其角の発句を弁ず
「梅が香や隣は荻生惣右衛門」を其角の句ではないと蘐園が論じ、馬琴が頭書で反論する。
本文 現代語訳
梅が香や隣は荻生惣右衛門
梅が香や隣は荻生惣右衛門
といふは、其角が句のよし、世人の口碑に伝ふれども、近頃、京伝が書けるといふ「奇跡考」に、「其角がいづれの集にも見えず」と出だせり〔頭書 解云、「この発句、口碑に伝ふとのみ云へれども、其角が口調に疑なし。且、「梅がかや」云々といひし梅が香は、御能役者梅若氏をいふよしにて、当時、茅場町に、これかれ、相隣てをりし時の事とも、いへり。其角と徂徠と近隣なりといふ作には、あらず。かかれば、徂徠のいまだ柳沢家へめしかかへられざりし已前の事か。尚、尋ぬべし〕。全く、後人の贋作なるべし。其角は宝永四年に没せしとかや。然るに、徂徠は、六年までは吾藩の内に住居せしかば。其角と近隣なるべきやうや、あるべき。
この句は其角の句だと世間の口碑に伝えるが、近ごろ京伝が書いたという『奇跡考』には、其角のどの句集にも見えないと出ている。〔頭書。馬琴が言う。この発句は口碑に伝わるとだけ言われているが、其角の口調であることは疑いない。しかも「梅がかや」云々と詠んだ梅が香は、能役者の梅若氏をいうのだそうで、当時、茅場町にあれこれ隣り合って住んでいたときのことだとも言う。其角と徂徠が近隣だったという作ではない。そうすると、徂徠がまだ柳沢家に召し抱えられる以前のことか。なお尋ねるべきである。〕まったく後人の贋作だろう。其角は宝永四年に没したとか。ところが徂徠は六年までわが藩の内に住んでいたのだから、其角と近隣であるはずがない。
今玆乙酉の二月二日のころ、野州那須郡大田原に回禄ありて、城のこりなく、災にかかりしに、城下の民家にて、三日、鳴物を、みづからつつしみて、籠居せしとかや。四日めに及びて、有司のものより、命じて、常に復せしめて、各々、稼業を行ひしは、古国とて、いと、たうとき事なりき、災、しづまりし後、民家より。造營の費を、おのおの、所望して、調進せんことを争うて請ひしかば、有司にて造營の失脚の労、聊、なかりしは、文王の霊台にも斉しき、めでたかりしためしなり。これによりて、速に造營をうながすに、「国主、ゐまさざれば、あしし」とて、六月中に帰国すべきを、回禄によりて、二月中に帰国を請はれしかば、県官にて、「在所の回禄にて、帰国をはやく請ひしためし、なし」とて、其沙汰に、閣老方、困り給ひしとかや。さりながら、二月末には、請の如く、ゆるしありて、帰国ありしとかや。事新しきためしなりき。
今年乙酉の二月二日ごろ、野州那須郡大田原に火事があって、城は残らず災いにかかった。城下の民家では三日のあいだ鳴り物を自ら慎んで籠居したという。四日目になって役人から命じて平常に戻し、それぞれ稼業を行わせたのは、古い国だけあってたいそう尊いことであった。火が鎮まったのち、民家から造営の費用をそれぞれ望んで調達しようと争って願い出たので、役人のもとで造営の失費の苦労が少しもなかったのは、文王の霊台にも等しいめでたい例である。これによって速やかに造営を促すのに、国主がいらっしゃらないのはよくないというので、六月中に帰国するはずのところを火事のために二月中の帰国を願ったところ、幕府の役人は、在所の火事で早い帰国を願った例はないといって、その処置に閣老がたが困られたとか。それでも二月末には願いどおり許しがあって帰国されたという。前例のないことであった。
乙酉冬十一月朔 荻生蘐園記
乙酉冬十一月一日 荻生蘐園 記す
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
梅が香や隣は荻生惣右衞門
といふは其角が句のよし世人の口碑に傳ふれども近頃京傳が書けるといふ奇跡考に其角がいづれの集にも見えずと出だせり〔頭書 解云この發句口碑に傳ふとのみ云へれども其角が口調に疑なし且梅がかや云々といひし梅が香は御能役者梅若氏をいふよしにて當時茅場町にこれかれ相隣てをりし時の事ともいへり其角と徂徠と近隣なりといふ作にはあらずかゝれば徂徠のいまだ柳澤家へめしかゝへられざりし已前の事か尙尋ぬべし〕全く後人の贋作なるべし其角は寶永四年に沒せしとかや然るに徂徠は六年までは吾藩の内に住居せしかば其角と近隣なるべきやうやあるべき
今玆乙酉の二月二日のころ野州那須郡大田原に囘祿ありて城のこりなく災にかゝりしに城下の民家にて三日鳴物をみづからつゝしみて籠居せしとかや四日めに及びて有司のものより命じて常に復せしめて各々稼業を行ひしは古國とていとたうとき事なりき災しづまりし後民家より造營の費をおのおの所望して調進せんことを爭うて請ひしかば有司にて造營の失脚の勞聊なかりしは文王の靈臺にも齊しきめでたかりしためしなりこれによりて速に造營をうながすに國主ゐまさざればあしゝとて六月中に歸國すべきを囘祿によりて二月中に歸國を請はれしかば縣官にて在所の囘祿にて歸國をはやく請ひしためしなしとて其沙汰に閣老方困り給ひしとかやさりながら二月末には請の如くゆるしありて歸國ありしとかや事新しきためしなりき
乙酉冬十一月朔 荻生蘐園記
注
- 写本の位置
- 写本は3166の33カット目右ページから34カット目右ページまで。33カット目右ページの1行目に「梅が香や隣は荻生惣右衞門」とあり、上欄に馬琴の頭書がある。34カット目右ページに「乙酉冬十一月朔」と「荻生蘐園記」がある。
- 注記
- 目録の題は「其角の發句を辨ず」で、本文の見出しは「梅が香や隣は荻生惣右衞門」。passage の題は目録に従い、原文の冒頭は本文の見出しにした。
- 校合
- 頭書は写本では33カット目右ページの上欄に小字で書かれ、「解云」で始まる。活字本系テキストは本文中の割注にする。写本の位置に従い〔頭書〕として、本文の該当箇所に置いた。
- 校合
- 「あるベき」は活字本系テキストの表記で、写本は平仮名の「べき」と読める。写本を採った。
- 校合
- 「今玆」は活字本系の表記のまま。写本は「今茲」と読めるが、同字の異体なので改めない。
- 注記
- 「吾藩」は蘐園自身の藩で郡山藩。「縣官」は幕府の役人、「閣老」は老中。大田原の火事は文政八年二月二日の大田原城下の火災。
- 校合
- 字句はページ全体の画像で活字本系テキストと読み合わせ、「べき」のほかに異同は見つからなかった。原寸では確かめていない。
- 校合
- 私家版は1記事。
AI試訳 / 専門家未校閲