雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

夷言粉挽歌

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第八集 第7話 / 輪池堂 屋代弘賢

蝦夷地の善光寺上人がアイヌの人々を教化するために作った念仏の粉挽き歌。

本文 現代語訳

膢日兎園 輪池
膢日の兎園会にて 輪池
夷言粉挽歌
アイヌ語の粉挽き歌
蝦夷地大臼山善光寺上人は智徳のほまれ高く、霊巌寺中に旅宿ありしうちも、都下の信者、歩をはこびて帰依せしに、往生の期定めありて、ここにて遷化あり。人々挙りて惜しみあへり。「その夷地に住まれし時、粉引歌を作りて夷人を教化ありし」とて、その歌をうつし贈りし友あり。かたはらに夷言を訳しあるもめづらしければ、うつし奉るものなりし。
蝦夷地の大臼山善光寺の上人は智徳の誉れが高く、江戸の霊巌寺の中に旅宿していた間も、都の信者が足を運んで帰依した。往生の時期をあらかじめ定めていて、ここで遷化した。人々はこぞって惜しみ合った。「蝦夷地に住んでいたとき、粉挽き歌を作ってアイヌの人々を教化した」と言って、その歌を写して贈ってくれた友がいる。かたわらにアイヌ語の訳が添えてあるのも珍しいので、写してお目にかける次第である。
粉引歌
粉挽き歌
念仏上人 ユホウンシンハイナ/これや人々 タバアンウタレ/教へを聞けよ エバカシユカス/早い遅いか トナシモイシカ/一度は死ぬぞ アリシユイライナ/死ぬがいやなら ライホコハナキ/念仏申せ ネンブウキカン/申す人なら キクルネヘキネ/いつなん時に センハラヤツカ/仮のからだの ウウセネトハチ/死にたるとても ライハネヤツカ/蝉の脱がら ヤアキセイヘシ/捨つるがごとく ヲシヨウコラチ/月も日も チコプアフレハ/死せざる国へ シヨモライコタレ/往きて生まれて ヲマンセカトハ/心のままに ヤヱラムアユネ/妻や子供が エマチホホタレ/かあいぞならば ヲマツフハネチキ/共に念仏 ウトラネレフツ/申すがよいぞ キイチキピリカ/この世は必ず タレムシリカタ/災難受けず シヨモヤイホムシユ/後世は分 ムシリホツハユ/浄土に生まれ アヲラムトクテ/一つ蓮の シネツフユフイナ/台に乗りて カシケタオヽハ/永く楽しみ ヲホソノヌヤツネ/死ぬことぞなし シヨモライルネネ
念仏上人 ユホウンシンハイナ/これや人々 タバアンウタレ/教えを聞けよ エバカシユカス/早いか遅いか トナシモイシカ/一度は死ぬぞ アリシユイライナ/死ぬのが嫌なら ライホコハナキ/念仏を唱えよ ネンブウキカン/唱える人なら キクルネヘキネ/いつ何時に センハラヤツカ/仮の体が ウウセネトハチ/死んだとしても ライハネヤツカ/蝉の抜け殻を ヤアキセイヘシ/捨てるように ヲシヨウコラチ/月も日も チコプアフレハ/死ぬことのない国へ シヨモライコタレ/行って生まれて ヲマンセカトハ/心のままに ヤヱラムアユネ/妻や子供が エマチホホタレ/かわいいのならば ヲマツフハネチキ/一緒に念仏を ウトラネレフツ/唱えるのがよいぞ キイチキピリカ/この世では必ず タレムシリカタ/災難を受けず シヨモヤイホムシユ/後の世は当然 ムシリホツハユ/浄土に生まれ アヲラムトクテ/同じ蓮の シネツフユフイナ/台に乗って カシケタオヽハ/永く楽しみ ヲホソノヌヤツネ/死ぬことはない シヨモライルネネ
右一則、檜山坦島、予におくる所なり。この上人の事を誓願寺に問ふに、「名は弁瑞、文政七年十一月頃遷化せしを、火葬しければ舎利多く出現せし」といへり。
以上の一則は、檜山坦島が私に贈ってくれたものである。この上人のことを誓願寺に問うと、「名は弁瑞、文政七年十一月頃に遷化し、火葬したところ舎利が多く現れた」ということだった。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

