雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

ひなるべし作者自序の弁

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第九集 第12話 / 客編 青李庵 角鹿比豆流

徂徠批判の書『ひなるべし』から省かれた富士谷成章の自序を掲げ、南畝の菊の詩を添える。

本文 現代語訳

文政酉九月兎園会 京 角鹿比豆流
文政酉年九月の兎園会 京 角鹿比豆流
徂徠翁の『なるべし』を難ぜしものに、『ひなるべし』といふあり。こはわが都人富士谷成章が書けるものにて、自序あり。近ごろ難波なる高芦屋が梓にせしより、やや世に行はるることにはなりにけり。さるをいかなる故にや、この本に成章が名をあらはさず、かつその自序をも省けり。余、ついに世人の知らざらん事を惜しみて、その序文をここに掲ぐ。
徂徠翁の『なるべし』を非難したものに『ひなるべし』という書がある。これは我が都の人、富士谷成章が書いたもので、自序がある。近ごろ大坂の高芦屋が出版してから、ようやく世に広まるようになった。ところがどういうわけか、この本には成章の名を出さず、その自序も省いている。私はとうとう世の人が知らないままになることを惜しんで、その序文をここに掲げる。
「荻生先生の『なるべし』といふ文書かれたるがありとは、早く聞きおきたるゆゑ、このごろ人に借りて見るに、これ『なるべき』は少なく、『非なるべき』多し。中について甚だしき限りを書き出だして、『非なるべし』と名づく。おほかたかの先生、初めより我が道に入り立たれざりければ、ただ片端をうかがひて、ひが心を得られたる事どもにぞあるべき。たどたどしく難ずべき書のさまにもあらねば、本義どものなかなかしかるべきはとどめつ。かの先生の名に聞きおぢたる人の、これをさへよしと思ふべければ、ただ少し書きつけたるなり。」
「荻生先生に『なるべし』という文書があると早くから聞いていたので、このごろ人から借りて見たところ、『なるほどそうだ』というものは少なく、『そうではない』というものが多い。中でも甚だしいものを書き出して『非なるべし』と名づける。だいたいあの先生は初めから我が国学の道に入られなかったので、ただ片端をうかがって思い違いをされた事柄ばかりであろう。たどたどしく非難するほどの書のさまでもないので、本来の意味がそれなりに通っているものはそのままにした。あの先生の名声に気おくれした人が、これさえ良いと思うだろうから、ただ少し書きつけただけである。」
明和元年秋 成章
明和元年秋 成章
文化九壬申年九月八日より、新吉原中の町より水道尻まで菊を植ゑたり。南畝翁の詩歌あり。
文化九年壬申九月八日から、新吉原の仲の町から水道尻まで菊を植えた。南畝翁の詩歌がある。
南山は見えず東籬の下 西日まさに曛れんとす北里の中 整々斜々門に菊を種ゑ 三々五々袖風に翻る
南山は東の垣根の下に見えず、西日は北里の中に暮れようとしている。整然と、また斜めに門ごとに菊を植え、三々五々と袖が風に翻る。
五街の灯月菊花芬し 黄白枝を交へて絳裙を曳く 中に颯纚たる長袖の子あり 宛も野鶴の鶏群に在るがごとし
五つの街の灯と月に菊の花が香り、黄と白が枝を交えて紅の裳裾を引く。その中にさっそうとした長い袖の子がいて、まるで野の鶴が鶏の群れにいるようだ。
新たに買ふ金英一万根 街に満つる佳色倡門に溢る 蔵家の常価これがために貴し 似ず柴桑貧士の村
新たに買った金色の菊が一万株、街に満ちる美しい色が妓楼の門にあふれる。蔵のある家では値がこのために高くなり、陶淵明の柴桑の貧しい村には似ていない。
菊は花の隠逸なりと唐人のいひしはたはけ見よ中の町
菊は花の中の隠者だと唐の人が言ったのは戯れ言だ、見よ、この仲の町を。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

文政酉九月兎園會 京 角鹿比豆流

徂徠翁のなるべしを難ぜしものに、ひなるべしといふあり。こはわが都人富士谷成章がかけるものにて、自序あり。近ごろなにはなる高芦屋が梓にせしより、やゝ世に行はるゝことにはなりにけり。さるをいかなる故にや、此本に成章が名をあらはさず、かつ其自序をもはぶけり。余終に世人の知らざらん事をゝしみて、其序文をこゝにかゝぐ。

荻生先生のなるべしといふふみかゝれたるがありとは、はやく聞きおきたる故、このごろ人にかりてみるに、是なるべきはすくなく、非なるべきおほし。中について甚しきかぎりをかきいだして、非なるべしとなづく。おほかたかの先生初より我道に入りたゝれざりければ、只かたはしをうかゞひて、ひがこゝろをえられたる事どもにぞあるべき。たどたどしく難ずべき書のさまにもあらねば、本義どものなかなかしかるべきはとゞめつ。かの先生の名にきゝおぢたる人の、是をさへよしとおもふべければ、たゞすこしかきつけたるなり。

明和元年秋 成章

文化九壬申年九月八日より、新吉原中の町より水道尻まで菊を植たり。南畝翁の詩歌あり。

南山不見東籬下 西日將曛北里中 整々斜々門種菊 三々五々袖翻風

五街燈月菊花芬 黃白交枝曳絳裙 中有颯纚長袖子 宛如野鶴在雞群

新買金英一萬根 滿街佳色溢倡門 藏家常價爲之貴 不似柴桑貧士村

菊は花の隱逸なりと唐人のいひしはたはけみよ中の町

注

写本の位置
写本は3171の32カット目左ページから34カット目右ページまで。34カット目左ページは「兎園小説第十集目録」で、第十集が始まる。
注記
目録は「ひなるべし作者自序の弁」を「客編 青李庵」とする。本文の冒頭は「文政酉九月兎園會 京 角鹿比豆流」で、題は本文にない。title は目録に従った。青李庵と角鹿比豆流が同一人物かは未確認。角鹿比豆流は京の人と読める。
校合
「近ごろなにはなる高芦屋が」は写本の読み。活字本系テキストは「近ご、ろなにはなる」とし、読点の位置がずれる。
注記
「ひがこゝろ」の「が」は写本では朱で書き入れてある。
校合
「文化九壬申年」は写本の読み。活字本系テキストは「文化 壬申年」として年数を欠く。原寸で確かめて写本を採った。
校合
「新買金英一萬根」の「金英」は写本の読み。活字本系テキストは「金菓」とする。原寸で確かめて写本を採った。金英は黄色い菊の花のこと。
校合
「明和元年秋 成章」から後の菊の一段は、目録にない。写本では序文の署名の次の左ページから続けて書かれ、題も署名もない。活字本系テキストも同じ記事にまとめるので、この passage に含めた。誰の披講かは未確認。
注記
南畝翁は大田南畝。三首の七言絶句と狂歌は、写本では詩を一首ごとに一行に書き、狂歌を一行に書く。原文欄では句の間を全角空白で区切った。読みやすい本文は書き下しで、現代語訳は雲亭の試訳。
注記
徂徠翁は荻生徂徠で、『なるべし』は徂徠の仮名遣いに関する小文。富士谷成章は京の国学者で、『ひなるべし』は徂徠の説を批判した書。高芦屋は大坂の書肆と解したが未確認。新吉原の仲の町と水道尻は吉原遊廓の通りと奥の地名。柴桑は陶淵明の故郷。

AI試訳 / 専門家未校閲