風流祭
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十二集 第5話 / 海棠庵客編 西原晃樹
筑後の風流祭の次第と歌を柳河の西原晃樹が記し、海棠庵が客編として披講する。
本文 現代語訳
つくしの道の後の国に、「ふりう」といふ神わざ有りけり。そは八月より長月かけて、新しねを刈り得て、初穂の懸税を手向けに、ひらほりの白酒を醸みて、処々の産神の御社にぞものすなる。年ごとの定まれる日次もあり。はた稲どもみな納めたる後に祭るもあり。あるはその月の初めに神鬮といふ事して、日を占問ふもあり。されば二度の月見るころは、「けふはくれの邑、あすは彼のさとの」などいひののしりて、民のかまどはけぶりにぎはしく立ちけぶるなりけり。殊に「ことしは豊けきたのみを得たれば」と、かねてより悦びあへれば、いとどしく競ひつつなんものする。
筑紫の道の後の国、すなわち筑後に、「ふりう」という神事がある。八月から九月にかけて、新しい稲を刈り取り、初穂の懸税を供え物にして、平掘りの白酒を醸し、あちこちの産土神の社で行うものである。毎年決まった日取りがあり、また稲をすべて納めたあとに祭るところもある。あるいはその月の初めに神籤ということをして、日を占って問うところもある。だから九月十三夜のころには、「今日はあの村、明日はこの里の」などと言い騒いで、民の竈は煙がにぎやかに立ちのぼるのである。ことに「今年は豊作の頼みを得た」と、前々から喜び合っていれば、いっそう競い合って行うのである。
ここかしこのさまども見あつむるに、いささかづつのたがひめはあなれど、大かたはおなじさまにぞ有りける。神輿などかき出だす前に、傘鋒といふものを立てて、御社の前に居て、大なる鼓に向ひ、撥を額に当て、おなじさまに装束きて、面持ち足ぶみいとしづけくて、歌をなんうたふ。さてかたへのものども付きてうたふは、「諸あげ」といひつべし。謡ひ終るを待ちとりてうつなるが、「女撥」「男撥」などいふ名ありて、打ち手ども飛びちがひ、入りかはりつつうつに、拍子いささかもたがはず、声を揃へて「やおは」とはやしごとして打つに、笛に鼓、鞨鼓やうのもの合はするも有り、鉦をも交へうつも有り。神々しさいはんかたなし。「里かぐら」ともいひつべく、いにしへめきたり。
あちこちの様子を見比べると、少しずつの違いはあるけれど、おおよそは同じ様子である。神輿などを担ぎ出す前に、傘鉾というものを立てて、社の前に座り、大きな太鼓に向かって撥を額に当て、同じ装束をつけて、表情も足踏みもたいへん静かに歌を歌う。そのとき、そばの者たちがついて歌うのは「諸あげ」と言うのがよかろう。歌い終わるのを待ち受けて打つのだが、「女撥」「男撥」などという名があり、打ち手たちは飛び違い、入れ替わりながら打つのに、拍子は少しも狂わない。声を揃えて「やおは」と囃しながら打つのに、笛に太鼓、鞨鼓のようなものを合わせる者もあり、鉦をも交えて打つ者もある。神々しさは言いようがない。「里神楽」とも言えそうで、古風である。
かくて神輿かき出だすより、御跡に立ちてうつを「道ゆき」といふ。拍子又ことなり。橋を渡るときは又拍子をかへて、橋がかりにて二かへり三かへりあそびてゆくなり。又別神の社の前をわたるにも、かたのごとく手向けつつゆくに、村長が門のべには、かねて大臼をなん持ち出でて置くなるは、太鼓をすうるまうけなりけり。ここにてもかしこにても、二歌三歌ぞまひあそぶなる。かくしつつ日暮れて帰りては、暁かけて遊ぶなれば、ここかしこのつづみの音、よるひるたえまもなくぞ聞ゆる。
