雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

双生合体追記

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第九集 第11話 / 文宝堂 鈴木有年

十二年後の同じ酉年に、本所の川へ流れ着いた四本腕の女児の図を添える。

本文 現代語訳

双生合体追記
双生合体追記
文政八年乙酉二月十七日、本所柳島十軒川へ漂流したる異形嬰児の図
文政八年乙酉二月十七日、本所柳島の十軒川へ流れ着いた異形の嬰児の図
〔図一 長さ一尺ばかり/産毛色濃く、頰の辺まで生ふ/臍四つ、股の真中にあり/もっとも女にて、陰門両方にあり〕
〔図一 身の丈一尺ほど/産毛は色が濃く、頰のあたりまで生えている/臍は四つ、股の真ん中にある/なお女児で、陰門は両側にある〕
予が伯父なる者、本所清水橋にあり。この伯父に使はるる林右衛門といふ者、近所の事なれば、当時十軒川へ行きて見たるままを写し来つるなり。この小児の亡骸は、柳島のほとりなる何がし寺に葬りしといへり。
私の伯父にあたる者が本所の清水橋に住んでいる。この伯父に使われている林右衛門という者が、近所のことなので、その時十軒川へ行って見たままを写してきたのである。この幼児の亡骸は、柳島のあたりの何某寺に葬ったという。
著作堂主人の記されし「双生合体」と、いささかも違はず。それは文化の酉の年、これは文政酉の年、年は変はれど一周の同支にあたりて、同物の異形あらはれしはもっとも奇といふべし。よりてここに追記す。
著作堂主人が記された「双生合体」と少しも違わない。あちらは文化の酉年、こちらは文政の酉年で、年は違うが十二年一巡りの同じ干支にあたって、同じ異形が現れたのは、まことに奇というべきである。そこでここに追記する。
文宝堂しるす
文宝堂しるす
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

雙生合體追記

文政八年乙酉二月十七日、本所柳嶋十軒川へ漂流したる異形嬰兒の圖

〔図一 長一尺許/産毛色濃く頰の邊まで生/臍四ツ股の眞中にあり/尤女にて陰門兩方にあり〕

予が伯父なるもの本所清水橋にあり。この伯父に使はるゝ林右衞門といふ者、近所の事なれば、當時十軒川へゆきて見たるまゝをうつし來つるなり。この小兒の亡がらは、柳嶋のほとりなる何がし寺に葬りしといへり。

著作堂主人のしるされし雙生合體と、いさゝかも違はず。それは文化の酉のとし、是は文政酉の年、年はかはれど一周の同支にあたりて、同物の異形あらはれしは尤奇といふべし。よりてこゝに追記す。

文寶堂しるす

注

写本の位置
写本は3171の31カット目左ページから32カット目右ページまで。32カット目左ページから第12話「ひなるべし作者自序の弁」が始まる。
注記
披講者は末尾の「文寶堂しるす」による。文宝堂は鈴木有年。
校合
31カット目左ページは、題と日付の行の下に嬰児の図を描き、図の左上に四行の書き込みを置く。図は頭が一つで、腕が左右に二本ずつ、脚が二本、腹に臍のような印が四つ描かれ、足は前後に重なる。書き込みは右上から順に「/」で区切って一段落にした。活字本系テキストは書き込みを本文の一段として組む。
校合
「本所柳嶋十軒川」は写本の表記で、活字本系テキストは「柳島」とする。「尤女にて」の「尤」は「尤も」の意。
校合
目録の題は「双生合体追記」で、本文の題「雙生合體追記」と一致する。活字本系テキストは「双生合體」追記とする。
注記
十軒川は本所柳島の横十間川。清水橋は本所の橋で、位置は未確認。文化十年と文政八年はともに酉年で、十二年隔たる。

AI試訳 / 専門家未校閲