雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

婦女産石像

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第八集 第2話 / 海棠庵 関思亮

子のない名主の妻が鎮守に祈願し、十二か月ののちに石像を産んだという訴状。

本文 現代語訳

婦女産石像
女が石像を産んだこと
〔頭注 按ずるに、宗像の神は筑紫の名神なるか。のおりひめ、また香果は神の首形。宗像田訓、これに即ち同神なるべし〕
〔頭注 考えてみると、宗像の神は筑紫の名高い神であろうか。……織姫、また香果は神の首の形。宗像田訓、これはつまり同じ神であるはずだ〕
信州佐久郡北沢村名主惣兵衛申し上げ候。村内に字入作に鎮守胸形大明神は、五間四方の生石にて御座候。往古よりすべて郷村に凶難等、霊夢の告げこれあり。または流行の病難これある節は、幣帛を捧げ候へば、自然と相除き候ゆえ、隣村まで挙げて鎮守と崇め奉り罷りあり候。しかるところ、私妻みち儀、子これなきを相歎き、密かに二十一日の間、大明神へ毎夜参籠、御祈願を籠め候。私には一切相隠しこれあり、去る未年妊娠の分け、前書の事ども申し聞かせ候につき、驚き入り、医師に相掛け見せ候ところ、全く懐妊に相違これなき由申し候につき、介抱つかまつり、十か月に及び候へども出産つかまつらず、十二か月に至り、当五月十一日安産つかまつり候につき、親類一同歓び、見受け候ところ、五体相揃い、石像にて、丈け一尺二寸五分、面上青み、しかと相分かり、手足腹脊とも薄赤く、何とも恐怖つかまつり候。捨て置き難く御訴え申し上げ候。何とぞ御慈悲をもって御検使成し下されたく願い奉り候。以上。
信州佐久郡北沢村の名主惣兵衛が申し上げます。村内の字入作にある鎮守の胸形大明神は、五間四方の自然石でございます。昔からおよそ村里に凶事などがあるときは霊夢のお告げがあり、また流行病の災難があるときは幣帛を捧げれば自然と除かれますので、隣村までこぞって鎮守と崇め奉っております。ところが私の妻みちは、子がないことを嘆き、密かに二十一日の間、大明神へ毎夜参籠して祈願を籠めました。私にはいっさい隠していましたが、去る未年に妊娠したので、前に書いたことどもを私に話しましたから、驚いて医師に診せたところ、まったく懐妊に相違ないと申しますので、介抱して十か月に及びましたが出産せず、十二か月になって、この五月十一日に安産しました。親類一同が喜んで見たところ、五体はそろっているが石像で、丈は一尺二寸五分、顔の上は青みがはっきり分かり、手足と腹と背は薄赤く、何とも恐ろしく思いました。捨て置きがたく訴え申し上げます。どうかお慈悲をもって検使をお遣わしくださるよう願い奉ります。以上。
文化九年申五月十三日 信州佐久郡小沢村/名主 惣兵衛/年寄 与次右衛門/杉庄兵衛様御役所
文化九年申五月十三日 信州佐久郡小沢村/名主 惣兵衛/年寄 与次右衛門/杉庄兵衛様御役所
右両条は、これを雑記中に得たり。
以上の二条は、これを雑記の中から得た。
文政乙酉八月朔 海棠庵記
文政乙酉八月朔 海棠庵記
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

婦女産石像

〔頭注 按るに宗像の神ハ筑紫の名神なるかのおりひめ又香果は神の首形宗像田訓これに即同神なるべし〕

信州佐久郡北澤村名主惣兵衞申上候村内に字入作に鎭守胸形大明神者五間四方の生石にて御座候往古より都て鄕村に凶難等靈夢之告有之又は流行之病難有之節は捧幣帛候へば自然と相除候故隣村迄擧て鎭守と崇奉り罷在候然る處私妻みち儀子無之を相歎き密に廿一日之間大明神へ每夜參籠御祈願を籠候私には一切相隱し有之去未年姙娠之分ケ前書之事共申聞候に付驚入醫師に相掛見せ候處全懷姙に相違無之由申候に付介抱仕十ケ月に及候へ共出產不仕十二ケ月に至り當五月十一日安產仕候に付親類一同歡見受候處五體相揃石像にて丈ケ一尺二寸五分面上靑ミ聢と相分り手足腹脊共薄赤く何共恐怖仕候難捨置御訴申上候何卒御慈悲を以御檢使被成下度奉願候以上

文化九年申五月十三日 信州佐久郡小澤村/名主 惣兵衞/年寄 與次右衞門/杉庄兵衞樣御役所

右兩條はこれを雜記中に得たり

文政乙酉八月朔 海棠菴記

注

写本の位置
写本は3170の55カット目左ページから56カット目左ページの冒頭まで。56カット目左ページの2行目「文政乙酉八月朔 海棠菴記」で終わり、同じページの「附錄」から第3話「貞享四年官令」が始まる。
判読保留
55カット目左ページの上欄に小字の頭注があり、原文の第2段落に〔頭注 …〕として収めた。字が小さく、原寸で切り出しても「かのおりひめ又香果は神の首形」の部分は字形からの推定にとどまる。判読保留。活字本系テキストにこの頭注はない。
判読保留
村名は写本の本文冒頭で「北澤村」、末尾の署名で「小澤村」と読める。原文欄はそれぞれの箇所の写本の読みを残した。活字本系テキストはどちらも「北澤村」とする。署名の一字は原寸で切り出しても「小」と「北」の区別がつきにくく、判読保留。
校合
「妊娠之分ケ前書之事共」は原寸で切り出して確かめ、活字本系の「姙娠之分け」と同じ読みになった。「妊娠して分かったので」の意と解した。
校合
「醫師に相掛見せ候處」は写本の表記。活字本系テキストは「醫師へ相掛け見せ候處」とする。
注記
「右兩條」は第1話の鑿井出火と本話をさし、海棠庵の署名は二話をまとめて閉じる。
注記
胸形大明神は宗像三女神を祀る社と解した。佐久郡北沢村と入作の位置、杉庄兵衛の役所は未確認。頭注の「香果」「宗像田訓」の語も未確認。

AI試訳 / 専門家未校閲