膢日兎園 輪池

夷言粉挽歌

蝦夷地大臼山善光寺上人ハ智德のほまれ高く靈巖寺中に旅宿ありしうちも都下の信者步をはこびて歸依せしに往生の期定めありてこゝにて遷化あり人々擧りて惜みあへり其夷地に住まれし時粉引歌を作りて夷人を敎化ありしとてその歌をうつし贈りし友ありかたはらに夷言を譯しあるもめづらしければうつし奉るものなりし

粉引歌

念佛上人 ユホウンシンハイナ/是や人々 タバアンウタレ/敎を聞よ エバカシユカス/早い遲いか トナシモイシカ/一度は死ぬぞ アリシユイライナ/死ぬがいやなら ライホコハナキ/念佛申せ ネンブウキカン/申す人なら キクルネヘキネ/いつなん時に センハラヤツカ/假のからだの ウヽセネトハチ/死たるとても ライハネヤツカ/蟬の脫がら ヤアキセイヘシ/捨るがごとく ヲシヨウコラチ/月も日も チコプアフレハ/死せざる國へ シヨモライコタレ/往て生れて ヲマンセカトハ/心のまゝに ヤヱラムアユネ/妻や小供が エマチホホタレ/かあいぞならば ヲマツフハネチキ/共に念佛 ウトラネレフツ/申すがよいぞ キイチキピリカ/此世は必ず タレムシリカタ/災難受けず シヨモヤイホムシユ/後世は分 ムシリホツハユ/淨土に生れ アヲラムトクテ/一つ蓮の シネツフユフイナ/臺に乘て カシケタオヽハ/永く樂しみ ヲホソノヌヤツネ/死ぬことぞなし シヨモライルネネ

右一則檜山坦島予におくる所なり此上人の事を誓願寺にとふに名は辨瑞文政七年十一月頃遷化せしを火葬しければ舍利多く出現せしといへり

注

写本の位置
写本は3170の63カット目左ページの3行目から64カット目左ページまで。65カット目右ページは白紙で、その左端に第8話の題「ものゝけのぬれ衣」だけが書かれている。
注記
写本の冒頭に「膢日兎園 輪池」とあり、輪池堂が八朔の兎園会に出した一編と分かる。膢日は八朔の異名と解した。
校合
「大臼山善光寺」は写本の読み。活字本系テキストは「大臼善光寺」とする。写本を採った。有珠の善光寺は蝦夷三官寺の一つで、大臼山と号する。
校合
「往生の期定めありて」は写本の読みで、活字本系の「往四の期」は誤植と解した。写本を採った。
校合
「人々擧りて惜みあへり」「其歌をうつし贈りし友あり」は写本と活字本系で同じ。
注記
歌は写本では上段と下段に分けて書かれ、各行の右肩に小字で日本語の意味が添えてある。原文欄は読む順に「日本語 アイヌ語」の組を「/」で区切って一段落にした。写本は片仮名の「ネ」を「子」の形で書き、「ピリカ」に半濁点がある。原文欄は「ネ」に統一した。
注記
アイヌ語の片仮名表記は写本のままで、語の意味は日本語の添え書きに従った。現代語訳の歌の部分は添え書きを雲亭がやわらげたもので、アイヌ語からの直訳ではない。
注記
檜山坦島は輪池堂の友人と解したが人物は未確認。誓願寺は浅草の浄土宗誓願寺と解した。弁瑞上人の遷化の年月は誓願寺の答えによる。
注記
64カット目左ページの「檜山坦島」の脇に朱の書き込みがあるが、字は読み取れなかった。

AI試訳 / 専門家未校閲