雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

助兼

読書室で開く(原典画像・関連作品・自分の書架)

兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十二集 第1話 / 龍珠館 桑山修理

後三年合戦で助兼の髻が冑ごと切れた理由を、髻を冑の天辺から出す着け方で説く。

本文 現代語訳

助兼
助兼
『後三年絵詞』に云ふ、「伴次郎儀仗助兼といふ者あり。きはなき兵なり。常に軍の先に立つ。将軍これを感じて、薄金といふ鎧をなん着せたりける。岸近く寄せたりけるを、石弓を放ちかけたりけるに、すでに当たりなんとしけるを、首を振りて身をたはめたりければ、冑ばかり打ち落とされにけり。冑落つる時、本鳥切れにけり」とあり。
『後三年絵詞』にこうある。「伴次郎儀仗助兼という者がいた。並ぶ者のない兵で、いつも軍の先頭に立つ。将軍はこれに感心して、薄金という鎧を着せた。城の岸近くに寄せたところを石弓で射かけられ、まさに当たろうとする瞬間に首を振って身をかがめたので、冑だけが打ち落とされた。冑が落ちるとき、髻が切れた」。
按ずるに、この時助兼、本鳥を冑のてへんより引き出して着たる者なるべし。絵巻物に〔図一 冑の図〕この図のごとき武者あり。助兼もこれの如く冑を着たる故に、大石の落つる勢ひにて、本鳥ともに切れたるなり。冑の下に本鳥を折り曲げてあらんには、大石に打たれたればとて、冑とともに本鳥は切れがたかるべし。
考えてみるに、このとき助兼は、髻を冑の天辺の穴から引き出して被っていたのだろう。絵巻物に〔図一 冑の図〕この図のような武者がある。助兼もこのように冑を着ていたから、大石の落ちる勢いで髻ごと切れたのである。冑の下に髻を折り曲げて収めていたなら、大石に打たれたからといって、冑と一緒に髻まで切れることはあるまい。
また『源平盛衰記』篠原合戦の条に、「入差小太郎、高橋判官と組みたる所に、入差が叔父落ち合ひて、高橋が冑のてへんに手を入れて首を掻く」とあるも、高橋、本鳥をてへんより引き出して着たるなるべし。折り曲げてあらんには、てへん大なりとも、本鳥をしかとは取りがたからん。これをもて、助兼の冑を着たるさまを思ふべし。
また『源平盛衰記』篠原合戦の条に、「入差小太郎が高橋判官と組んだところへ、入差の叔父が駆けつけ、高橋の冑の天辺に手を入れて首を掻いた」とあるのも、高橋が髻を天辺から引き出して被っていたからだろう。折り曲げてあったなら、天辺の穴が大きくても、髻をしっかりとは掴めまい。これをもって、助兼が冑を着ていた様子を思い描くべきである。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

助兼

後三年繪詞に云、伴次郞儀杖助兼といふものあり。きはなき兵なり。常に軍のさきにたつ。將軍これを感じて、薄金といふ鎧をなんきせたりける。岸近くよせたりけるを、石弓をはなちかけたりけるに、すでにあたりなんとしけるを、首をふりて身をたはめたりければ、かぶとばかり打おとされにけり。冑落る時、本鳥きれにけり、とあり。

按ずるに、此時助兼、本鳥を冑のてへんより引出して着たる者なるべし。繪卷物に〔図一 冑の圖〕此圖のごとき武者あり。助兼もこれの如くかぶとを着たる故に、大石の落る勢にて、本鳥ともにきれたるなり。冑の下に本鳥を折曲てあらんには、大石にうたれたればとて、冑とともに本鳥はきれがたかるべし。

又源平盛衰記しの原合戰の條に、入差小太郞高橋判官と組たる所に、入差が叔父落あひて、高橋が冑のてへんに手を入て首をかく、とあるも、高橋本鳥をてへんより引出して着たるなるべし。折曲てあらんには、てへん大なりとも、本鳥をしかとはとりがたからん。是をもて、助兼の冑をきたるさまをおもふべし。

注

写本の位置
写本は3172の4カット目左ページから5カット目右ページまで。4カット目左ページの下部に冑の図があり、5カット目右ページの末尾の一行に次の話の題「參考太平記年歷不合」が書かれている。
校合
「伴次郞儀杖助兼」の「儀杖」は写本の字形で、木偏に見える。活字本系テキストは「儀仗」。読みやすい本文では儀仗とした。原寸で確かめた。
校合
「繪卷物に此圖のごとき武者あり。助兼もこれの如く」は写本の読み。活字本系は「繪卷物にあり。此圖のごときなり。助兼も、この如く」とする。「これの」の「の」は写本で朱の小字で補われている。原寸で確かめた。
校合
「折曲てあらんには、てへん大なりとも」は写本の読み。活字本系は「折り曲げてあらば」とする。原寸で確かめた。
校合
「入差が叔父」は写本の読み。活字本系は「叔火」とするが、写本は叔父と明瞭に読める。原寸で確かめた。
注記
「入差小太郞」は写本のとおり。源平盛衰記の当該場面は入善小太郎で、入差は写本または底本の誤りと思われる。しの原合戦は篠原合戦。読みやすい本文では篠原とした。
注記
図一は冑を斜め上から見た図で、鉢の筋と天辺の穴を描く。図中に書き込みはない。
注記
披講者は目録に龍珠館とある。龍珠館は旗本の桑山修理と解した。人物の特定は雲亭の推定で未確認。本文末尾に署名はない。
注記
本鳥は髻の当て字。てへんは冑の頂上にある天辺の穴。薄金は源氏重代の鎧の名。

AI試訳 / 専門家未校閲