雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

鼠の怪異

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第九集 第7話 / 文宝堂 鈴木有年

南部の旧家で夢のとおり棟が燃え、翌朝尾の絡んだ九匹の鼠が落ちてきた。

本文 現代語訳

鼠の怪異
鼠の怪異
今茲〔文政乙酉〕四月、奥州伊達郡保原といふ所の大経師松声堂〔俗称福井重吉、俳名万年〕の物語に、「おのれ事は南部の産にて、この春、親族の方より消息して、世にめづらしき事を知らせおこしたり。そは南部盛岡よりおよそ二十里ばかり奥に福岡といふ所にて、そこに青木兵助といふ旧家あり。その家作の古き事、五六百年前に造りなしたるが、そのままにて代々住居来れり。げにその家、今やうの造りざまにあらず、いかにも由あるものの末ならんとおもはるる」となり。
今年〔文政八年乙酉〕四月、奥州伊達郡保原という所の経師屋、松声堂〔俗称は福井重吉、俳名は万年〕が語った話である。「自分は南部の生まれで、この春、親族から便りがあって、世にも珍しい出来事を知らせてきた。それは南部盛岡からおよそ二十里ほど奥の福岡という所で、そこに青木兵助という旧家がある。その家の造りは古く、五、六百年前に建てたものをそのままにして代々住み続けている。なるほどその家は今風の造りではなく、いかにも由緒あるものの末裔だろうと思われる」ということである。
しかるにこの春二月のころ、あるじ兵助の夢に、棟の上に一塊の炎、炎々と燃ゆと見て、驚き覚めてふと仰ぎ見れば、こはそもいかにぞや、夢に見たるにつゆ違はず、おのれが寝たる上の棟に火燃えゐたりければ、あわてふためき起き上がり、手ばやく梯子をものして、手ごろなる器に水を入れ、水を注ぎかけなどしければ、たちまちに火は消えてさせる事なし。あるじ、とどろく胸はやや静まりしかども、「いかなることにてこの怪しみのありけるにや」と思へば、さらに心安からねど、「かかる事を家の内の者に告げしさらば、さこそ物の怪、祟りならんと言ひののしりてうるさかるべし。何にまれ今少し試みばや」と、ひとり胸に納むるものから、その暁までいも寝られで明かししとぞ。
さて、この春二月のころ、主人の兵助が夢で棟の上に一塊の炎が燃え盛るのを見て、驚いて目を覚まし、ふと見上げると、これはいったいどうしたことか、夢に見たのと少しも違わず、自分が寝ている真上の棟に火が燃えていた。あわてふためいて起き上がり、手早く梯子を用意し、手ごろな器に水を入れて注ぎかけるなどしたところ、たちまち火は消えて、これといった被害はなかった。主人の高鳴る胸はやや静まったが、「どういうわけでこんな怪しいことが起きたのか」と思うと、まったく気が休まらない。しかし「こんなことを家の者に告げたら、きっと物の怪だ祟りだと騒ぎ立ててうるさいだろう。何にせよ、もう少し様子を見よう」と、ひとり胸に納めたものの、その明け方まで眠れずに夜を明かしたという。
かくて明けの朝起き出でて、例のごとく親族うち寄りて朝飯食べんとする折、かの宵にことありし棟とおぼしき処より、物のはたと落ちたり。思ひもかけぬ事なれば、女わらべなどは「あれ」と騒ぎて飛びのきつ。あるじは心にかかる節もあれば、「さてこそ」とて、きとその物を見とむるに、いと年ふりて大きなる鼠の同じ程なるが、その数九つ、尾と尻とつき合はせて、藁蓋のごとく丸くなりつつ、かたみに手足をもがきて、駆けり逃れんとするなりけり。しかるにその鼠、いかにもがきても、その尻と尻つながりて離れず、ただひたすらに駆け出でんとするのみにて、くるくると同じ所をめぐるのみなれば、人みな恐れ驚く中にも、また興ある事におぼえて、「こはけしからぬ物なり。いかにしてかくまで同じ鼠の九つ、よくも揃ひけん。それすらあるに、尻と尻の離れぬはいかなる故ぞ」とののしりつつ、「取り放して逃がしやらんか」「打ちも殺さんや」など言ひどよみて、割木様の物をもて両三人左右より引き分けんとするに、え離れず。「こはをかしき物なり」とて強く引き立てて見れば、怪しむべし、この鼠の尾と尾の絡み合ひたる事、網代を組みたらんごとくにて、「強く物せば尻尾も抜げんずらん」など言ふ人もあれば、そがままに置きたるを、近きわたりの人々聞き伝へ、集ひ来て、「さてもめづらしき物を見つるかな。我らに得させ給へ」とて、竹の先に引きかけて処々持ち歩きて、なほ人に見せたる果ては、川へや流しけん、土中にや埋みけん。「その後にまた怪しきことの聞こえなば、なほまた告げまゐらせん」など言ひおこしたり、と語りしよし。
こうして翌朝起き出し、いつものように家族が寄り集まって朝飯を食べようとしたとき、昨夜ことのあった棟と思われる所から、何かがばたりと落ちてきた。思いもかけないことなので、女や子どもは「あれ」と騒いで飛びのいた。主人は心に引っかかることがあったので、「やはり」と思い、じっとその物を見定めると、たいそう年を経た大きな鼠で、同じくらいの大きさのものが九匹、尾と尻をつき合わせ、藁の蓋のように丸くなって、互いに手足をもがき、駆け出して逃げようとしているのだった。ところがその鼠は、どんなにもがいても尻と尻がつながって離れず、ただひたすら駆け出そうとするばかりで、くるくると同じ所を回るだけなので、人々はみな恐れ驚くなかにも面白いことだと思い、「これはけしからぬ物だ。どうしてこれほど同じ鼠が九匹もよく揃ったのか。それだけでも不思議なのに、尻と尻が離れないのはどういうわけだ」と口々に言い、「引き離して逃がしてやろうか」「打ち殺そうか」などと言い騒いで、割り木のような物で二、三人が左右から引き分けようとしたが、離れない。「これはおかしな物だ」と強く引っ張って見ると、不思議なことに、この鼠の尾と尾が絡み合っているさまは網代を組んだようで、「強く引けば尻尾が抜けてしまうだろう」と言う人もいたので、そのままにしておいたところ、近所の人々が聞き伝えて集まってきて、「なんとも珍しい物を見たものだ。我々にください」と言って、竹の先に引っかけてあちこち持ち歩き、なおも人に見せた挙げ句は、川へ流したのか、土に埋めたのか。「この後また怪しいことが聞こえたら、またお知らせします」などと言ってよこした、と語ったということである。
友人の伝聞にまかして、今日の兎園の数に入り侍るになん。
友人の伝え聞きに任せて、今日の兎園会の一話に加えることにする。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

