金靈幷鰹舟の事
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第七集 第2話 / 文宝堂 西村寿卜
青天の雷とともに落ちた光る玉を房州の百姓が掘り出し、同じ年の鰹の大漁を書き添える。
本文 現代語訳
今茲乙酉春三月、房州朝夷郡大井村五反目の丈助といふ百姓、朝五時ごろ、「苗代を見ん」とて立ち出でて、ここかしこ見過ごし居たるをり、青天に雷のごとくひびきて、五六間後の方へ落ちたるやうなれば、丈助驚きながらも、はやくその処に至り見れば、穴あり。手拭を出だしてその穴をふさぎおさへて、廻りを掘りかかり見れば、五寸ほど埋まりて、光明赫奕たる鶏卵のごとき玉を得たり。「これ、いはゆるかね玉なるべし」とて、いそぎ我が家へ持ち帰り、「けふ、はからずもかかる名玉を得たり」とて人々に見せければ、「これやまさしくかね玉ならん。追々富貴になられん」とて、見る人これを羨みける。丈助もよろこびて、いよいよ秘蔵しけるとぞ。「この丈助は日ごろ正直なるゆゑ、かかる恵みもありしならん」と、きのふ房州より来て、わが庵を訪ひける堂村の喜兵衛といふ人の物語りしまま、けふの兎園にしるし出だすになん。
今年乙酉の春三月、房州朝夷郡大井村五反目の丈助という百姓が、朝の五つ時ごろに苗代を見ようと出かけ、あちこち見て回っていたとき、晴れた空に雷のような音が響き、五、六間ほど後ろに何かが落ちたようだった。丈助は驚きながらも急いでその場所へ行ってみると、穴があいている。手拭いを出して穴をふさぎ押さえ、周りを掘ってみると、五寸ほど埋まったところに、光り輝く鶏卵ほどの玉があった。「これが世に言う金玉というものだろう」と急いで家に持ち帰り、「今日、思いがけずこんな名玉を手に入れた」と人々に見せると、「これこそまさしく金玉だろう。だんだん金持ちになれるぞ」と、見る人はみな羨んだ。丈助も喜んで、ますます大切にしまい込んだという。「この丈助は日ごろ正直な男だから、こういう恵みもあったのだろう」と、昨日房州から出てきて私の庵を訪ねた堂村の喜兵衛という人が語ったままを、今日の兎園に書き出す次第である。
そのかね玉の事につきてはいささか考へもあれど、けふのまとゐのあるじなれば、ことしげくてもらしつ。なほ後にしるすべし。
その金玉については少し考えるところもあるが、今日は会の亭主で用事が多く、書き漏らした。あらためて後に記すことにする。
「ことし乙酉の夏ほど鰹の漁のありしこと、むかしより多くあらざる事なり」とて、右の房州の客の語るを聞くに、
「今年乙酉の夏ほど鰹が獲れたことは、昔からめったにないことだ」と、その房州の客が語るのを聞くと、
東房州 小みなと 内浦 あまつ はま荻 磯村 浪太 天面 大夫崎 よし浦 江見 和田
東房州 小湊 内浦 天津 浜荻 磯村 浪太 天面 大夫崎 吉浦 江見 和田
西房州 白子 千倉 平舘 忽戸 平磯 千田 川口 大川 白間津 野島 洲崎 館山 那古 多田羅
西房州 白子 千倉 平舘 忽戸 平磯 千田 川口 大川 白間津 野島 洲崎 館山 那古 多田羅
右は漁船の出づる所の地名、あらましをしるす。「一か所にて釣溜〔鰹の漁船を釣ためといふ〕十五艘、あるいは二十艘ばかりづつも出づる中にも、あまつは二百艘も出づるよし。およそ一艘にて鰹千五百本、二千本づつ、六月六日ごろより同十四五日ごろは毎日打ち続き、おびただしく漁のありし事めづらし」とて語りしまま、筆のついでにしるしおきぬ。
