高須射猫
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十一集 第8話 / 輪池堂 屋代弘賢
飼い猫が消えたのち獣のように食べる老母を雁股の矢で射ると、一夜明けて猫の姿に戻る。
本文 現代語訳
某候〔鳥井丹波守〕の家令高須源兵衛といふ人の家に、年久しく飼ひおける猫、去年〔甲申〕のいつ比にや、ふと、行方しれずなりぬ。
某侯〔鳥居丹波守〕の家令、高須源兵衛という人の家で長年飼っていた猫が、去年〔甲申〕のいつごろだったか、ふと行方知れずになった。
その比より、源兵衛が老母、人に逢ふことを、いとひて、屛風、引きまはし、朝夕の膳も、その内におし入れさせて、給仕もしりぞけて、したたむるを、かひまみせしかば、汁も、そへものも、ひとつにあはせてはひかかりて、くふ。
そのころから源兵衛の老母は人に会うのを嫌がり、屏風を引き回して、朝夕の膳もその内に差し入れさせ、給仕も退けて食べるのを、こっそり覗いてみると、汁も添え物もひとつに混ぜ合わせ、這いかかって食べていた。
「さては。むかし物がたりに聞きしごとく、猫のばけしにや」と、いぶかりあへる折から、その君の、ゆあみし給ひて、まだ、ゆかたびらもまゐらせざりし時、なにやらん真黒なるもの、飛び付きたり。君、こぶしをもつて、つよくうたれしかば、そのまま、逃げ去りぬ。
「さては昔話に聞いたように、猫が化けたのではないか」と怪しんでいた折から、その君が湯を浴びられて、まだ湯帷子も差し上げていないときに、何やら真っ黒なものが飛びついた。君が拳で強く打たれたので、そのまま逃げ去った。
その刻限より、かの老母、「せなか、いたむ」と、いひければ、いよいよ、うたがひつつ、親族に、「かく」と告げければ、「もののふの身にて、すておくべきに、あらず。心得有るべし」と、いはれてとかくためらふべきにあらざれば、雁股の矢をつがひて、よく引きつつ、人して、屛風をあげさせたれば、老母、おきなほりて、むねに、手をあて、「とても、母をいるべくは、ここを、射よ」と、いふに、ひるみて、矢をはづしたり。
その時刻から老母が「背中が痛む」と言ったので、いよいよ疑いを深め、親族に「これこれだ」と告げると、「武士の身で捨て置くべきではない。心得があるべきだ」と言われ、いずれにせよためらうべきではないので、雁股の矢をつがえてよく引き絞り、人に屏風を上げさせると、老母は起き直って胸に手を当て、「どうしても母を射るというなら、ここを射よ」と言うので、ひるんで矢を外した。
又、親族にかたらひけるは、「それは、射芸のいたらぬなり。すみやかに、いとめよ」と、いはれて、このたびは、たちまちに、きつてはなちたれば、手ごたへして、母にげ出で、庭にて、たふれたり。
また親族に相談すると、「それは射芸の未熟というものだ。速やかに射止めよ」と言われ、今度はたちまち切って放つと、手ごたえがあって母は逃げ出し、庭で倒れた。
立ちより見るに、母にたがふ事、なし。ややしばし、まもり居たれども、猫にもならざれば、「こは。いかにせむ。腹きりて、死なん」と、いふを、おしとどめて、「あすまで、まち、見よ」と云ふ人、有り。心ならず、一夜をあかしたればもと、かひおける猫のすがたになりぬ。
近寄って見ると、母に違うところはない。しばらく見守っていたが猫にもならないので、「これはどうしよう。腹を切って死のう」と言うのを押しとどめて、「明日まで待って見よ」と言う人がいた。心ならずも一夜を明かすと、元の飼い猫の姿になった。
其のち、たたみをあげ、ゆかをはなちて、見しかば、老母のほねとおぼしくて、人骨いでたり。
その後、畳を上げ、床板を外して見ると、老母の骨と思われる人骨が出てきた。
いかにか、なしかりけん、このこと、ふかくひめて、人にかたらざれば、人、しるものなし。
どういうわけか、このことを深く秘めて人に語らなかったので、知る人はいない。
