武市兄弟
読書室で開く(原典画像・関連作品・自分の書架)
兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第四集 第3話 / 海棠庵 関思亮
父を農民に打ち殺された土佐藩の武市兄弟が敵討ちの許しを得て国を出るまでの届書と書付の写し。
本文 現代語訳
土州侯の臣、武市兄弟のもの、去りし文政七年の秋、父を農民礼作なる者に打たれ、復讐の願ひ立てて、侯より公に告げ給ひ、今年正月、本国を立ち出でしことよし書けるを、このころその藩士より得て読むに、かの小田原侯なる浅田兄弟の志に継ぐべく思へば、そがまましるして後の忘れに備ふ。その本懐を達せん日、また写し添へて終始全からんことを待つにこそ。
土佐侯の家臣、武市兄弟の者は、去る文政七年の秋、父を農民の礼作という者に打ち殺され、敵討ちの願いを立て、侯から幕府に届け出てもらい、今年正月に国元を出発したことの次第を書いたものを、このごろその藩士から手に入れて読んだところ、あの小田原侯の家来浅田兄弟の志に続くものと思われるので、そのまま書き写して後の忘れ形見とする。本懐を遂げる日には、また写しを添えて、始めから終わりまで揃うのを待つばかりである。
松平土佐守家老山内昇之助組付 一領具足門田力右衛門厄介 武市善次郎 二十三歳 同 為次郎 十三歳
松平土佐守家老山内昇之助組付 一領具足門田力右衛門厄介 武市善次郎 二十三歳 同 為次郎 十三歳
右の者、父武市琢八儀、当申閏九月九日、土州高岡郡宮内村において百姓礼作、無礼致し争論に及び、礼作儀、琢八を棒にて打ち候ところ、琢八儀、右疵にて翌十日相果て申し候につき、礼作、その村役人どもより番人を付け置き、右の趣、城下へ注進に及び候にて、礼作儀、番人を散々打擲致し逃げ去り候につき、国内はもちろん隣国までも厳しく尋ね申し付け候えども、行方相知れ申さず候。右につき、善次郎、同弟為次郎、御府内ならびに何国までも相尋ね、親の敵打ち留め申したき段、願書承り届け、これによって見逢ひ次第打ち留め候はば、その所の役人らへ相断り申すべき段申し渡し候につき、御帳へも披き付け置き候やう致したく候。この段、使者をもって申し入れ候。
右の者の父武市琢八は、当申年閏九月九日、土佐国高岡郡宮内村で百姓礼作が無礼をはたらいて争論となり、礼作が琢八を棒で打ったところ、琢八はその傷で翌十日に死亡しましたので、礼作にはその村役人たちが番人を付けて、この次第を城下へ注進したところ、礼作は番人を散々に打ちのめして逃げ去りましたので、国内はもちろん隣国まで厳しく捜索を命じましたが、行方が分かりません。これについて善次郎とその弟為次郎が、江戸府内はもとよりどこの国までも尋ね歩き、親の敵を討ち取りたいという願書を受理し、これにより出会い次第討ち取った場合はその土地の役人らへ届け出るように申し渡しましたので、御帳にも記載しておいていただきたく存じます。この件を使者をもって申し入れます。
十一月 松平土佐守使者 宮井守衛
十一月 松平土佐守使者 宮井守衛
土州侯にて申し渡され候書付
土佐侯から申し渡された書付
山内昇之助御預郷士 門田力右衛門養育人 門田善次郎事 武市善次郎 門田為次郎事 武市為次郎
山内昇之助御預郷士 門田力右衛門養育人 門田善次郎こと武市善次郎 門田為次郎こと武市為次郎
右の父の敵、追放者礼作、行方相尋ね打ち果たし申したき段願ひ出で、御聴に達し候ところ、神妙に思し召され、公儀御帳にも付き候あひだ、勝手次第出達致すべく候。かつ御介補として東三拾両下し置かれ候。首尾よく打ち果たし候はば、その所の役人へ始末相届け、御作法のとおり計らはれ、御国ならびに京、大坂、江戸のうち最寄りの御屋敷へ相届くべし。その節、検使差し立てられ候あひだ、諸事麁忽の振る舞ひこれなきやう、急度相心得べく候。
右の者の父の敵である追放者礼作の行方を尋ねて討ち果たしたいと願い出て、殿のお耳に達したところ、神妙なことと思し召され、公儀の御帳にも記載されたので、勝手次第に出発してよろしい。また、助けとして東三十両を下される。首尾よく討ち果たしたときは、その土地の役人へ始末を届け出て、作法どおりに取り計らってもらい、国元ならびに京、大坂、江戸のうち最寄りの屋敷へ届け出ること。その際には検使が派遣されるので、万事粗忽な振る舞いのないよう、きっと心得ておくこと。
右、御目付方において仰せ付けらる
右は目付役所において仰せ付けられた
山内昇之助御預郷士 門田力右衛門養育人 門田善次郎 同 為次郎
山内昇之助御預郷士 門田力右衛門養育人 門田善次郎 同 為次郎
右の父の敵、追放者礼作、行方相尋ね打ち果たし申したき願書差し出し、江戸において御詮議これあり候ところ、郷士の名前にては差し支へ候をもって、一領具足より御届けに相成り、かつ本姓武市を唱へ候やうに仰せ付け候。公儀御帳にも「一領具足門田力右衛門厄介武市善次郎、同人弟為次郎」と付け置かれ候。
