雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

狐囑の幸

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第八集 第5話 / 文宝堂 西村寿卜

夢で狐に下女を貸すと、下女が五人前働き天気まで当てるようになった。

本文 現代語訳

狐囑の幸
狐憑きの幸い
文化六巳年の冬、加賀の備後守殿の留守居役に出淵忠左衛門といへる人あり。ある夜の夢に、一疋の狐来たりて忠左衛門の前にひざまづき、いふやう、「わたくし事は本郷四丁目椛屋の裏なる稲荷の忰なれども、いささか親の心にたがひたる事のありて、この善親のもとへは帰られず、居所もこれなく、いと難儀に候へば、何とも申しかねたる事には候へども、召し使ひ給ふ下女を貸し給へ。しばしのうち、この事を願ひ奉る。程なく友達の者の詫びにて宿へ帰るべければ、それまでの間、ひとへに願ひさぶらふ。決して悩ませもいたすまじ。また奉公の間も欠かすまじければ、許容し給へ」となげく。忠左衛門、夢に心に不便に思ひ、「悩ます事もなくば、貸しつかはすべし」といふに、狐こよなう喜ぶと見て、さめぬ。忠左衛門、「いとも不思議なる夢をみし事よ」と思ひつつ、翌朝起き出でて下女をみれども、常に変はりし事もなかりけるが、昼頃よりにはかにこの下女はたらき出して、水を汲み、薪を割り、米をとぎ、飯をたき、常には出来かねし針わざまでなす。毎日かくのごとく一人にて五人前ほどのわざをなし、あるいは晴天にても「今日は何時より雨降り出すべし」とて、主人の他出の節は雨具を用意させ、「後ほどは何方より客人ありなり」など、そのいふ事いささか違ふ事なく、そのほか万事この女のいふごとくにて、大いに家内の益になる事のみなれば、「何とぞいつまでもこの狐立ち退かざるやうにしたきものなり」とて、その頃あるじ直の物語なるよし、このあるじと懇意なる五祐といふもの物語りき。
文化六年巳の冬、加賀の備後守殿の留守居役に出淵忠左衛門という人がいた。ある夜の夢に一匹の狐が来て、忠左衛門の前にひざまずいて言った。「私は本郷四丁目の椛屋の裏にある稲荷の倅ですが、少しばかり親の心にそむくことがあって、この善い親のもとへは帰れず、居場所もなく、たいへん難儀しております。何とも申し上げにくいことですが、お使いの下女を貸してください。しばらくの間のこと、このことをお願いします。間もなく友達の者のとりなしで家へ帰れるはずですから、それまでの間、ひとえにお願いします。決して悩ませたりはしません。また奉公にも差し支えさせませんから、お許しください」と嘆く。忠左衛門は夢の中で気の毒に思い、「悩ませることがないなら、貸してやろう」と言うと、狐がこの上なく喜ぶと見えたところで目が覚めた。忠左衛門は「なんとも不思議な夢を見たものだ」と思いながら、翌朝起き出して下女を見ても、いつもと変わったことはなかったが、昼頃から急にこの下女が働き出して、水を汲み、薪を割り、米をとぎ、飯を炊き、いつもはできなかった針仕事までする。毎日このように一人で五人前ほどの仕事をし、あるいは晴天でも「今日は何時から雨が降り出す」と言って、主人が外出するときには雨具を用意させ、「後ほどどこそこから客人がある」などと、その言うことが少しも違わず、そのほか万事この女の言うとおりで、大いに家の益になることばかりなので、「何とかいつまでもこの狐が立ち退かないようにしたいものだ」と、その頃主人が直接語ったということを、この主人と懇意な五祐という者が語った。
文政乙酉中秋朔、文宝堂において 南窓食山人誌
文政乙酉中秋朔日、文宝堂にて 南窓食山人誌
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

狐囑の幸

文化六巳年の冬加賀の備後守殿の留守居役に出淵忠左衞門といへる人ありある夜の夢に一疋の狐來りて忠左衞門の前にひざまづきいふやうわたくし事は本鄕四丁目椛屋の裏なる稻荷の忰なれどもいさゝか親のこゝろにたがひたる事のありて此善親のもとへはかへられず居所もこれなくいと難儀に候へば何とも申かねたる事には候へども召つかひ給ふ下女をかし給へしばしのうち此事をねがひ奉る程なく友達のものゝわびにて宿へかへるべければそれまでの間ひとへに願ひさぶらふけしてなやませもいたすまじ又奉公の間もかゝすまじければ許容し給へとなげく忠左衞門夢にこゝろに不便に思ひなやます事もなくばかしつかはすべしといふに狐こよなうよろこぶと見てさめぬ忠左衞門いともふしぎなる夢をみし事よと思ひつゝ翌朝起出て下女をみれども常にかはりし事もなかりけるが晝頃より俄に此下女はたらき出して水を汲眞木をわり米をとぎ飯をたき常には出來かねし針わざまでなす每日かくのごとく一人にて五人前ほどのわざをなしあるひは晴天にてもけふは何時より雨ふり出すべしとて主人の他出の節は雨具を用意させ後ほどは何方より客人ありなりなどそのいふ事いさゝか違ふ事なくその外萬事此女のいふごとくにて大に家内の益になる事のみなれば何とぞいつまでも此きつね立退かざるやうにしたきものなりとて其ころあるじ直の物がたりなるよし此あるじと懇意なる五祐といふもの物がたりき

文政乙酉中秋朔於文寶堂 南窓食山人誌

注

写本の位置
写本は3170の60カット目左ページの3行目から61カット目左ページの前半まで。61カット目左ページの「南窓食山人誌」の署名の次から第6話「九姑課」が始まる。
判読保留
「文化六巳年の冬」の「の」は写本では字が崩れて「秋」にも見える。活字本系に従い、判読保留。
判読保留
「此善親のもとへは」の「善」は活字本系の読みに従った。写本の字形は原寸でも確かめきれず、判読保留。
校合
「召つかひ給ふ」「起出て」「はたらき出して」「立退かざる」は写本の表記。活字本系は「召しつかひ」「起き出でゝ」「はたらき出だして」「立ち退かざる」とする。
校合
「なやます事もなくば」「主人の他出の節は」は写本と活字本系で同じ読み。
注記
題の「囑」は憑くの意で、狐憑きの幸いと解した。南窓食山人は文宝堂こと西村寿卜の別号と解したが未確認。加賀の備後守は加賀前田家の分家と解したが、出淵忠左衛門と五祐の人物は未確認。
注記
本郷四丁目の椛屋は屋号で、その裏の稲荷の社名は未確認。

AI試訳 / 専門家未校閲