こうして神輿を担ぎ出してからは、そのあとに従って打つのを「道ゆき」という。拍子はまた異なる。橋を渡るときはまた拍子を変えて、橋がかりで二回り三回りと遊んでから行く。また別の神の社の前を通るときにも、型どおりに手向けをしながら行くのだが、村長の家の門のあたりには、前もって大きな臼を持ち出して置いてある。これは太鼓を据える用意である。ここでもあそこでも、二歌三歌ずつ舞い遊ぶのである。こうして日が暮れて帰ってからも、明け方まで遊ぶので、あちこちの鼓の音が、夜も昼も絶え間なく聞こえる。
豊秋を神にまをすとさとかぐら月のよかけて鼓うつなり 晃樹
豊作を神に申し上げると里神楽の月の夜にかけて鼓を打つのだ 晃樹
豊秋の稲かり月と露にぬれ時雨にぬれて立てる民はも
豊作の稲刈り月に露に濡れ時雨に濡れて立っている民たちよ
夕月の影も利鎌にかよふまで秋の山田を刈りくらしつつ
夕月の光も利鎌に通うほどに秋の山田を刈り暮らしながら
いにし年江戸に在りけるをり、山東醒斎に問とはれ、なにくれの物語せし序に、風流祭のことを語り出でたるに、いとよろこぼひて、反故の中よりとり出でて見せらるは、右の記を引きて、「風流渡大路云々」「傘鉾如常云々」とかいふ事ありしとおぼゆ。又醒斎語らるる、「今は大城の御能に、としあるとき、『蓬萊風流』とか『鶴亀風流』などやうに称へて、鷺、大蔵などいふ家の子のものすなる。これはいにしへの神祭にせし風流の、纔かに残れるなりけり」とかたりき。
先年江戸にいたおり、山東醒斎に問われて、あれこれの話をしたついでに風流祭のことを語り出したところ、たいそう喜んで、反故の中から取り出して見せてくれたのは、右の記録を引いて、「風流、大路を渡る云々」「傘鉾は常のごとし云々」とかいうことがあったと覚えている。また醒斎が語るには、「今は江戸城の御能で、祝いの年には、『蓬萊風流』とか『鶴亀風流』などと称して、鷺や大蔵などという家の者が演じる。これは昔の神祭でした風流の、わずかに残ったものだ」と語った。
解して云ふ、この風流まつりはいにしへの田舞のなごりなるべし。田舞のこと拙考あるも、いと長やかなれば、いとまあるをりに別にしるすべう思ふのみ。
解して言う。この風流祭は昔の田舞の名残であろう。田舞のことは私にも考えがあるが、たいへん長くなるので、暇のあるときに別に記そうと思うばかりである。
高き屋にのぼりてみれば煙たつ民のかまどは〔二遍〕にぎはひにけり
高い屋根に登って見れば煙が立つ民の竈は〔二遍〕にぎわっている
君が代の久しかるべきためしにはかねてぞ植ゑし〔二遍〕住よしの松
君が代の久しくあるべきためしとしてかねてから植えた〔二遍〕住吉の松
長からうささげの花はながからでいらぬ栗の花のながさや
長かろうと思う豇豆の花は長くなくて、いらない栗の花の長さよ
ささぐりの引きささにはならで〔二遍〕柴にこそなれ ヤリオリハリ
小栗の引き小栗にはならず〔二遍〕柴になってしまうことよ ヤリオリハリ
「いせ人はひがごとしけり」といふ句、うたはず。
「伊勢の人はまちがいをした」という句は歌わない。
〔図一 風流祭の図/女の帯をもて(以下四字判読保留)〕
〔図一 風流祭の図/女の帯をもって(以下四字判読保留)〕
こは「風流祭のさまを画にかきてよ」と、公和の乞はるるままに、そのあらましのかたちをかきたるに、又「その言書をも」とそそのかされて、端にはしるしつるなり。いとにはかにものしつれば、いはまほしきこともおほかたはもらしつ。
これは「風流祭の様子を絵に描いてほしい」と公和が求めるままに、そのあらましの形を描いたところ、また「その説明書きも」とそそのかされて、端に記したものである。ごく急いで作ったので、言いたいことも大方は漏らしてしまった。
