立ちしたばかりの子鼠などは、ただ一口で食うことがある。あるいはたくさん捕った時や、大鼠で腹がいっぱいになる時は、頭から食い始め、足から食うことはまったくない。これは私が盛んだった時分、およそ二十年あまりの間に何度となく見たことなので、遠く書物をあさるまでもない。もし疑う人がいたら、試してみて、私の言葉が偽りでないことを知ってほしい。
附けていふ、猫の純黒なるものは尤も得がたし。その純黒と見えたるも、その毛をわけてよく見れば、必ず白きさし毛あり。よしやさし毛なきものは、或はその爪の白く、或はあなうらの白きあり。かの薬剤に用ふといふ真の純黒の得がたきこと、かくの如し。かかれば黒猫の胸の白きは、偶然たるぶちにして、熊の月の輪と異なり。
付け加えて言う。猫の純黒のものは最も得がたい。純黒に見えるものも、その毛を分けてよく見れば必ず白い差し毛がある。たとえ差し毛がないものでも、爪が白かったり、足の裏が白かったりする。薬に用いるという本当の純黒が得がたいことは、このとおりである。だから黒猫の胸の白いのは偶然のぶちであって、熊の月の輪とは違う。
木村黙老いふ。熊胆四時によりてその在所をことにすと云へるは、聊か受けがたし。小子も初め本草綱目などを見て信なりと存ぜしに、後に隣国阿波祖谷の深山中久保といふ所の猟師八郎なる者、小子が宅へ一隻の熊を一昨日鉄炮で打ちたるを齎し来て、安達了益といふ医と同時にて解体せしめて、胆をも獲たり。その時は秋なりしが、胆の在所本草の如くにあらず。なほ右の八郎も疑問せしに、「これまでおのれ等が取る熊に、四時によりて胆の在所かはることは覚えず」と答へき。且つその以前、これも祖谷より齎し来りし熊を高原通玄なる医解体せし事あり。これも胆の在所替ることなし。故人の説いかがにや。
木村黙老が言う。熊の胆が四季によって在りかを変えるという説は、少し受け入れがたい。私も初めは本草綱目などを見て本当だと思っていたが、後に隣国阿波の祖谷の深山の久保という所の猟師八郎という者が、私の家へ一頭の熊を、一昨日鉄砲で撃ったものを持ってきたので、安達了益という医者と同時に解体させて胆も取った。その時は秋だったが、胆の在りかは本草に書いてあるとおりではなかった。さらにその八郎にも尋ねたところ、「これまで自分たちが捕った熊で、季節によって胆の在りかが変わるということは覚えがない」と答えた。またそれ以前にも、同じく祖谷から持ってきた熊を高原通玄という医者が解体したことがある。これも胆の在りかは変わらなかった。古人の説はどうなのだろうか。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

解云、象と熊とは、その膽四時にしたがひて、その在る所の異なるよしさへ古人辨じおきたれば、右の月の輪の說なども、ことわり或はさるよしあらん。しかれども猫と熊とはおなじかるべくもおぼえず。めのをんなのわかゝりし時、好みて黑猫をかひしこと、年ごろをふるまゝに、その年々にうませし子も多くは黑猫なるをもて、これらのうへは予もよく知れり。しかるに黑猫每に、胸のあたりに月の輪めきたるものあるにあらず。稀にはあるもあれど、そは黑白のぶちなれば、熊の月の輪に類すべからず。いかにとなれば、熊はすべて雜毛なく、猫には雜毛多ければなり。かゝれば鉢石なる人の說も、ひたすらにはうけがたく、無寃錄に載たる說も必とすべからず。虎は皇國になきものなれど、猫の事は知り易かり。大約猫の鼠をとるに、必先その吭を拉きて半死半生ならしめつゝ、弄ぶこと半時ばかり、既に啖はんとするに及びて、必鼠の頂より啖ひはじめて、扨全身を盡すものなり。或は巢たちせし雛鼠などをば、只一口にくらふことあり。或は多くとり得し時、又は大鼠にして飽く時は、その頭頂より啖ひはじめ、その足より啖ふことは絕えてなし。こは予がさかりなりし時、凡はたとせあまりの程、いくたびとなく見し事なれば、遠く書をあさるに及ばず。もし疑ふ人もあらば、ためし見て、予が言の誣ざるを知りねかし。

附ていふ、猫の純黑なるものは尤得がたし。その純黑と見えたるも、その毛をわけてよく見れば、必白きさし毛あり。よしやさし毛なきものは、或はその爪の白く、或はあなうらの白きあり。かの藥劑に用ふといふ眞の純黑の得がたきこと、かくの如し。かゝれば黑猫の胸の白きは、偶然たるぶちにして、熊の月の輪と異なり。

木村默老云。熊膽四時ニヨリテ其在所ヲコトニスト云エルハ、聊受ガタシ。小子モ初本草綱目抔ヲ見テ信ナリト存セシニ、後ニ隣國阿波祖谷ノ深山中久保ト云所ノ獵師八郞ナル者、小子ガ宅ヘ一隻ノ熊ヲ一昨日鐵炮デ打タルヲ齎來テ、安達了益ト云醫ト同時ニテ解體セシメテ、膽ヲモ獲タリ。其時ハ秋ナリシガ、膽ノ在所本草ノ如クニ非ズ。猶右ノ八郞モ疑問セシニ、是迄ヲノレ等ガ取ル熊ニ、四時ニヨリテ膽ノ在所カハルコトハ覺ズト答キ。且其以前、是モ祖谷ヨリ齎來リシ熊ヲ高原通玄ナル醫解體セシ事アリ。是モ膽ノ在所替ルコトナシ。故人ノ說イカヾニヤ。

注

写本の位置
写本は3168の37カット目右ページから40カット目右ページまで。37カット目左ページには木村黙老の評を書いた貼紙が貼られ、38カットは貼紙を開いた状態、39カットは貼紙をよけた見開きを写しており、本文は39カットで読んだ。40カット目右ページに末尾の「附ていふ」の段落があり、同カット左ページから第四集の目録が始まる。第三集の終わりは39カットではなく40カット目右ページである。
注記
写本の本文には題がなく「解云」で始まるので、題は目録の「猫虎相似の批評 著作堂」を採った。解は馬琴の名。
校合
「かの藥劑に用ふといふ眞の純黑の得がたきこと、かくの如し」は写本の読み。活字本系は「かもの如し」とする。倍に拡大した画像で「かく」と読んだが、原寸では確かめていない。
校合
「予が言の誣ざる」は写本の送り仮名。活字本系は「誣へざる」とする。
判読保留
「その頭頂より啖ひはじめ、その足より啖ふことは絕えてなし」の一句は、39カット目左ページの6行目の下半にあたり、原寸でも崩し字を読み切れなかった。朱の書き入れ記号がある。活字本系に従った。判読保留。
校合
木村黙老の評は貼紙に片仮名交じりで書かれ、「木村默老云」の五字は朱書。「其在所ヲコトニスト云エルハ」は貼紙の表記で、活字本系は「云へるは」と開く。原文は写本の表記を保ち、活字本系と同じく末尾に置いた。
注記
著作堂は滝沢馬琴。象と熊の胆が四季で在りかを変える説は本草綱目や和漢三才図会に見える。木村黙老は高松藩家老木村亘で、阿波祖谷の久保は現在の徳島県三好市。安達了益、高原通玄は高松藩の医師と解した。人名地名の特定は雲亭の推定で未確認。

AI試訳 / 専門家未校閲