評云、「この鳥居の家老高須氏は、関潢南の、しる人、なり。はじめは定府なりしが、今は勤番にて去歲より、江戸にありといふ。又、当主は、今玆十五歲にならせ給ふなり。右の物語り、かたく、いぶかし。もし、在所にての事か、さらずば、昔の事を、今のごとくとりなして、人のかたり聞かせしに非ずや。
評して言う。この鳥居家の家老高須氏は、関潢南の知人である。はじめは定府だったが、今は勤番で去年から江戸にいるという。また当主は今年十五歳になられる。右の物語はどうにも不審である。もしかすると国元でのことか、そうでなければ昔のことを今のことのように取りなして、人が語り聞かせたのではないか。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
高須射猫
某候〔鳥井丹波守〕の家令高須源兵衞といふ人の家に年久しく飼ひおける猫去年〔甲申〕のいつ比にやふと行方しれずなりぬ
その比より源兵衞が老母人に逢ふことをいとひて屛風引きまはし朝夕の膳もその内におし入れさせて給仕もしりぞけてしたゝむるをかひまみせしかば汁もそへものもひとつにあはせてはひかゝりてくふ
さてはむかし物がたりに聞きしごとく猫のばけしにやといぶかりあへる折からその君のゆあみし給ひてまだゆかたびらもまゐらせざりし時なにやらん眞黑なるもの飛び付きたり君こぶしをもつてつよくうたれしかばそのまゝ迯げ去りぬ
その刻限よりかの老母せなかいたむといひければいよいようたがひつゝ親族にかくと告げゝればものゝふの身にてすておくべきにあらず心得有るべしといはれてとかくためらふべきにあらざれば雁股の矢をつがひてよく引きつゝ人して屛風をあげさせたれば老母おきなほりてむねに手をあてとても母をいるべくはこゝを射よといふにひるみて矢をはづしたり
又親族にかたらひけるはそれは射藝のいたらぬなりすみやかにいとめよといはれてこのたびはたちまちにきつてはなちたれば手ごたへして母にげ出で庭にてたふれたり
立ちより見るに母にたがふ事なしやゝしばしまもり居たれども猫にもならざればこはいかにせむ腹きりて死なんといふをおしとゞめてあすまでまち見よと云ふ人有り心ならず一夜をあかしたればもとかひおける猫のすがたになりぬ
其のちたゝみをあげゆかをはなちて見しかば老母のほねとおぼしくて人骨いでたり
いかにかなしかりけんこのことふかくひめて人にかたらざれば人しるものなし
評云この鳥居の家老高須氏は關潢南のしる人なりはじめは定府なりしが今は勤番にて去歲より江戶にありといふ又當主は今玆十五歲にならせ給ふなり右の物語りかたくいぶかしもし在所にての事かさらずば昔の事を今のごとくとりなして人のかたり聞かせしに非ずや
注
- 写本の位置
- 写本は3166の26カット目右ページ末尾の題から28カット目左ページ冒頭まで。26カット目右ページの最終行に題「高須射猫」があり、本文は26カット目左ページから始まる。署名はなく、披講者は目録に「輪池堂」。
- 校合
- 「去年」の傍注は写本では小字で「甲申」と読める。活字本系テキストの「甲子」は写本と合わないので、写本の「甲申」を採った。文政八年の前年は文政七年甲申なので、写本の方が文脈に合う。原寸で確かめた。
- 注記
- 「某候」の傍注「鳥井丹波守」は写本では本文の右上に小字で書かれている。〔 〕に入れて本文中に置いた。
- 判読保留
- 28カット目右ページの「人骨」の「骨」は、写本では本文の右に朱で書かれている。本文の字は朱の下で判読しにくく、活字本系テキストに従って「骨」を採った。判読保留。
- 注記
- 末尾の評は写本では「評云」を小字で書き、以下を二字下げにしている。段落として分けた。
- 校合
- 「某候」は活字本系の表記のまま。「侯」の意。鳥居丹波守は下野壬生藩主鳥居家。関潢南は土浦藩儒の関克明で、海棠庵関思亮の父。いずれも私家版の注に依らず、通説の範囲で記した。
- 校合
- 字句はページ全体の画像で活字本系テキストと読み合わせ、「甲申」のほかに異同は見つからなかった。「甲申」と「骨」は原寸で確かめた。
- 校合
- 私家版は1記事。
AI試訳 / 専門家未校閲