雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

蝦夷霊亀考異

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十一集 第3話 / 著作堂 曲亭馬琴

馬琴が自分の聞いた大亀の話を海棠庵の本文と突き合わせ、惣助と弥三郎の問答を詳しく記す。

本文 現代語訳

蝦夷霊亀考異
蝦夷霊亀考異
考異に云、アツケシの浜、近年、不猟にして、三千石目の運上に引きあはず。これにより、請負人は、借財なども、多くいで来しかども、「今年は、よき猟、あらんか。明年は仕合のなほらんか」とて、からくとりつづきたれども、この両三年、いよいよ、小猟なるにより、「とてもかくても、この乙酉の年を限に、弗とやめん」と思ひゐたり。
考異に言う。アッケシの浜は近年不漁で、三千石目の運上に見合わない。このため請負人には借財なども多くできたが、今年はよい漁があるか、来年は運が直るかと、かろうじて続けてきたものの、この二、三年はいよいよ小漁なので、どうであれこの乙酉の年を限りにきっぱりやめようと思っていた。
かくて、惣助、ある日、猟場を見𢌞りしに、支配人弥三郞が云、「けふは、よきトツキ〔大亀の方言。〕がかかりて候。これまで稀に網に入りしは、五、六尺のものなるに、それには五倍のものにこそ」といふ。惣助は浜辺にゆきて、件の亀をよく見るに云々〔この間は、この本文に、いへるがごとし。〕。さて、立ちかへり、又、弥三郞にいふやう、「われ、今行きて、「トツキ」を見たるに、実に大きなることは、実に未曽有のものなり。しかれども、われは、彼を助けて、放ちやらんと思ふなり」といふ。弥三郞、驚きて、その故を問へば、惣助、答ふること、本文のごとし。
こうして惣助がある日漁場を見回ると、支配人の弥三郎が言うには、「今日はよいトツキ〔大亀の方言〕がかかりました。これまで稀に網に入ったのは五、六尺のものでしたが、それの五倍のものです」と言う。惣助は浜辺に行って、例の亀をよく見ると云々〔この間はこの本文に言うとおりである〕。さて立ち帰り、また弥三郎に言うには、「私は今行ってトツキを見たが、実に大きいことはまったく未曾有のものだ。しかし私はあれを助けて放してやろうと思う」と言う。弥三郎が驚いてそのわけを問うと、惣助が答えることは本文のとおりである。
弥三郞、又、いはく、「人を見て、「キキ」となくは、いづれの「トツキ」も、みな同じ。よく思うても見給へかし。向に得たる「トツキ」どもは、五、六尺四方なりしすら、あぶらを絞り、甲を売れば、三十金、或は四、五十金になるものありけり。さるをあの「トツキ」は、その五倍なるをもて、二百金か。よくせば、二百五十金にもなるべし。近年、不猟にして、借財も多かるに、大金になるべきものを、放ちやることや、ある。おん身のごとく、女らしき「あはれみ」の心をもてせば、いかでか、あの「トツキ」のみならんや。凡、網に入る魚を、みなはなちやるべきや。まことに沙汰の限りなり。よう、みづから、思ひね」と、たしなめしを、惣助、かさねて、「否。わが思ふよしは、しからず。もろもろの魚を網するは、わが渡世なれば、何とも思はず。汝も亦、よく思ひみよ。けふの網は、あの「トツキ」をとらん為に、あらず。しかるに、わがほりする魚は入らずして、思ひもかけぬ「トツキ」のかかりしは、これ、「から網」に異ならず。よしや、あの「トツキ」が、百金、二百金になりたればとて、それにて、生涯をすぎらるるにも、あらず。大猟をなすものの、さのみ、小利を貪ることかは」といふに、弥三郞、なほ、従はず。
