腐儒唐様を好みし事
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第七集 第7話 / 乾斎 山崎美成か未詳
何でも唐風を通す儒者が、漢の升目で扶持を渡すと言われて音を上げる。
本文 現代語訳
ある西方の大名に仕へて三十人扶持を給はりし儒者あり。その名は忘れたり。この儒者、「何事も孔子のごとくせざれば儒道にあらず」とて、「沽酒市脯は食はず」とあれば、酒もわが方にて醸し、鰹節も手前にて乾させ、周尺にて諸物を拵へけり。家老の人、意見せしめて、「いかに唐様を好めばとて、ひそかに伝へ聞くに、大小ともに両刃の剣を用ひらるるよし。日本の剣術はこの国風に随ふこそよけれ。かつ御辺、儒をもつて仕ふるとも、またこれ武門の奉公ならずや。たとひ文、武、周公、孔子の世が周なればとて、一切の事を周の制にて済まさんと欲すとも、官途品級の次第、職掌の体などは周礼にても考へらるべし。もろこしにてすら太古の事は今日の用に当てて考へとられざることあらん」といふ。かの儒者答へて、「好意まことに忝し。しかしながら周の代の事、考へ得られざれば、漢の世の制を用ふるゆゑ、さしつかふることなし」といふ。家老聞きてあざ笑ひ、「『智は非を凌ぐに足る』といへるは、すなはち御辺の事なるべし。今五穀を量らんに、周の制は考へがたし。漢の升をもつて考ふれば、日本今の一合はすなはち漢の一升なり。漢書に『牛一疋に三十六斛を駄する』と見えしも、日本の三石六斗に当たれり。御辺の月俸三十口なれば、これまで一か月に四石五斗づつ渡ししは、一か年に五十四石の高なれども、周漢の制を好めるゆゑ、扶持方も漢の升目をもつて、一人扶持は一升五合なり。これを三十合にすれば四斗五升なり。かくのごとくにして渡せば、一か年に五石四斗の高となる。十二か月の内、大小のたがひはあれども、当月より四石五斗を四斗五升にして渡すやうに、蔵方に申し渡すべし。かかれば御辺も漢法にて扶持方をうけ取られ、満足なるべし」といひければ、儒者大いに驚きて、「その儀は御免候へかし。誤り入り候」とて、漢法をやめしとかや〔評にいふ、この事は先輩すでに物にしるししもあれば、作り設くることなるべし〕。
ある西国の大名に仕えて三十人扶持をもらっていた儒者がいた。名前は忘れた。この儒者は「何事も孔子のとおりにしなければ儒の道ではない」と言い、論語に「買った酒や買った干し肉は口にしない」とあるからと、酒も自分の家で醸し、鰹節も自分の手で乾かし、周の尺で諸道具をこしらえていた。家老が意見をして言うには、「いくら唐風がお好きだといっても、ひそかに聞くところでは、大小ともに両刃の剣をお使いだそうだ。日本の剣術はこの国の風に従うのがよい。それにあなたは儒をもって仕えているとはいえ、これもまた武門の奉公ではないか。たとえ文王、武王、周公、孔子の世が周だからといって、いっさいを周の制度で済ませようとしても、官職や位階の順序、役目のあり方などは周礼で調べられるだろうが、唐土でさえ太古のことは今日の用に当てはめて考えられないことがあるだろう」。すると儒者は「ご好意まことにありがたい。しかし周の代のことが調べきれないときは漢の世の制度を使うので、差し支えはない」と答えた。家老はそれを聞いてあざ笑い、「『知恵は非を押し通すに足りる』というのは、まさにあなたのことだろう。いま五穀を量るのに、周の制度は調べがたい。漢の升で考えれば、日本の今の一合がつまり漢の一升だ。漢書に『牛一頭に三十六斛を積む』とあるのも、日本の三石六斗に当たる。あなたの月俸は三十口だから、これまで一か月に四石五斗ずつ渡していたのは一年で五十四石の高になるが、周や漢の制度がお好きなのだから、扶持米も漢の升目で、一人扶持は一升五合だ。これを三十人分にすれば四斗五升になる。このようにして渡せば一年で五石四斗の高になる。十二か月のうち大の月小の月の違いはあるが、今月から四石五斗を四斗五升にして渡すよう蔵方に申し渡そう。そうすればあなたも漢の法で扶持を受け取れて満足だろう」と言ったので、儒者は大いに驚き、「それだけはご勘弁ください。誤りました」と、漢の法をやめたという〔評に言う。この話は先輩がすでに書き物にしているから、作り話であろう〕。
