雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

狐の祐天

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十一集 第5話 / 文宝堂 西村寿卜

祐天僧正が乗り移ったという娘の名号を、大田南畝が狐狸のしわざと見抜く。

本文 現代語訳

狐の祐天
狐の祐天
文政三庚辰年の秋、大伝馬町二丁目、きせる問屋升屋善兵衛といふものの娘〔年十八、名は「ゑい」。〕に、祐天僧正ののりうつり、此むすめ、俄に六字の名号をかき、名をば、則、「祐天」と、かきて、花押まで、少しもたがはざれば、「名号を書きて貰はん」「十念を、うけん」「昔、羽生村の累女を得脱させし僧正の、再び来らせ給ひし」とて、愚痴無智の老若男女、升屋が門に、市をなせり。
文政三年庚辰の秋、大伝馬町二丁目のきせる問屋、升屋善兵衛という者の娘〔年十八、名はゑい〕に祐天僧正が乗り移り、この娘はにわかに六字の名号を書き、名を「祐天」と書いて、花押まで少しも違わないので、「名号を書いてもらおう」「十念を受けよう」「昔、羽生村の累女を成仏させた僧正が再びおいでになった」といって、愚かで無知な老若男女が升屋の門に市をなした。
此むすめ、名号をもかき、十念をも出だせど、来り給はぬ時は、常の娘にて、平日に、かはること、なし。
この娘は名号も書き、十念も授けるが、僧正が来ない時はふつうの娘で、平日と変わるところはない。
「此娘の、かきたる名号なり」とて、元飯田町薬店小松三右衛門よりもたせこしたり。ひらきみれば、表装は赤地の錦にて、いと立派に仕立たる絹地の竪物に
「この娘の書いた名号である」といって、元飯田町の薬店、小松三右衛門から持たせてよこした。開いて見ると、表装は赤地の錦でたいそう立派に仕立てた絹地の掛け軸に、
南無阿□□仏 祐天〔花押〕
南無阿□□仏 祐天〔花押〕
かくのごとく、「弥陀」の二字、たがへり。これを借り得て、南畝翁に見せけるに、折ふし、酒宴の時なりけり。「貴き名号なれば、今、腥き口にては、親鸞ならば、貪着は有るまじけれど、祐天には、ちとは、ふむきなり」とて、口そそぎて、一軸をひらき、よくよく見られて、「此『弥陀』の二字をかへたるは、まさしく狐狸のわざならん。憚りて、わざと、かく書きたがへしものなるべし。口そそぎて、やくなき事をしたり」など、いひつつ、又、杯をかたぶけて例の口とく
このように「弥陀」の二字が違っている。これを借りて南畝翁に見せたところ、折しも酒宴の時であった。「貴い名号なので、今の生臭い口では、親鸞ならば咎めはしないだろうが、祐天にはちと不向きだ」といって口をすすぎ、一軸を開いてよくよく見て、「この『弥陀』の二字を変えたのは、まさしく狐狸のしわざだろう。憚ってわざとこう書き違えたものに違いない。口をすすいで無駄なことをした」などと言いながら、また杯を傾けて、例の口が早くも、
祐天が のりうつりたる 名号の ひかりをみたの 二字にこそしれ
祐天が乗り移ったという名号の、その光を見たのだと、「みた」の二字でこそ知れ。
此娘の沙汰、「あまりに、いぶかしき事なり」とて、大伝馬町名主馬込氏、みづから、升屋かたへゆきて、委しく聞き糺し、夫より、娘に面会して、さまざまに詮議して、問ひつめければ、是非なく、本性をあらはしたる処、狐のつきたるに相違なければ、馬込、いよいよ、きびしく問答し、つめて、此きつねを退けたりとぞ。
この娘の噂は「あまりに不審なことだ」といって、大伝馬町の名主馬込氏が自ら升屋のほうへ行き、詳しく聞き糺し、それから娘に面会してさまざまに詮議し、問い詰めたところ、やむなく本性をあらわした。狐の憑いたのに相違ないので、馬込はいよいよ厳しく問答して問い詰め、この狐を退けたという。
此娘に「きつね」をつけたる事は、此升屋の後家なるもの、上州より、年々、来て、滞留せる絹商人弥三郞といふ者と密通して、此「絹うり」のたくみなるよし。此事、既に露顕に及びければ、絹売は出奔しけり。
この娘に狐を憑けたのは、この升屋の後家という者が、上州から年々来て滞在する絹商人の弥三郎という者と密通して、この絹売りが仕組んだことだという。このことがすでに露顕に及んだので、絹売りは出奔した。
後家をば、親里へ預け、娘「ゑい」をば、親類方へ引きわたし、当主、幼年なれば、事、落着まで、是迄の通り、支配人持とせり。これ、皆、馬込のはからひなるよし。此頃、馬込の取沙汰、よく、「宿老は、かく有りたきものなり」と、人々、いひあへり。
後家は親元へ預け、娘のゑいは親類方へ引き渡し、当主は幼年なので、事が落着するまでこれまでどおり支配人持ちとした。これはみな馬込の取り計らいだという。このころ馬込の評判はよく、「宿老はこうありたいものだ」と人々が言い合った。
これにつけても、名号を、一度、見られて、「狐狸のわざ」とはや、さとられし南畝翁の先見、明らかなりと、いふべし。
これにつけても、名号を一度見ただけで「狐狸のしわざ」と早くも悟った南畝翁の先見は明らかだと言うべきである。
狂詠に、「名号のひかりをみたの二字」と「しれ」とはもとより貴き弥陀の二字なれば、その光りにおそれて、書きかへたれば、則、『此二字にて、怪しきものの所為なるをしれ』と、よまれしものなるべし。
狂歌に「名号のひかりをみたの二字」と「しれ」というのは、もとより貴い弥陀の二字なので、その光を恐れて書き換えたのだから、「この二字で怪しいもののしわざと知れ」と詠まれたものであろう。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

