雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

双頭蛇

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第六集 第4話 / 琴嶺舎 瀧澤興継

越後余川村で捕らえられた双頭の小蛇が、見世物の話がまとまる前に猫にくわえ去られた。

本文 現代語訳

双頭蛇
双頭の蛇
文化十二年乙亥秋九月上旬、越後魚沼郡六日町の近村余川村の民金蔵、双頭の蛇をとらへ得たり。この金蔵が隣人を太左衛門といふ。この日、金蔵所用ありて門辺にをり。その時、くだんの蛇、地上より走りて隣境なる垣に跂ぢ登るを、金蔵はやく見出だして、箒をもて払ひ落としつつ、やがてとらへしなり。この蛇、長さわづかに六寸あまり、全身黒く、ただその中央は薄黒にして、腹は青かり。すなはち桶に入れて飼ひおきけり。近郷伝へ聞きて、老若日ごとに来て観るもの甚だ多し。はじめこの蛇の跂ぢ出でんとするとき、双頭をふりわけ、左の頭は左にゆかんとするごとく、右の頭は右にゆかんとするがごとし。すでにして双頭一心に定まる時は、真直に走るといふ。また桶に入れてわだかまるときは、双頭かさなりて、世の常の小蛇のごとし。時に近江の香具師これを数金に買ひ取りて、もて見世物にせんとはかる。その事いまだ熟談せざりし程に、たちまち猫にくはへ去られて、これを追へどもつひに及ばず。主客望みを失ひしといふ。当時同郡塩沢の質屋義惣治、その略図をつくりて家厳におくりぬ。かの金蔵は義惣治が亡息の乳母の子なり。これによりその蛇を取り寄せて、よく見て図したり。こは伝聞にまかせたるそぞろごとにはあらずとぞ。
文化十二年乙亥の秋九月上旬、越後魚沼郡六日町の近くの余川村の民金蔵が、頭が二つある蛇を捕まえた。この金蔵の隣人を太左衛門という。この日、金蔵は用事があって門のあたりにいた。そのとき例の蛇が地面から走ってきて、隣との境の垣根に立ち上がって登ろうとするのを、金蔵がいち早く見つけ、箒で払い落としてそのまま捕まえたのである。この蛇は長さわずか六寸あまり、全身が黒く、ただ真ん中だけは薄黒で、腹は青かった。そこで桶に入れて飼っておいた。近郷の人々が伝え聞いて、老いも若きも毎日見に来る者がたいへん多かった。初めのうちこの蛇が立ち上がって進もうとするとき、二つの頭を振り分け、左の頭は左へ行こうとするように、右の頭は右へ行こうとするようだった。やがて二つの頭が心を一つに決めると、まっすぐに走るという。また桶に入れてとぐろを巻いているときは、二つの頭が重なって、ふつうの小蛇と変わらない。そのころ近江の香具師がこれを数両で買い取り、見世物にしようと計った。その話がまだまとまらないうちに、たちまち猫にくわえて持ち去られ、追いかけたがとうとう追いつけなかった。売り手も買い手も望みを失ったという。当時、同じ郡の塩沢の質屋義惣治がその略図を作って父に送ってくれた。あの金蔵は義惣治の亡くなった息子の乳母の子である。そのつてでその蛇を取り寄せ、よく見て図に描いたのである。これは伝聞にまかせたいい加減な話ではないということだ。
〔図一 双頭の小蛇の図。文字の書き込みなし〕
〔図一 双頭の小蛇の図。文字の書き込みなし〕
按ずるに、小蛇はその色みな黒し。初生両三年ののち、きぬを脱ぎて色の定まるものなり。くだんの双頭蛇もその黒きが本色にはあらぬなるべし。
考えてみると、小蛇はどれも色が黒い。生まれて二三年のちに皮を脱いで色が定まるものである。例の双頭の蛇も、その黒さが本来の色というわけではないのだろう。
文政乙酉林鍾月、氷室開かるる日
文政乙酉、六月、氷室の開かれる日
琴嶺しるす
琴嶺しるす
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

双頭蛇

文化十二年乙亥秋九月上旬、越後魚沼郡六日町の近村余川村の民金藏、雙頭の蛇をとらへ得たり。この金藏が隣人を太左衞門といふ。この日金藏所要ありて門邊をり。その時件の蛇地上より走りて隣堺なる垣に跂登るを、金藏はやく見出して、箒をもて拂ひ落しつゝ、やがてとらへしなり。この蛇長さ纔に六寸あまり、全身黒く、只その中央は薄黒にして、腹は青かり。則桶に入れて養おきけり。近鄕傳へ聞て、老弱日毎に來て觀るもの甚多し。はじめこの蛇の跂出んとするとき、双頭をふりわけ、左の頭は左にゆかんとするごとく、右の頭は右にゆかんとするがごとし。既にして双頭一心に定る時は、眞直に走るといふ。又桶に入れて屈蟠るときは、双頭かさなりて、よのつねの小蛇のごとし。時に近江の香具師これを數金に買とりて、もて見せものにせんとはかる。その事いまだ熟談せざりし程に、忽猫に銜み去られて、これを追へども終に及ばず。主客望を失ひしといふ。當時同郡塩澤の質屋義惣治、その略圖をつくりて家嚴におくりぬ。かの金藏は義惣治が亡息の乳母の子なり。これによりその蛇をとりよせて、よく見て圖したり。こは傳聞にまかせたるそゞろごとにはあらずとぞ。

〔図一 双頭の小蛇の図。文字の書き込みなし〕

按ずるに、小蛇はその色皆黒し。初生兩三年のゝち、衣を脱て色の定まるものなり。件の双頭蛇もその黒きが本色にはあらぬなるべし。

文政乙酉林鍾月氷室開かるゝ日

琴嶺しるす

注

写本の位置
写本は3169の72カット目右ページから左ページまで本文があり、左ページの下半分から73カット目にかけて双頭の蛇の図を描いた紙片が貼られる。74カット目は72カット目と同じ見開きを紙片を畳んで写した画像。本文の続きと署名は75カット目右ページ。
注記
題は写本の本文で「双頭蛇」、目録では「雙頭蛇」。本文一行目は「雙頭の蛇」と書く。
校合
「近江の香具師」は原寸で確かめた。活字本系テキストは「近鄕の香具師」。近江商人の香具師と解して写本を採った。
校合
「門邊をり」は写本の読みで、活字本系テキストは「門邊にをり」。原寸では確かめていない。「塩澤」は写本の字体。活字本系テキストは「鹽澤」。
注記
「養おきけり」の振り仮名は「カヒ」、「屈蟠る」は「ワダカマ」、「衣を脱て」は「ヌキ」と写本にある。
注記
図は蛇一匹の絵で文字がなく、原文では図の存在だけを記した。
注記
林鍾月は六月の異名。氷室開かるる日は六月一日の氷室の節句と解した。余川は今の新潟県南魚沼市余川、塩沢は同市塩沢。

AI試訳 / 専門家未校閲