右は漁船の出る土地の名で、おおよそを記した。「一か所から釣溜〔鰹の漁船を釣ためという〕が十五艘、あるいは二十艘ほどずつ出る中で、天津からは二百艘も出るという。だいたい一艘で鰹千五百本から二千本ずつ、六月六日ごろから同月十四、五日ごろまで毎日続けて、おびただしく獲れたのは珍しい」と語ったままを、筆のついでに書き留めておく。
文政八乙酉初秋朔 文宝堂誌
文政八年乙酉初秋朔日 文宝堂誌す
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
金靈幷鰹舟之事
今茲乙酉春三月房州朝夷郡大井村五反目の丈助といふ百姓、朝五時比苗代を見んとて立出て、こゝかしこ見過し居たるをり、青天に雷のごとくひゞきて、五六間後の方へ落たる様なれば、丈助驚きながらもはやくその処に至り見れば穴あり。手拭を出してその穴をふさぎおさへて、廻りを掘りかゝり見れば、五寸程埋りて光明赫奕たる鶏卵の如き玉を得たり。これ所謂かね玉なるべしとて、いそぎ我家へ持帰り、けふはからずもかゝる名玉を得たりとて人々に見せければ、是やまさしくかね玉ならん、追々富貴になられんとて、見る人これを羨みける。丈助もよろこびて、いよいよ祕蔵しけるとぞ。此丈助ハ日比正直なるゆゑ、かゝるめぐみもありしならんと、きのふ房州より来て、わが菴を訪ひける堂村の喜兵衞といふ人の物がたりしまゝ、けふの兎園にしるし出すになん。
其かね玉の事につきてはいさゝか考もあれど、けふのまとゐのあるじなれば、ことしげくてもらしつ。猶後にしるすべし。
ことし乙酉の夏ほど鰹の獵のありしこと、むかしより多くあらざる事なりとて、右の房州の客の語るをきくに、
東房州 小みなと 内浦 あまつ はま荻 磯村 浪太 天面 大夫崎 よし浦 江見 和田
西房州 白子 千倉 平舘 忽戸 平磯 千田 川口 大川 白間津 野嶋 洲崎 舘山 那古 多田羅
右ハ獵船の出る所の地名あらましをしるす。壱ヶ所にて釣溜〔鰹の獵船を釣ためといふ〕十五艘或ハ廿艘ばかりづゝも出る中にも、あまつは二百艘も出るよし。凡一艘にて鰹千五百本二千本づゝ、六月六日比より同十四五日比ハ毎日打続キ夥敷獵のありし事めづらしとて、かたりしまゝ筆のついでにしるしおきぬ。
文政八乙酉初秋朔 文宝堂誌
注
- 写本の位置
- 写本は3170の6カット目右ページの2行目から7カット目右ページまで。6カット目右ページの1行目は前話の末尾で、7カット目右ページの末尾に「文政八乙酉初秋朔 文宝堂誌」とあり、7カット目左ページから次の話「由利郡神靈」が始まる。
- 校合
- 題は写本の本文では「金靈幷鰹舟之事」、目録では「金靈幷ニ鰹舟の事」。活字本系テキストは「金靈幷鰹舟事」。
- 校合
- 浦の名は写本に従った。活字本系テキストの「大ま崎」は写本では「大夫崎」、「白有浦」は「白間津」、「野島」は「野嶋」、「館山」は「舘山」。白間津は今の南房総市千倉町白間津。
- 注記
- 写本では浪太に「ナブト」、天面に「アマツラ」、千倉に「チクラ」、平舘に「ヘタテ」、忽戸に「コツト」の振り仮名がある。原文では外した。
- 判読保留
- 客の名は写本では「喜兵衞」とも「吉兵衞」とも読める。活字本系テキストの喜兵衞に従い、判読保留とする。
- 注記
- 釣溜の割注は写本では釣溜の下に小字で二行に書かれている。
- 注記
- 「かね玉」は雷とともに落ちて富をもたらすと信じられた玉のこと。この日の兎園会の会場は文宝堂の家で、「けふのまとゐのあるじ」はそれを指す。
- 注記
- 朝五時比の五時は不定時法の五つ時で、朝の八時ごろにあたる。
AI試訳 / 専門家未校閲