右の者の父の敵である追放者礼作の行方を尋ねて討ち果たしたいという願書を差し出し、江戸で吟味があったところ、郷士の名前では差し支えがあるので、一領具足として届け出ることになり、また本姓の武市を名乗るように仰せ付けられた。公儀の御帳にも「一領具足門田力右衛門厄介武市善次郎、同人弟為次郎」と記載された。
右のとおり仰せ付けられ、今日申し渡す事。
右のとおり仰せ付けられたので、今日申し渡す。
一 京都御築地の内、江戸御曲輪の内、両山などは遠慮致すべし。そのほか右に準じ候場所は憚り候ひてしかるべき事。
一 京都の御築地の内、江戸の御曲輪の内、両山などでは遠慮すること。そのほか右に準じる場所では控えるのが当然のこと。
一 礼作病死の趣など急度相分かり候はば、慥かなる証拠をもって立ち戻り申すべき事。
一 礼作が病死したなどのことがはっきり分かったときは、確かな証拠をもって立ち戻ること。
御差添 足軽 五左衛門 同 万十郎 下番 惣九郎 御雇御賄方使番 宋平
付き添い 足軽 五左衛門 同 万十郎 下番 惣九郎 御雇御賄方使番 宋平
文政八年乙酉夏四月朔 海棠庵録
文政八年乙酉夏四月一日 海棠庵録
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
土州侯の臣武市兄弟のもの、去し文政七年の秋、父を農民禮作なる者に打たれ、復讐のねがひ立てゝ、侯より公に告げ給ひ、今年正月本國を立出しことよし書けるを、この頃その藩士より得て讀むに、彼小田原侯なる淺田兄弟の志に繼ぐべく思へば、そがまゝしるして後の忘に備ふ。その本懷を達せん日、また寫し添へて終始全からんことをまつにこそ。
公邊への屆書
松平土佐守家老山内昇之助組付 一領具足門田力右衞門厄介 武市善次郞 二十三歲 同 爲次郞 十三歲
右之者父武市琢八義、當申閏九月九日、土州高岡郡於宮内村百姓禮作致無禮及爭論、禮作義琢八を棒に而打候處、琢八義右疵に而翌十日相果申候に付、禮作其村役人共より番人を付置、右之趣城下へ及注進候に而、禮作義番人を散々致打擲逃去候に付、國内は勿論隣國迄も嚴敷尋申付候得共、行方相知不申候。右に付衯善次郞同弟爲次郞、御府内幷何國迄も相尋、親の敵打留申度段願書承屆、仍之見逢次第打留候はゝ、其所之役人等へ相斷可申段申渡候に付、御帳へも披付置候樣致度候。此段以使者申入候。
十一月 松平土佐守使者 宮井守衞
土州侯にて被申渡候書付
山内昇之助御預鄕士 門田力右衞門養育人 門田善次郞事 武市善次郞 門田爲次郞事 武市爲次郞
右之父敵追放者禮作行方相尋打果申度段願出、達御聽候處、神妙に被思召、公儀御帳にも付候間、勝手次第可致出達候。且爲御介補東三拾兩被下置候。首尾能打果候はゝ、其所之役人へ始末相屆、御作法之通被計、御國幷京大坂江戶之内最寄之御屋敷へ可相屆。其節檢使被差立候間、諸事麁勿之振舞無之樣、急度可相心得候。
正月廿日
右於御目付方に仰付之
山内昇之助御預鄕士 門田力右衞門養育人 門田善次郞 同 爲次郞
右之父之敵追放者禮作行方相尋打果申度願書差出、於江戶御詮義有之候處、鄕士之名前に而者差閊候を以、一領具足より御屆に相成、且本姓武市を唱候樣に仰付候。公義御帳にも一領具足門田力右衞門厄介武市善次郞同人弟爲次郞と被付置候。
右之通被仰付、今日申渡事。
一 京都御築地之内、江戶御曲輪之内、兩山などは可致遠慮、其外右に準候場所者憚候而可然事。
一 禮作病死之趣等急度相分候はゝ、慥成證據以立戾可申事。
御差添 足輕 五左衞門 同 萬十郞 下番 惣九郞 御雇御賄方使番 宋平
文政八年乙酉夏四月朔 海棠菴錄
注
- 写本の位置
- 写本は3168の49カット目左ページの後半から53カット目右ページまで。53カット目右ページは末尾の日付と署名だけで、53カット目左ページから第4話「身代觀音」が始まる。
- 注記
- 写本の見出し「建治の古碑 武市兄弟 海棠菴記」は前の passage の冒頭に置いた。目録では別の項なので passage を分けた。
- 判読保留
- 「右に付衯善次郞」の「衯」は写本の字形からの読みで、活字本系テキストも「本ノマヽ」と注する。判読保留。
- 判読保留
- 「爲御介補東三拾兩」の「東」は活字本系テキストに従った。写本の字形は原寸の切り出しがずれて確かめられず、判読保留。
- 校合
- 「追放者禮作」は写本の読み。活字本系テキストの一か所は「霊作」と誤る。
- 校合
- 「去し文政七年」は写本の表記。活字本系テキストは「去りし」とする。
- 注記
- 写本の振り仮名は外した。「武市」に「タケチ」の振り仮名がある。
- 注記
- 浅田兄弟は小田原藩の足軽浅田鉄蔵と門次郎で、文政七年に父の敵を討った。第一集から第三集の兎園会で話題になった一件と解した。雲亭の推定で未確認。
- 注記
- 一領具足は土佐藩の郷士の身分。厄介は同居して扶養を受ける者。御帳は幕府の敵討帳。
AI試訳 / 専門家未校閲