すべて手前勝手にあらぬ事は日本の古格に任せ、勝手の事は異国の風をまねばんとせしは笑ふべし。わが知れる人、親の死せしとき、「三年の喪を勤むる」とて喪服様の物を製し、「唐流は精をなし」とて喪中に酒を飲み肉を食ひ、自如として平日のごとし。殊にしらず、礼の本文に「疏食水飲、菜果を食はず」とあり。菜果すら食はざりし喪に酒を飲み肉をくらふは何事ぞ。これらの事ども世に多し。抱腹、抱腹。
およそ自分に都合の悪いことは日本の古い格式に任せ、都合のよいことだけ異国の風をまねようとするのは笑うべきである。私の知人は親が死んだとき、「三年の喪を勤める」と言って喪服らしいものをこしらえ、「唐流は精をつけるものだ」と言って喪中に酒を飲み肉を食い、平然として普段のとおりだった。知らないのだ、礼記の本文に「粗末な飯と水だけで、野菜や果物も食べない」とあることを。野菜や果物さえ口にしない喪中に酒を飲み肉を食らうとは何事か。こういう類のことは世間に多い。腹を抱えるほどおかしい。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
腐儒唐様を好みし事
或西方の大名に仕へて三十人扶持を給はりし儒者あり。その名は忘れたり。この儒者何事も孔子のごとくせざれば儒道にあらずとて、沽酒市脯ハ食はずとあれバ、酒もわが方にてかもし、鰹節も手まへにて乾させ、周尺にて諸物を拵へけり。家老の人意見せしめて、いかに唐様を好めばとて、竊に伝へ聞くに、大小共に両刃の剣を用ひらるゝよし。日本の剣術ハこの国風に随ふこそよけれ。且御辺儒をもつて仕ふるとも、又是武門の奉公ならずや。縦文武周公孔子の世が周なればとて、一切の事を周の制にて済さんと欲すとも、官途品級の次第職掌の体などハ周礼にても考へらるべし。もろこしにてすら太古の事ハ今日の用に當て考へとられざることあらん、といふ。彼儒者答へて、好意寔に忝し。しかしながら周の代の事考へ得られざれバ、漢の世の制を用ふる故、さしつかふることなし、といふ。家老聞てあざ笑ひ、智ハ非を凌ぐに足るといへるハ則御辺の事なるべし。今五穀を量らんに周の制ハ考へがたし。漢の升をもて考ふれバ、日本今の一合ハ即漢の一升なり。漢書に牛一疋に三拾六斛を駄すると見えしも、日本の三石六斗に當れり。御辺の月俸三十口なれば、これまで一ヶ月に四石五斗づゝわたしゝハ、一ヶ年に五十四石の高なれども、周漢の制を好める故、扶持方も漢の升目を以て、壱人扶持ハ壱升五合なり。これを三十合にすれば四斗五升なり。かくのごとくにしてわたせば、一ヶ年に五石四斗の高となる。十二ヶ月の内大小のたがひハあれども、當月より四石五斗を四斗五升にしてわたす様に、蔵方に申渡すべし。かゝれバ御辺も漢法にて扶持方をうけ取られ、満足なるべし、といひければ、儒者大に驚きて、その儀ハ御免候へかし、誤り入候とて、漢法をやめしとかや〔評に云、この事ハ先輩既に物にしるしゝもあれば、作り設くることなるべし〕。
すべて手前勝手にあらぬ事ハ日本の古格に任せ、勝手の事ハ異国の風をまねんとせしハ笑ふべし。わが知れる人、親の死せしとき、三年の喪を勤るとて喪服様の物を製し、唐流ハ精をなしとて喪中に酒を飲み肉を食ひ、自如として平日のごとし。殊にしらず、礼の本文に疏食水飲菜果を不食とあり。菜果すら食ざりし喪に酒を飲み肉をくらふハ何事ぞ。是等の事ども世に多し。抱腹々々。
乙酉七月朔 乾齋識
注
- 写本の位置
- 写本は3170の14カット目左ページの7行目から16カット目右ページまで。16カット目右ページの末尾に「乙酉七月朔 乾齋識」とあり、16カット目左ページから次の話「養和帝遺事」が始まる。
- 校合
- 「職掌の体」は写本の読みで、活字本系テキストは「職宗の體」とする。
- 校合
- 結びの語は写本で「抱腹々々」、活字本系テキストは「抱腹云々」とする。写本を採った。
- 注記
- 「評に云」の一文は写本では「漢法をやめしとかや」の下に小字二行で書かれている。原文では〔 〕に入れて同じ位置に置いた。
- 注記
- 「壱升五合」の脇に赤い小字の書き入れがあるが、判読できず本文に入れていない。
- 注記
- 「沽酒市脯ハ食はず」は論語郷党篇の句。「智ハ非を凌ぐに足る」は史記殷本紀で紂王を評した語。「疏食水飲菜果を不食」は礼記の喪の規定を指す。
- 注記
- 乾斎の本名は未確認。西方の大名と儒者の名も本文どおり伏せられている。
AI試訳 / 専門家未校閲