鼠の怪異

今玆〔文政乙酉〕四月、奧州伊達郡保原といふ所の大經師松聲堂〔俗稱福井重吉、俳名万年〕の物語に、おのれ事は南部の產にて、此春親族の方より消息して、世にめづらしき事をしらせおこしたり。そは南部盛岡より凡二十里許おくに福岡といふ所にて、そこに靑木兵助といふ舊家あり。其家作のふるき事、五六百年前に造りなしたるが、そのまゝにて代々住居來れり。げに其家今やうの造りざまにあらず、いかにも由あるものゝ末ならんとおもはるゝとなり。

しかるに此春二月の比、あるじ兵助の夢に、棟の上に一塊のほのほ炎々ともゆと見て、驚さめてふと仰ぎ見れば、こはそもいかにぞや、夢に見たるにつゆ違はず、おのれが寐たる上の棟に火燃えゐたりければ、あわてふためき起上り、手ばやくはしごをものして、手ごろなる器に水を入れ、水をそゝぎかけなどしければ、忽に火はきえてさせる事なし。あるじとゞろく胸はやゝしづまりしかども、いかなることにてこのあやしみのありけるにやと思へば、さらに心安からねど、かゝる事を家の内のものに告しさらば、さこそものゝけたゝりならんといひのゝしりてうるさかるべし。何にまれ今少し試みばやと、ひとりむねにをさむるものから、その曉までいもねられであかしゝとぞ。

