雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

蓮葉虚空に翻るの異

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第九集 第1話 / 乾斎 中井乾斎

干した蓮の葉が晴天の空へ舞い上がり、白鶴が輪を描く。

本文 現代語訳

蓮葉虚空に翻るの異 乾斎
蓮の葉が空に舞い上がった異変 乾斎
我が君の領内、三州渥美郡鷲田村にて、蓮葉を乾しおきたりしに、故なく虚空に翻り、かつ白鶴一隻、陟降せしにより、村人等が訴文の写し。
わが主君の領内、三河国渥美郡鷲田村で、蓮の葉を干しておいたところ、理由もなく空へ舞い上がり、さらに白い鶴が一羽、昇り降りしたので、村人たちが差し出した訴状の写し。
当村御百姓三右衛門、磯八と申す者、菱池にて六月十一日蓮葉を取り、村方字瓦野と申す処へ干し置き候処、翌十二日朝四つ時ごろより壱葉、弐葉づつ虚空へ上り、その日晴天にて風もなく候処、昼九つ時ごろに相成り、蓮葉およそ百五、六十、一同に上り、もっとも中には落ち候も有之候へども、多分虚空へ上り、二、三寸までは相見え候へども、その末は相見えず、その中より白鶴壱羽下り来り、輪を懸け虚空へ上り、小鳥ぐらいまでは相見え、末に一向相見え申さず候。また程なく東方より白鶴三羽来り、先のごとく同所にて、これまた輪を懸け、弐羽は東方に飛び去り、壱羽は虚空へ上り申し候。あまり不思議の義に存じ奉り候につき、この段御注進申し上げ候。以上。
当村の百姓三右衛門と磯八という者が、菱池で六月十一日に蓮の葉を採り、村内の字瓦野という所に干しておいたところ、翌十二日の朝四つ時ごろから、一枚、二枚ずつ空へ上がりました。その日は晴天で風もなかったのに、昼九つ時ごろになると、蓮の葉がおよそ百五、六十枚いっせいに上がり、中には落ちるものもありましたが、大部分は空へ上がって、二、三寸の大きさに見えるまでは目で追えましたが、その先は見えなくなりました。その中から白鶴が一羽下りて来て、輪を描いて空へ上がり、小鳥ほどの大きさまでは見えましたが、最後はまったく見えなくなりました。また程なく東の方から白鶴が三羽来て、先ほどと同じように同じ場所で輪を描き、二羽は東へ飛び去り、一羽は空へ上がりました。あまりに不思議なことと存じますので、この段お知らせ申し上げます。以上。
文政八酉七月六日
文政八年酉七月六日
鷲田村組頭 藤兵衛 印/同断 彦六 印/庄屋 助六 印
鷲田村組頭 藤兵衛 印/同じく 彦六 印/庄屋 助六 印
木村甚助様/富田東作様/塚本平左衛門様
木村甚助様/富田東作様/塚本平左衛門様
予、この奇事をもって出羽の門人佐藤惟徳に語る。惟徳いはく、「我が国もまた一奇事あり。およそ人の死する時、十に七、八、たましひ出でて、あるいは故人を尋ね、または親戚を問ひ、幾何もなくして死す。その来る時、ただ黙して座するのみ。これと語らんとするに、さらに答へなし。また死後にして出づるもまたこれありといへども、多くはこれ生前の事なり。生前これを魄といひ、死後これを幽霊といふ。これまた致知格物の至らざる所なり。予、何の故をしらず。あへて問ふ、何の謂ぞや。しかりといへども、人により性により、幽霊と魄とにあふ人あり、逢はざるの人あり」と、惟徳語りき。予もまたいまだこの二事において、あへて説あることなし。しばらく疑ひを存して、もって後の君子を待つといふ。
私はこの奇事を出羽出身の門人佐藤惟徳に語った。惟徳が言うには、「私の国にもまた一つ奇事があります。だいたい人が死ぬとき、十人のうち七、八人は、たましいが体から出て、故人を訪ねたり親戚を訪ねたりし、それから間もなく死にます。そのたましいが来るときは、ただ黙って座っているだけです。話しかけようとしても、まったく答えません。また死んだ後に現れることもありますが、多くは生前のことです。生前のものを魄といい、死後のものを幽霊といいます。これもまた知を極めて物を究めるという学問の及ばないところで、私にはなぜだか分かりません。あえて問いますが、どういうわけでしょうか。とはいえ、人により性により、幽霊や魄に出会う人もいれば、出会わない人もいます」と惟徳は語った。私もまた、この二つの事について、あえて説を立てることはしない。しばらく疑問のままにしておき、後世の君子を待つことにする。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