この記事はこのごろつくしの梭江より贈りこせしなりけり。兎園のまとゐにも此の会既に終りなれば、「なにをがなしるしつけなん」と、かねてはおもひ起こせしかども、いぬる月のなかばごろより、いといと事の蝟集して、これかれ捜し索め得ず。はやけふにもなりぬれば、せんかたなさの一二条をとう出でて、社友の席末に披講すと云ふ。
この記事はこのごろ筑紫の梭江から贈ってきたものである。兎園の集まりも今回でもう終わりなので、「何か記しておこう」と前から思い立っていたけれど、先月の半ばごろから、たいへん用事が集中して、あれこれ探し求めることができなかった。もう今日になってしまったので、しかたなくこの一二条を取り出して、社友の末席で披講するという。
文政乙酉嘉平朔 海棠庵再識
文政乙酉十二月朔日 海棠庵ふたたび記す
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
風流祭
つくしの道のしりの國に、ふりうといふ神わざ有けり。そは八月よりなが月かけて、新しねを苅得て、はつ穗のかけちからをたむけに、ひらほりのしろ酒をかみて、處々の產神の御社にぞものすなる。年ごとの定まれる日次もあり。はた稻どもみな納めたる後に祭るもあり。あるはその月の初に神鬮といふ事して、日をうら問ふもあり。されば二度の月見るころは、けふはくれの邑、あすは彼のさとのなどいひのゝしりて、民のかまどはけぶりにぎはしく立けぶる成けり。殊にことしは豐けきたのみを得たればと、かねてより悦びあへれば、いとゞしく競ひつゝなんものする。
こゝかしこのさまども見あつむるに、いさゝかづゝのたがひめはあなれど、大かたはおなじさまにぞ有ける。みこしなどかきいだす前に、傘鋒といふものを立てゝ、御社の前に居て、大なる鼓に向ひ、撥を額に當て、おなじさまにそうぞきて、面持足ぶみいとしづけくて、歌をなんうたふ。さてかたへのものども付てうたふは、諸あげといひつべし。謠ひ終るを待とりてうつなるが、女撥男撥などいふ名ありて、打手ども飛ちがひ、入りかはりつゝうつに、拍子いさゝかもたがはず、聲を揃てやおはとはやしごとして打つに、笛に鼓鞨鼓やうのもの合するも有り、鉦をも交へうつも有り。神々しさいはんかたなし。里かぐらともいひつべく、いにしへめきたり。
かくてみこしかき出すより、御跡に立てうつを道ゆきといふ。拍子又ことなり。橋を渡るときは又拍子をかへて、橋がゝりにて二かへり三かへりあそびてゆくなり。又別神の社の前をわたるにも、かたのごとく手向つゝゆくに、村長が門のべには、かねて大臼をなん持出て置くなるは、太鼓をすうるまうけ成けり。こゝにてもかしこにても、二歌三歌ぞまひあそぶなる。かくしつゝ日暮て歸りては、曉かけて遊ぶなれば、こゝかしこのつゞみの音、よるひるたえまもなくぞ聞ゆる。
豐秋を神にまをすとさとかぐら月のよかけて鼓うつなり 晃樹
又おなじこゝろをよめる
豐秋の稻かり月と露にぬれ時雨にぬれて立る民はも
夕月の影も利鎌にかよふまで秋の山田を苅くらしつゝ
いにし年江戸に在けるをり、山東醒齋に問とはれ、なにくれの物語せし序に、風流祭のことを語り出たるに、いとよろこぼひて、ほごの中よりとり出て見せらるは、右の記を引て、風流渡大路云々、傘鉾如常云々とかいふ事ありしとおぼゆ。又醒齋語らるゝ、今は大城の御能に、としあるとき、蓬萊風流とか鶴龜風流などやうに稱へて、鷺大藏などいふ家の子のものすなる。これはいにしへの神祭にせし風流の、纔に殘れるなりけりとかたりき。
解云、この風流まつりはいにしへの田舞のなごりなるべし。田舞のこと拙考あるも、いと長やかなれば、いとまあるをりに別にしるすべう思ふのみ。
風流祭に謠ひ來し歌
