白猿賊をなす事
秋田の山役所で白い猿が秘蔵の貞宗の刀を奪い、刀も鉄砲も通らずに逃げおおせる。
本文 現代語訳
白猿賊をなす事
白猿が盗みをする事
佐竹候の領国羽州に「山役所」といふ処あり。此役所を預りをる大山十郞といふ人、先祖より伝来する所の貞宗の刀を秘蔵して、毎年、夏六月に至れば、是を取り出だして、風を入るる事あり。
佐竹侯の領国の羽州に「山役所」という所がある。この役所を預かっている大山十郎という人は、先祖から伝来する貞宗の刀を秘蔵して、毎年夏六月になるとこれを取り出して風を入れることにしていた。
文政元六月、例のごとく、座敷に出だし置きて、あるじも、かたはら、去らず、守り居けるに、いづこより、いつのまに来りけん、白き猿の三尺ばかりなるが、一疋、来りて、かの貞宗の刀を、奪ひ、立ち去り、ゆくりなき事にて、あるじも、「やや」と、いひつつ、おつとり刀にて、追ひかけ出づるを、「何事やらん」と、従者共も、あるじのあとにつきて走り出でつつ、追ひゆく程に、猿は、其ほとりの山中に入りて、ゆくへを、しらず。
文政元年六月、例のとおり座敷に出しておき、主人もそばを離れず見守っていたところ、どこからいつの間に来たのか、白い猿の三尺ほどのものが一匹来て、その貞宗の刀を奪って立ち去った。思いがけないことで、主人も「やや」と言いながら押っ取り刀で追いかけて出るのを、「何事か」と従者たちも主人の後について走り出し、追って行くうちに、猿はそのあたりの山中に入って行方が分からなくなった。
あるじは、いかにともせんすべなさに、途中より立ち帰り、この事、従者等をはじめとして、親しき者にも告げしらせ、翌日、大勢、手配りして、かの山にわけ入り、奥ふかくたづねけるにとある芝原の広らかなる処に、大きなる猿、二、三十疋、まとゐして、其中央にかの白猿は、藤の蔓を帯にして、きのふ、奪ひし一腰を帯び、外の猿どもと、何事やらん、談じゐる体なり。
主人はどうにもしようがなく途中から立ち帰り、このことを従者たちをはじめ親しい者にも告げ知らせ、翌日大勢で手配りしてその山に分け入り、奥深く尋ねたところ、とある芝原の広々とした所に大きな猿が二、三十匹車座になり、その中央にあの白猿が藤の蔓を帯にして、昨日奪った一腰を差し、ほかの猿どもと何事か談じている様子であった。
これを見るより、十郞はじめ、従者も、刀をぬきつれ、切り入りければ、猿ども驚き、ことごとく逃げ去りけれども、白猿ばかりは、かの貞宗を、抜はなし、人々と戦ひけるうち、五、六人、手負たり。白猿の身に、いささかも、疵、つかず。度々、切りつくるといへども、さらに、身に通らず。鉄砲だに通らねば、人々、あぐみはてて見えたるに、白猿は、猶、山、ふかく逃げ去りけり。
これを見るなり、十郎をはじめ従者も刀を抜き連れて切り込んだので、猿どもは驚いてことごとく逃げ去ったが、白猿だけはあの貞宗を抜き放って人々と戦い、そのうちに五、六人が手傷を負った。白猿の身には少しも傷がつかない。たびたび切りつけても、まったく身に通らない。鉄砲さえ通らないので、人々があぐねているうちに、白猿はなお山深く逃げ去った。
夫より、山猟師共を、かたらひけるに、此猿、「たまたま見あたる時も候へども、中々、鉄砲も通らず」と、いへり。此後、いかになりけん。今に、手に入らざるよし。
それから山の猟師たちに頼んだところ、この猿は「たまたま見かける時もございますが、なかなか鉄砲も通りません」と言う。その後どうなったのか、今も手に入らないという。
その翌年、かの地の者、来りて語りしを思ひ出でて、けふの「兎園」の一くさにもと、記し出だすになん。
その翌年、かの地の者が来て語ったのを思い出して、今日の兎園の一話にもと、記し出した次第である。
文政乙酉孟冬念三 文宝堂散木記
文政乙酉孟冬二十三日 文宝堂散木 記
天正兎園
天正兎園
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
白猿賊をなす事
佐竹候の領國羽州に山役所といふ處あり此役所を預りをる大山十郞といふ人先祖より傳來する所の貞宗の刀を祕藏して每年夏六月に至れば是を取り出だして風を入るゝ事あり
文政元六月例のごとく座敷に出だし置きてあるじもかたはら去らず守り居けるにいづこよりいつのまに來りけん白き猿の三尺ばかりなるが一疋來りてかの貞宗の刀を奪ひ立ち去りゆくりなき事にてあるじもやゝといひつゝおつとり刀にて追ひかけ出づるを何事やらんと從者共もあるじのあとにつきて走り出でつゝ追ひゆく程に猿は其ほとりの山中に入りてゆくへをしらず
あるじはいかにともせんすべなさに途中より立ち歸りこの事從者等をはじめとして親しき者にも告げしらせ翌日大勢手配りしてかの山にわけ入り奧ふかくたづねけるにとある芝原の廣らかなる處に大きなる猿二三十疋まとゐして其中央にかの白猿は藤の蔓を帶にしてきのふ奪ひし一腰を帶び外の猿どもと何事やらん談じゐる體なり
これを見るより十郞はじめ從者も刀をぬきつれ切り入りければ猿ども驚きことごとく迯げ去りけれども白猿ばかりはかの貞宗を拔はなし人々と戰ひけるうち五六人手負たり白猿の身にいさゝかも疵つかず度々切りつくるといへどもさらに身に通らず鐵砲だに通らねば人々あぐみはてゝ見えたるに白猿は猶山ふかく迯げ去りけり
夫より山獵師共をかたらひけるに此猿たまたま見あたる時も候へども中々鐵砲も通らずといへり此後いかになりけん今に手に入らざるよし
その翌年かの地の者來りて語りしを思ひ出でゝけふの兎園の一くさにもと記し出だすになん
文政乙酉孟冬念三 文寶堂散木記
天正兎園
注
- 写本の位置
- 写本は3166の22カット目右ページ5行目から23カット目左ページ冒頭まで。23カット目右ページ末尾に「文政乙酉孟冬念三 文寶堂散木記」の署名があり、23カット目左ページの冒頭に「天正兎園」の四字が独立した行として書かれ、その次の行から「越後烈女 輪池」が始まる。
- 校合
- 「天正兎園」は署名の後にある四字で、印文か題辞とみられるが意味は未確認。活字本系テキストも白猿の記事の末尾に置く。
- 校合
- 「佐竹候」は活字本系の表記のまま。写本の字形は「侯」とも読めるが原寸で確かめていない。
- 注記
- 散木は西村寿卜の号。文宝堂と同一人物。山役所は秋田藩の役所。
- 注記
- 字句はページ全体の画像で読み合わせ、異同は見つからなかった。原寸では確かめていない。
- 校合
- 私家版は1記事。
AI試訳 / 専門家未校閲