雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

鶴の稲 附供大人米考

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十集 第7話 / 輪池堂 屋代弘賢

鶴が白河に落とした大粒の稲を浅草で実らせ、唐の仏典に見える大人米ではないかと考える。

本文 現代語訳

鶴の稲 輪池
鶴の稲 輪池
この稲は、十数年前に奥州白河領に鶴のくはへ来て落としし稲穂なり。これを植ゑて種取りてここにも伝はりしを、浅草関氏の園中に植ゑて実りしなり。穂の長さ九寸ばかり、粟粒およそ八十五六七、粒の長さ三分五厘、広さ一分二厘ほどあり。ある人の「もち米なり」といひしほどに、やがて練り試みしが、至りて淡味なり。「これは朝鮮の種なるべし」といひあへり。
この稲は、十数年前に奥州白河領で鶴がくわえてきて落とした稲穂である。これを植えて種を取り、こちらにも伝わったものを、浅草の関氏の庭に植えて実らせた。穂の長さは九寸ほどで、粒はおよそ八十五から八十七、粒の長さは三分五厘、幅は一分二厘ほどある。ある人が「もち米だ」と言ったので、さっそく練って試してみたが、ひどく味が薄い。「これは朝鮮の品種だろう」と言い合った。
平田篤胤いはく、「藁弱くて用に堪へざれば、異国の産なる事明らかなり」といへり。西教寺いはく、「鶴は朝鮮より渡ると聞き及べり。さてかくばかり大粒なる米を見し事はあらず。もしは『慈恩伝』に見えし大人米なるべきか」といへり。按ずるに『慈恩伝』にも「大人米は烏豆より大なり」と見えたれば、いかがあらん。高田与清いはく、「駿河国に米宮といふあり。いにしへ異国より渡りしとて、烏喰豆よりも大なる米を神体とせり。これ大人米なるべし」といへり。
平田篤胤は「藁が弱くて用に堪えないから、外国産であることは明らかだ」と言った。西教寺は「鶴は朝鮮から渡ってくると聞いている。しかしこれほど大粒の米を見たことはない。もしかすると『慈恩伝』に見える大人米ではないか」と言った。考えてみると『慈恩伝』にも「大人米は烏豆より大きい」とあるので、どうだろうか。高田与清は「駿河国に米宮というものがある。昔、外国から渡ったといって、烏喰豆よりも大きな米を神体にしている。これが大人米だろう」と言った。
供大人米考
供大人米考
『西域記』八の初めにいはく、摩掲陀国は周り五千余里、城には居人少なく、邑には編戸多し。地は沃壌にして稼穡を滋す。異なる稲種あり。その〔頭書、「其」は恐らく「奇」の誤り〕粒麤大にして、香味殊に越え、光色特に異なり。かの俗、これを供大人米といふ。
『大唐西域記』巻八の初めにいう。摩掲陀国は周囲五千余里、城には住む人が少なく、村には戸籍のある家が多い。土地は肥え、穀物がよく育つ。珍しい稲の種類があり、その〔頭書に「其」はおそらく「奇」の誤りとある〕粒は大きく、香りと味が格別で、つやと色も特別である。その土地の人はこれを供大人米と呼ぶ。
『慈恩寺三蔵伝』三〔十三丁左〕にいはく、大人米一斤。その米は烏豆より大きく、飯を作れば香鮮にして、余の米は及ばず。ただ摩掲陀国にのみこの秔米あり、余処にはさらになし。ひとり国王および多聞の大徳に供す。ゆゑに供大人米と号す。
『慈恩寺三蔵伝』巻三〔十三丁左〕にいう。大人米一斤。その米は烏豆より大きく、飯にすると香りがよく、ほかの米は及ばない。ただ摩掲陀国だけにこの粳米があり、ほかの土地にはまったくない。国王と学識の高い高僧だけに供する。だから供大人米と名づける。
『続高僧伝』四〔二十丁右〕にいはく、大人米一斤。大人米とは秔米なり。大きさ烏豆のごとく、飯の香り百歩に及ぶ。ただこの国にのみあり、王および法を知る者これに預かる。
『続高僧伝』巻四〔二十丁右〕にいう。大人米一斤。大人米とは粳米である。大きさは烏豆ほどで、飯の香りは百歩先まで届く。ただこの国にだけあり、王と仏法を知る者だけがこれにあずかる。
『新唐書』二百二十一上〔十九丁左〕にいはく、摩掲陀国、一に摩伽陀といふ。もと中天竺の属国、環り五千里。土沃えて稼穡に宜し。異なる稲あり、巨粒にして、供大人米と号す。
『新唐書』巻二百二十一上〔十九丁左〕にいう。摩掲陀国は、一に摩伽陀ともいう。もとは中天竺の属国で、周囲五千里。土地が肥えて穀物に適する。珍しい稲があり、粒が大きく、供大人米と名づける。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