高き屋にのぼりてみれば煙たつ民のかまどは〔二遍〕にぎはひにけり
君が代の久しかるべきためしにはかねてぞ植し〔二遍〕住よしの松
長からうさゝげの花はながからでいらぬ栗の花のながさや
さゝぐりの引さゝにはならで〔二遍〕柴にこそなれ ヤリオリハリ
いせ人はひがごとしけり、といふ句うたはず。
家持歌 かさゝぎの云々
庭燎歌 み山には云々
〔図一 風流祭の圖/女の帶をもて(以下四字判読保留)〕
こは風流祭のさまを畫にかきてよと、公和の乞はるゝまゝに、そのあらましのかたちをかきたるに、又その言書をもとそゝのかされて、端にはしるしつるなり。いとにはかにものしつれば、いはまほしきこともおほかたはもらしつ。
西原晃樹
この記事はこのごろつくしの梭江より贈りこせしなりけり。兎園のまとゐにも此會既に終りなれば、なにをがなしるしつけなんと、かねてはおもひ起せしかども、いぬる月のなかばごろより、いといと事の蝟集して、これかれ搜し索め得ず。はやけふにもなりぬれば、せんかたなさの一二條をとう出て、社友の席末に披講すと云。
文政乙酉嘉平朔 海棠庵再識
注
- 写本の位置
- 写本は3172の14カット目左ページの後半から19カット目右ページまで。14カット目左ページの中ほどに「風流祭」の題があり、17カット目左ページから18カット目にかけて彩色の図が折り込まれ、19カット目右ページの中ほどに「海棠庵再識」の署名がある。
- 注記
- 図は折込の一枚で、17カット目左ページと18カット目の見開き全体に広がる。鳥居と玉垣、松と薄を背景に、赤い髪の面をつけた者たちが撥を持って飛び違い、傘鉾を立てた大太鼓を一人が打ち、青い面をつけた者と老人の面をつけた者が鼓を持って舞う。図の右上に「風流祭の圖」の題があり、傘鉾の脇に「女の帶をもて」で始まる書き込みがある。書き込みの末尾四字は原寸で切り出したが判読を保留する。
- 校合
- 「日次」は写本の読み。活字本系は「目次」とする。くずし字で「ひなみ」とも読める形なので判読を保留するが、年ごとに日取りが定まるという文意から「日次」を採った。
- 校合
- 「大臼」は写本の読み。活字本系は「大舂」とする。原寸で切り出して「臼」を確かめた。
- 注記
- 「面持足ぶみ」の「足」は朱で補入され、脇に朱の丸がある。写本の朱筆に従った。
- 校合
- 「庭燎歌 み山には云々」は、写本では「には」と「云々」の間に一二字あるように見える。原寸で切り出しても読み切れず、活字本系の「み山には云々」に従い判読を保留する。
- 校合
- 「贈りこせし」「おもひ起せし」は写本の読み。活字本系は「贈りこしゝ」「おもひ起しゝ」とする。半ページの画像で読み、原寸では確かめていない。
- 注記
- 「ふりう」の脇に「風流」、「かけちから」の脇に「税」、「ほご」の脇に「反故」、「みこし」の脇に「神輿」の小字があり、振り仮名として外した。「二遍」は写本に小字で書かれ、割注として〔 〕に入れた。
- 注記
- 16カット目右ページの「豐秋の稻かり月」の歌の脇に朱の一字があり、判読を保留する。
- 注記
- 「つくしの道のしり」は筑後。西原晃樹は柳河の人で海棠庵の客として編に加わる。「公和」は第一集第4話を述べた松蘿館好和と解した。「山東醒齋」は山東京伝。「梭江」は柳河の地名と解した。いずれも雲亭の推定で未確認。
- 注記
- 「二度の月」は九月十三夜の後の月。「蓬萊風流」「鶴龜風流」は江戸城の祝儀能で演じられた曲。鷺と大蔵は狂言の家。「嘉平」は十二月の異称。
- 注記
- 「解云」以下は西原晃樹の自注。「田舞」は古代の田楽風の舞で、晃樹は風流祭をその名残と見る。
AI試訳 / 専門家未校閲