弥三郎がまた言うには、「人を見てキキと鳴くのは、どのトツキもみな同じです。よく考えてもご覧なさい。以前に獲ったトツキどもは五、六尺四方のものでさえ、油を絞り甲を売れば三十金、あるいは四、五十金になるものがありました。それをあのトツキはその五倍なのですから二百金か、うまくすれば二百五十金にもなるでしょう。近年不漁で借財も多いのに、大金になるものを放してやるということがありますか。あなたのように女々しい哀れみの心をもってすれば、どうしてあのトツキだけで済みましょう。およそ網に入る魚をみな放してやるのですか。まったく沙汰の限りです。よく自分でお考えなさい」とたしなめたのを、惣助は重ねて、「いや、私の思うわけはそうではない。もろもろの魚を網にかけるのは私の生業だから、何とも思わない。お前もまたよく考えてみよ。今日の網はあのトツキを獲るためではない。それなのに私の欲しい魚は入らず、思いもかけないトツキがかかったのは、これは空網と変わらない。たとえあのトツキが百金二百金になったところで、それで生涯を暮らせるわけでもない。大漁をする者が、そう小利を貪ることがあろうか」と言うが、弥三郎はなお従わない。
惣助、又、いはく、「われは、理もなく、思慮もなく、只、何となく、あの「トツキ」を、いと不便に思ふなり。そはとまれ、かくもあれ、いざ、われともろともに、ふたたび、ゆきて見よ」と、いふに、弥三郞は、争ひかねて、うちつれだちて、ゆきて見るに云々。これよりすゑは、本文にしるされしが如し。
惣助がまた言うには、「私は理屈もなく、思慮もなく、ただ何となくあのトツキをとても不憫に思うのだ。それはともかく、さあ私と一緒にもう一度行って見よ」と言うので、弥三郎は争いかねて、連れ立って行って見ると云々。これから先は本文に記されたとおりである。
右野作、「異亀」の編、予が聞きしと、異同あり。彼此、みな、伝聞によるのみなれば、是非を、いづれと、定めがたし。しかれども、予が聞きし趣は、いささか、具なるに似たれば、先夕、席上において、海棠庵主に、「しかじか」と告ぐるに、「さらば、わが書に追記してよ」と、いはるればもだしがたくて、灯下に禿筆を把りて、蛇足の説をなすにこそ。
右の野作の『異亀』の編は、私が聞いたことと異同がある。あれもこれもみな伝聞によるだけなので、是非をどちらとも定めがたい。しかし私が聞いた趣は少し詳しいようなので、先日の夕方、席上で海棠庵主にかくかくと告げたところ、「それならわが書に追記してくれ」と言われたので、黙っていられず、灯火の下で禿筆を執って蛇足の説をなした次第である。
○再いふ。亀をはなちて善報を得たるもの、昔より、和漢に多かり。予、その故事の抄錄ありといへども、博雅の諸君、素よりよくしることならんを、ここに贅すべくも、あらず。但、ちかごろ仙台のちかきわたりで、このアツケシの大亀の事と、よく相似て、なほ、異なるものがたり一条、真葛が「磯づたひ」といふ草紙に見えたり。余紙なきをもて、これ又、贅せず。
○再び言う。亀を放して善報を得た者は、昔から和漢に多い。私はその故事の抜き書きを持っているが、博雅の諸君はもとよりよくご存じのことであろうから、ここに付け加えるまでもない。ただ近ごろ仙台の近くあたりで、このアッケシの大亀のこととよく似て、なお異なる物語が一条、真葛の『磯づたひ』という草紙に見える。余白がないので、これもまた付け加えない。
乙酉十月廿四日 著作堂痴叟追記
乙酉十月二十四日 著作堂痴叟 追記
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