鶴の稻 輪池

この稻は十數年前に奧州白河領に鶴のくはへ來ておとしゝ稻穗なり。これをうゑて種とりてこゝにもつたはりしを、淺草關氏の園中にうゑてみのりしなり。穗の長さ九寸ばかり、粟粒凡八十五六七、粒の長さ三分五厘、廣さ一分二厘ほどあり。或人のもち米なりといひしほどに、やがてねり試みしが、至りて淡味なり。これは朝鮮の種なるべしといひあへり。

平田篤胤曰、藁よはくて用に堪へざれば、異國の產なる事明かなりといへり。西敎寺曰、鶴は朝鮮よりわたると聞及べり。さてかくばかり大粒なる米をみし事はあらず。もしは慈恩傳にみえし大人米なるべきかといへり。按ずるに慈恩傳にも大人米は烏豆より大なりとみえたれば、いかゞあらん。高田與淸曰、駿河國に米宮といふあり。いにしへ異國より渡りしとて、烏喰豆よりも大なる米を神體とせり。これ大人米なるべしといへり。

供大人米考

西域記八初曰、摩揭陀國周五千餘里、城少居人、邑多編戶、地沃壤、滋稼穡、有異稻種、其〔頭書 其恐奇誤〕粒麤大、香味殊越、光色特異、彼俗謂之供大人米。

慈恩寺三藏傳三〔十三左〕曰、大人米一斤、其米大於烏豆、作飯香鮮、餘米不及、唯摩揭陀國有此秔米、餘處更無、獨供國王及多聞大德、故號供大人米。

續高僧傳四〔廿右〕曰、大人米一斤、大人米者秔米也、大如烏豆、飯香百步、惟此國有、王及知法者預焉。

新唐書二百廿一上〔十九左〕曰、摩揭陀國、一曰摩伽陀、本中天竺屬國、環五千里、土沃宜稼穡、有異稻、巨粒、號供大人米。

注

写本の位置
写本は3171の51カット目左ページから53カット目右ページまで。53カット目右ページは新唐書の引用の末尾一行だけで、同じページの残りは白紙。左ページから次の話「阿比廼麻村の瘞錢」が始まる。
注記
目録の題は「鶴の稲 附供大人米考」、本文は「鶴の稻」と「供大人米考」の二つの題に分かれる。目録に従って1話にまとめた。披講者は輪池堂で、題の下に「輪池」とある。
校合
「駿河國に米宮といふあり」は写本の読み。活字本系テキストは「米官」とする。神体の話なので宮の字が文脈に合う。
注記
「粟粒凡八十五六七」の「粟」は写本の字形どおり。穂につく粒の数と解した。
注記
西域記の引用の「其粒麤大」には写本の頭書に「其恐奇誤」とある。續高僧傳の引用の「王及知法者」は写本が「和法者」と書き、朱で「知」と訂正する。原文欄は訂正後の字を採った。
注記
漢文の引用に付いた返り点と送り仮名は原文欄では外した。〔十三左〕〔廿右〕〔十九左〕は引用元の丁数を示す割注。
注記
西教寺は谷中の西教寺の住持と解した。高田与清は小山田与清。関氏は海棠庵関思亮で、浅草に住んだ。慈恩伝は玄奘の伝記『大慈恩寺三蔵法師伝』。

AI試訳 / 専門家未校閲