雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

素馨花

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十集 第5話 / 輪池堂 屋代弘賢

渡来してまもない素馨花を手に入れた屋代弘賢が、花鏡、本草綱目、群芳譜の記事を写して見比べる。

本文 現代語訳

小春兎園小説第十集 素馨花 輪池
小春兎園小説第十集 素馨花 輪池
素馨花は遠からぬ世にはじめて渡りしとて、いまだ世に稀なるを、このころ手に入れたれば、になく愛づるあまりに、本草のたぐひを書き写しつつ考へ合はするに、『花鏡』に「花、郁李に似て香艶これに過ぐ」といへる説には合ひたれば、「葉、桑よりも大なり」といふと、『綱目』および『群芳譜』に「花四弁」といふに合はず。疑ひなきにあらざるなり。
素馨花は、遠くない昔に初めて渡来したといい、まだ世に珍しいものだが、このごろ手に入れたので、この上なく愛でるあまり、本草書のたぐいを書き写しては照らし合わせてみた。『花鏡』に「花は郁李に似て、香りと艶はそれにまさる」とある説には合うが、「葉は桑よりも大きい」というのと、『本草綱目』や『群芳譜』に「花は四弁」というのには合わない。疑いがないわけではない。
『秘伝花鏡』 素馨花
『秘伝花鏡』 素馨花
素馨花は一名耶悉茗花、俗名玉芙蓉。木の高さ二三尺。葉は桑より大にして微かに臭く、蟻喜んでその上に聚まる。花は郁李に似て香艶これに過ぎ、秋の花の最も美なる者。性、寒を畏れ、肥ならびに残茶を喜び、実を結ばず。霜降の後よりすなはち当にその根を護るべく、来年すなはち分栽すべし。黄霉の時に扦すもまた可なり。広州城の西、弥望みな素馨を種ゑ、偽劉の時、美人をここに葬り、今に至るまで花香、他処より甚だし。
素馨花は、またの名を耶悉茗花、俗に玉芙蓉という。木の高さは二、三尺。葉は桑より大きくてかすかに臭く、蟻が好んでその上に集まる。花は郁李に似て、香りと艶はそれにまさり、秋の花でもっとも美しいものである。性質は寒さを嫌い、肥料と茶がらを好み、実を結ばない。霜が降りたあとはすぐに根を保護すべきで、翌年には株分けができる。梅雨の時期に挿し木をしてもよい。広州の城の西では見渡すかぎり素馨を植えており、偽劉の時代に美人をここに葬ったので、今でも花の香りがほかの土地よりも強いという。
『本草綱目』 茉莉附録
『本草綱目』 茉莉の附録
素馨〔時珍いはく、素馨もまた西城より移り来たる。これを耶悉茗花といふ。すなはち『酉陽雑俎』に載するところの野悉蜜花なり。枝幹裊娜として、葉は末利に似て小なり。その花細瘦にして四弁、黄白の二色あり。花を采りて油を圧し、頭を沢せば甚だ香滑なり〕
素馨〔李時珍がいうには、素馨もまた西域から移されてきたもので、耶悉茗花と呼び、『酉陽雑俎』に載る野悉蜜花がこれである。枝や幹はしなやかで、葉は茉莉に似て小さい。花は細くほっそりして四弁、黄と白の二色がある。花を採って油をしぼり、髪につけるとたいへん香りよくなめらかである〕
『二如亭群芳譜』花部
『二如亭群芳譜』花部
素馨 一名耶悉茗花、一名野悉蜜花。西域より来たる。枝幹裊娜として、茉莉に似て小なり。葉は繊にして緑なり。花は四弁細瘦にして、黄白の二色あり。須らく屏架にて扶け起こすべし。然らざれば自ら竪つに克へず。雨中の嫵態もまた自ら人に媚ぶ。
素馨 またの名を耶悉茗花、また野悉蜜花。西域から来た。枝や幹はしなやかで、茉莉に似て小さい。葉は細くて緑色。花は四弁で細くほっそりし、黄と白の二色がある。屏や棚で支えて立たせなければならない。そうしないと自分では立っていられない。雨の中のなまめかしい姿も、おのずから人を魅了する。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

小春兎園小說第十集 素馨花 輪池

素馨花はとほからぬ世にはじめて渡りしとて、いまだ世に稀なるを、この比手に入れたれば、になくめづるあまりに、本艸のたぐひを書うつしつゝかうがへ合するに、花鏡に花郁李に似て香艷これに過ぐといへる說には合ひたれば、葉桑よりも大なりといふと、綱目および群芳譜に花四辨といふにあはず。疑なきにあらざるなり。

祕傳花鏡 素馨花

素馨花、一名耶悉茗花、俗名玉芙蓉。木高二三尺。葉大於桑而微臭、蟻喜聚其上。花似郁李而香艷過之、秋花之最美者。性畏寒、喜肥幷殘茶、不結實。自霜降後、卽當護其根、來年便可分栽。黃霉時扦亦可。廣州城西彌望皆種素馨、僞劉時美人葬此、至今花香甚於他處。

本草綱目 茉莉附錄

素馨〔時珍曰、素馨亦自西城移來、謂之耶悉茗花、卽酉陽雜俎所載野悉蜜花也。枝幹裊娜、葉似末利而小。其花細瘦四辨、有黃白二色。采花壓油、澤頭甚香滑也〕

二如亭群芳譜花部

素馨 一名耶悉茗花、一名野悉蜜花。來自西域。枝幹裊娜、似茉莉而小。葉纖而綠。花四辨細瘦、有黃白二色。須屛架扶起、不然不克自竪。雨中嫵態亦自媚人。

注

写本の位置
写本は3171の48カット目左ページから49カット目左ページまで。48カット目右ページと50カット目右ページは白紙。48カット目左ページの冒頭に「小春兎園小說第十集」の見出しがあり、その下に題「素馨花」と「輪池」の署名がある。
注記
目録の題は「素馨香花」、本文の題は「素馨花」。披講者は輪池堂。
判読保留
「この比手に入れたれば」は写本の読み。活字本系テキストは「手に入りたれば」とする。字形が近く、判読保留。
判読保留
「といへる說には」は写本の読み。活字本系テキストは「誌には」とする。字形からの推定で判読保留。
校合
「群芳譜」は写本の表記。活字本系テキストは冒頭で「岸芳譜」とするが、後の引用では「二如亭群芳譜」とする。
判読保留
花鏡の引用の「來年便可分栽」は写本の読み。活字本系テキストは「來年年便可分栽」とする。「黃霉時扦亦可」の「霉」は写本の字形からの読みで、活字本系テキストは「黃霜時扞亦可」とする。梅雨に挿し木をする意で文脈に合うが、判読保留。
校合
本草綱目の引用の「亦自西城移來」は写本の読み。活字本系テキストは「西域」とする。写本の字形は「城」に見えるので写本を採ったが、綱目の原文は「西域」で、写し誤りの可能性がある。
校合
群芳譜の引用の「似茉莉而小」「亦自媚人」は写本の読み。活字本系テキストは「似萊裊而小」「並自媚人」とする。
注記
素馨はモクセイ科ソケイ属のつる性低木で、ジャスミンの仲間。郁李はニワウメ、茉莉はマツリカ。「僞劉」は五代十国の南漢の劉氏を指す。
注記
漢文の引用の返り点と送り仮名は原文欄では外した。読みやすい本文は雲亭の書き下し。

AI試訳 / 専門家未校閲