蝦夷靈龜考異

考異に云アツケシの濱近年不獵にして三千石目の運上に引きあはずこれにより請負人は借財なども多くいで來しかども今年はよき獵あらんか明年は仕合のなほらんかとてからくとりつゞきたれどもこの兩三年いよいよ小獵なるによりとてもかくてもこの乙酉の年を限に弗とやめんと思ひゐたり

かくて惣助ある日獵場を見𢌞りしに支配人彌三郞が云けふはよきトツキ〔大龜の方言〕がかゝりて候これまで稀に網に入りしは五六尺のものなるにそれには五倍のものにこそといふ惣助は濱邊にゆきて件の龜をよく見るに云々〔この間はこの本文にいへるがごとし〕さて立ちかへり又彌三郞にいふやうわれ今行きてトツキを見たるに實に大きなることは實に未曾有のものなりしかれどもわれは彼を助けて放ちやらんと思ふなりといふ彌三郞驚きてその故を問へば惣助答ふること本文のごとし

彌三郞又いはく人を見てキヽとなくはいづれのトツキもみな同じよく思うても見給へかし向に得たるトツキどもは五六尺四方なりしすらあぶらを絞り甲を賣れば三十金或は四五十金になるものありけりさるをあのトツキはその五倍なるをもて二百金かよくせば二百五十金にもなるべし近年不獵にして借財も多かるに大金になるべきものを放ちやることやあるおん身のごとく女らしきあはれみの心をもてせばいかでかあのトツキのみならんや凡網に入る魚をみなはなちやるべきやまことに沙汰の限りなりようみづから思ひねとたしなめしを惣助かさねて否わが思ふよしはしからずもろもろの魚を網するはわが渡世なれば何とも思はず汝も亦よく思ひみよけふの網はあのトツキをとらん爲にあらずしかるにわがほりする魚は入らずして思ひもかけぬトツキのかゝりしはこれから網に異ならずよしやあのトツキが百金二百金になりたればとてそれにて生涯をすぎらるゝにもあらず大獵をなすものゝさのみ小利を貪ることかはといふに彌三郞なほ從はず

惣助又いはくわれは理もなく思慮もなく只何となくあのトツキをいと不便に思ふなりそはとまれかくもあれいざわれともろともにふたゝびゆきて見よといふに彌三郞は爭ひかねてうちつれだちてゆきて見るに云々これよりすゑは本文にしるされしが如し

右野作異龜の編予が聞きしと異同あり彼此みな傳聞によるのみなれば是非をいづれと定めがたししかれども予が聞きし趣はいさゝか具なるに似たれば先夕席上において海棠庵主にしかじかと告ぐるにさらばわが書に追記してよといはるればもだしがたくて燈下に禿筆を把りて蛇足の說をなすにこそ

○再いふ龜をはなちて善報を得たるもの昔より和漢に多かり予その故事の抄錄ありといへども博雅の諸君素よりよくしることならんをこゝに贅すべくもあらず但ちかごろ仙臺のちかきわたりでこのアツケシの大龜の事とよく相似てなほ異なるものがたり一條眞葛が磯づたひといふ草紙に見えたり餘紙なきをもてこれ又贅せず

乙酉十月廿四日 著作堂痴叟追記

注

写本の位置
写本は3166の17カット目左ページ5行目から19カット目右ページ2行目まで。「考異に云アツケシの濱近年不獵にして」から本文と同じ大きさで書かれ、18カット目左ページの「扨その次の日より」の前で本文に戻る。追記「右野作異龜の編」は18カット目左ページ末尾から19カット目右ページにあり、「乙酉十月廿四日 著作堂痴叟追記」で終わる。
注記
目録の「蝦夷靈龜考異 著作堂」にあたる部分として、本文と同じ大きさの長い考異と追記をこの話にまとめた。本文中に小字割注で入る短い考異は第2話に残した。
注記
「野作」は海棠庵 関思亮の名。「眞葛が磯づたひ」は只野真葛の随筆。「乙酉十月廿四日」は兎園会の翌日にあたる。
注記
「本文にいへるがごとし」「本文のごとし」の割注と地の文は、写本でも小字と本文の別がある。
注記
字句はページ全体の画像で読み合わせ、原寸では確かめていない。
校合
私家版は蝦夷靈龜と同じ記事。

AI試訳 / 専門家未校閲