狐の祐天

文政三庚辰年の秋大傳馬町二丁目きせる問屋升屋善兵衞といふものゝ娘〔年十八名はゑい〕に祐天僧正のゝりうつり此むすめ俄に六字の名號をかき名をば則祐天とかきて花押まで少しもたがはざれば名號を書きて貰はん十念をうけん昔羽生村の累女を得脫させし僧正の再び來らせ給ひしとて愚痴無智の老若男女升屋が門に市をなせり

此むすめ名號をもかき十念をも出だせど來り給はぬ時は常の娘にて平日にかはることなし

此娘のかきたる名號なりとて元飯田町藥店小松三右衞門よりもたせこしたりひらきみれば表裝は赤地の錦にていと立派に仕立たる絹地の竪物に

南無阿□□佛 祐天〔花押〕

かくのごとく彌陀の二字たがへりこれを借り得て南畝翁に見せけるに折ふし酒宴の時なりけり貴き名號なれば今腥き口にては親鸞ならば貪着は有るまじけれど祐天にはちとはふむきなりとて口そゝぎて一軸をひらきよくよく見られて此彌陀の二字をかへたるはまさしく狐狸のわざならん憚りてわざとかく書きたがへしものなるべし口そゝぎてやくなき事をしたりなどいひつゝ又盃をかたぶけて例の口とく

祐天がのりうつりたる名號のひかりをみたの二字にこそしれ

此娘の沙汰あまりにいぶかしき事なりとて大傳馬町名主馬込氏みづから升屋かたへゆきて委しく聞き糺し夫より娘に面會してさまざまに詮議して問ひつめければ是非なく本性をあらはしたる處狐のつきたるに相違なければ馬込いよいよきびしく問答しつめて此きつねを退けたりとぞ

此娘にきつねをつけたる事は此升屋の後家なるもの上州より年々來て滯留せる絹商人彌三郞といふ者と密通して此絹うりのたくみなるよし此事既に露顯に及びければ絹賣は出奔しけり

後家をば親里へ預け娘ゑいをば親類方へ引きわたし當主幼年なれば事落着まで是迄の通り支配人持とせりこれ皆馬込のはからひなるよし此頃馬込の取沙汰よく宿老はかく有りたきものなりと人々いひあへり

これにつけても名號を一度見られて狐狸のわざとはやさとられし南畝翁の先見明らかなりといふべし

狂詠に名號のひかりをみたの二字としれとはもとより貴き彌陀の二字なればその光りにおそれて書きかへたれば則此二字にて怪しきものゝ所爲なるをしれとよまれしものなるべし

注

写本の位置
写本は3166の20カット目左ページから22カット目右ページ4行目まで。20カット目左ページに題「狐の祐天」があり、署名はない。披講者は目録に「文寶堂」。
判読保留
名号は21カット目右ページに大字で「南無阿□□佛」と書き、その下に「祐天」と花押がある。第三字は「阿」と読め、第四字と第五字は人偏の見慣れない字で、判読できないので□にした。活字本系テキストは伏字二つと「位」にするが、写本の第五字は「位」とは読めない。判読保留。
注記
「彌陀の二字たがへり」とあるので、原文欄の□二つが「彌陀」の位置にあたる。
注記
狂歌の段落は poem に指定した。読みやすい本文では句ごとに空白で区切った。
注記
南畝翁は大田南畝。羽生村の累女は祐天上人の累解脱の伝承。大伝馬町の名主馬込氏は馬込勘解由。
校合
字句はページ全体の画像で活字本系テキストと読み合わせ、名号のほかに異同は見つからなかった。名号は原寸で確かめた。
校合
私家版は1記事。

AI試訳 / 専門家未校閲