かくてあけの朝起出でゝ、例のごとくうがらうちよりて朝いひたふべんとする折、かの宵にことありし棟とおぼしき處より、物のはたと落たり。思ひもかけぬ事なれば、女わらべなどはあれとさわぎて飛のきつ。あるじは心にかゝるふしもあれば、さてこそとて、きとそのものを見とむるに、いと年ふりて大きなる鼠のおなじ程なるが、その數九つ、尾と尻とつき合せて、わらふだの如くまろくなりつゝ、かたみに手あしをもがきて、かけりのがれんとするなりけり。しかるにその鼠いかにもがきても、その尻と尻つながりてはなれず、只ひたすらにかけ出でんとするのみにて、くるくるとおなじ所をめぐるのみなれば、人みなおそれおどろく中にも、亦興ある事におぼえて、こはけしからぬ物なり、いかにしてかくまで同じ鼠の九つよくも揃ひけん、それすらあるに尻と尻のはなれぬはいかなる故ぞとのゝしりつゝ、とりはなしてにがしやらんか、うちも殺さんやなどいひどよみて、わりきやうのものをもて兩三人左右より引わけんとするに得はなれず。こはおかしき物なりとてつよく引たて見れば、あやしむべし、此鼠の尾と尾のからみあひたる事、あじろをくみたらん如くにて、つよく物せばしり尾もぬげんずらんなどいふ人もあれば、そがまゝに置たるを、ちかきわたりの人々聞傳へつどひきて、扨もめづらしきものを見つるかな、われらに得させ給へとて、竹の先に引かけて處々もちあるきて、なほ人に見せたる果は、川へや流しけん、土中にや埋みけん。そのゝちに又怪しきことの聞えなば、なほ又告まゐらせんなどいひおこしたりと語りしよし。

友人の傳聞にまかして、けふの兎園の數に入侍るになん。

注

写本の位置
写本は3171の20カット目右ページの3行目から22カット目右ページの3行目まで。22カット目右ページの4行目から第8話「佛像腹籠の古書」が始まる。
注記
本文に披講者の号も署名もなく、目録の「文宝堂」による。文宝堂は亀屋久右衛門、鈴木有年。
校合
「靑木兵助」は写本の読み。活字本系テキストは初出を「靑木平助」とし、あとの「あるじ兵助」と食い違う。写本は両方とも兵助で、原寸で確かめて写本を採った。
校合
「俳名万年」は写本の表記。活字本系テキストは「萬年」とする。原寸で確かめて写本を採った。
判読保留
「凡二十里許おくに」の「に」は、写本では「ま」に近い字形で、活字本系テキストに従って「に」と読んだ。判読保留。
校合
「驚さめて」「起上り」「起出でゝ」「落たり」「飛のきつ」「引わけん」「引たて」「置たる」「聞傳へ」「引かけて」「告まゐらせん」は写本の送り仮名。活字本系テキストは「驚き」「起き上り」「起き出でゝ」「落ちたり」「飛びのきつ」「引きわけん」「引きたて」「置きたる」「聞き傳へ」「引きかけて」「告げまゐらせん」と補う。全ページの画像で読んだので、送り仮名の有無は原寸で確かめていない。
注記
保原は今の福島県伊達市保原町。大経師は経師屋で表具師のこと。福岡は南部藩領の二戸郡福岡で、今の岩手県二戸市。わらふだは藁蓋で、藁で編んだ円い蓋や敷物。あじろは網代で、竹や木を斜めに編んだもの。
注記
鼠の尾が絡み合って離れなくなる怪異は西洋で鼠の王として知られる。写本の記述との関係は雲亭の補足で、写本には書かれていない。

AI試訳 / 専門家未校閲