蓮葉虛空に翻るの異 乾齋

我君領内三州渥美郡鷲田村にて、蓮葉を乾しおきたりしに、故なく虛空に翻り、且白鶴一隻陟降せしにより、村人等が訴ふみの寫。

當村御百姓三右衞門磯八と申者、菱池にて六月十一日蓮葉を取、村方字瓦野と申處へ干置候處、翌十二日朝四時比より壱葉弐葉づつ虛空へ上り、其日晴天にて風もなく候處、晝九時比に相成、蓮葉凡百五六十一同に上り、尤中には落候も有之候へ共、多分虛空へ上り、二三寸迄は相見え候へ共、其末は不相見、其中より白鶴壱羽下り來り、輪を懸け虛空へ上り、小鳥位迄は相見え、末に一向相見え不申候。又程なく東方より白鶴三羽來り、先の如く同所にて是亦輪を懸、弐羽は東方に飛去、壱羽は虛空へ上り申候。餘り不思議之義に奉存候に付、此段御注進申上候。以上。

文政八酉七月六日

鷲田村組頭 藤兵衞 印/同斷 彥六 印/庄屋 助六 印

木村甚助樣/富田東作樣/塚本平左衞門樣

予此奇事を以出羽の門人佐藤惟德に語る。惟德云、我國も亦一奇事あり。凡て人の死する時、十に七八たましひ出て、或は故人を尋ね、又は親戚を問ひ、幾何もなくして死す。その來る時只默して座するのみ。是と語らんとするに更に答なし。又死後にして出るも亦これありといへども、多くは是生前の事なり。生前これを魄といひ、死後是を幽靈といふ。是亦致知格物の至らざる所なり。予何の故をしらず。敢問何の謂ぞや。雖然人により性により、幽靈と魄とにあふ人あり、不逢の人ありと、惟德語りき。予亦未この二事に於て敢說あることなし。姑く疑を存して以後の君子を待と云。

注

写本の位置
写本は3171の4カット目左ページから6カット目右ページの4行目まで。4カット目左ページの冒頭に「兎園小説第九集」の見出しがある。6カット目右ページの5行目から第2話「藪に香の物の俗諺」が始まる。
注記
披講者の号「乾齋」は目録による。本文の題の下には名がなく、末尾にも署名がない。
校合
「蓮葉凡百五六十」は写本の読み。活字本系テキストは「百六十」とする。原寸で確かめて写本を採った。
校合
「此段御注進申上候」は写本の読み。活字本系テキストは「此歌御注進」とする。原寸で確かめて写本を採った。
校合
「弐羽は東方に飛去」は写本の読み。活字本系テキストは「東方へ飛去り」とする。写本を採った。
判読保留
「村人等が訴ふみの寫」は写本の表記。活字本系テキストは「訴文の寫」とする。写本は「訴」の下に「ふみ」と仮名で書くように見え、判読保留とする。
校合
「親戚を問ひ幾何もなくして死す」は写本の読み。活字本系テキストは「問ひき。何もなくして」と切るが、写本の「幾」は前後の文脈から「幾何(いくばく)もなく」と読んだ。
校合
「予此奇事を以出羽の門人」「敢說あることなし」「以後の君子を待」は写本の表記で、活字本系テキストはそれぞれ「以て」「敢て、說」「以て後の」と送り仮名を補う。
注記
「魄」の右に「タマシヒ」の振り仮名がある。振り仮名は外した。
注記
乾斎は中井乾斎で、三河吉田藩に仕えた儒者と伝わる。「我君」は吉田藩主松平信順と解したが、雲亭の推定で未確認。鷲田村は現在の愛知県額田郡幸田町菱池のあたりで、渥美郡でなく額田郡に属した吉田藩の飛び地と考えられるが未確認。
注記
「陟降」は昇り降りすること。「致知格物」は朱子学で知を極め物の理を究めること。

AI試訳 / 専門家未校閲