雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

犬猫の幸不幸 附養老長寿

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十二集 第7話 / 文宝堂 西村寿卜

河豚の毒に当たった犬が死に猫が角叉を食べて助かった話に、美濃養老の百歳の老人の祝宴の記事と歌を添える。

本文 現代語訳

犬猫の幸不幸
犬猫の幸不幸
いぬる十一月二十三日、内藤新宿なる旅籠屋橋本惣八が家にて、河豚を料理ける時、その骨と腸を家のうらなる子犬と、家に飼ふたる猫と食ひけるに、たちまち口より白き泡をふき、くるくるとめぐり、七転八倒していと苦しげに見えし程に、犬はそのまま死しぬ。猫は座敷へよろめき上りつつ、折ふし座敷の腰張りをせんとて、「つのまた」といふものを煮て盆に入れて置きたるを、此の猫その「つのまた」を啖ひけるに、見るが内に苦しみの気色うせて、平日のごとくになりけり。これ「つのまた」は魚毒を解すものなるか。それを知りて猫の食ひけるか。又は苦しさのままに何となく食らひしか。自然と「つのまた」の功によりて魚毒を解したるにや。とまれかくまれ、犬は不幸にして死し、猫は幸にして免れたり。畜類すら瞬息の間に幸不幸かくのごとく其の数あるものなり。
去る十一月二十三日、内藤新宿の旅籠屋橋本惣八の家で河豚を料理したとき、その骨と腸を家の裏にいた子犬と、家で飼っていた猫が食べたところ、たちまち口から白い泡を吹き、くるくると回り、七転八倒してたいそう苦しそうに見えるうちに、犬はそのまま死んだ。猫は座敷へよろめき上がったが、ちょうど座敷の腰張りをしようとして、「つのまた」というものを煮て盆に入れて置いてあったのを、この猫がその「つのまた」を食べると、見るまに苦しみの様子が消えて、ふだんどおりになった。これは「つのまた」が魚の毒を解くものなのか。それを知って猫が食べたのか。それとも苦しさのあまり何となく食べたのか。自然と「つのまた」の効き目で魚の毒が解けたのか。ともかく、犬は不幸にして死に、猫は幸いにして助かった。畜生でさえ、一瞬の間に幸不幸がこのように分かれるものである。
似たり。されど其の物の異なるをれ、一生涯の吉凶禍福とろふしく又悔む。よくしるをみなて。〔判読保留〕
似ている。しかしその物が異なるのを見て、一生涯の吉凶禍福を争い、また悔いる。よく知る者は皆〔判読保留〕。
養老の長寿
養老の長寿
美濃国養老の滝の程近き養老山の麓高田村の経師千次郎といふ者は、享保十一年に生まれて、今茲文政八年齢百歳になりにければ、この春三月三日賀筵を催しける時、集会の子孫、妻は□中にて、その子六十五歳、孫四十五歳、曾孫十五歳、この時十三四歳の玄孫あり。すべて七十九人とぞ聞こえし。これより□□大垣殿より米十俵を賜はりしとぞ。いとめでたく□記□□。けふの兎園のまとゐに収めんと、この一条を記しつけぬ。よろこびの余り、文宝一首の秀歌を詠みにき。そのうた、
美濃国養老の滝にほど近い養老山の麓、高田村の経師千次郎という者は、享保十一年に生まれて、今年文政八年に百歳になったので、この春三月三日に祝いの宴を催したとき、集まった子孫は、妻は〔判読保留〕、その子が六十五歳、孫が四十五歳、曾孫が十五歳、このとき十三四歳の玄孫がいた。全部で七十九人と聞こえた。これより〔判読保留〕大垣侯から米十俵を賜ったという。たいへんめでたく〔判読保留〕。今日の兎園の集まりに収めようと、この一条を書きつけた。喜びのあまり、文宝は一首の秀歌を詠んだ。その歌、
すこやかな身のを養ふ老らくにあやかりたきの音に聞きつる
健やかな身を養う老いにあやかりたいと滝の音に聞いたことだ
この一条は尾州名古屋人田鶴丸ぬしの物語りなれば、鶴のはなしを亀屋が聞き取り、「千秋万歳万々歳」と目出度く筆をとどむるになん。
この一条は尾州名古屋の人、田鶴丸主の話なので、鶴の話を亀屋が聞き取り、「千秋万歳、万々歳」とめでたく筆をとどめる次第である。
文政乙酉臘月朔  文宝堂散木しるす
文政乙酉十二月朔日  文宝堂散木しるす
本草綱目に云ふ
本草綱目に言う。
鹿角菜〔食性〕〔トサカノリ〕〔主治〕熱風の気を下し、小児の骨蒸熱労を療し、丹石を服する人これを食へば、能く石力を下し、麺熱を解す。
鹿角菜〔食性〕〔トサカノリ〕〔主治〕熱風の気を下し、小児の骨蒸熱労を治し、丹石を服する人がこれを食べれば、よく石の力を下し、麺の熱を解く。
倭名類聚抄に云ふ
倭名類聚抄に言う。
鹿角菜〔ツノマタ〕崔禹錫食経に云ふ、鹿茸の状、水松に似たり〔和名豆乃万太〕。文選江賦の注に云ふ、鹿角菜〔漢語抄に云ふ、和名上に同じ〕。
鹿角菜〔ツノマタ〕崔禹錫の食経に言う、鹿の角のような形で水松に似る〔和名つのまた〕。文選の江賦の注に言う、鹿角菜〔漢語抄に言う、和名は右に同じ〕。
救急選方に云ふ
救急選方に言う。
章魚を食ひて中毒せば〔本朝経験〕、鹿角菜〔フノリ〕を湯に浸し化してこれを飲む、亦諸の魚毒を解す。
蛸を食べて中毒したときは〔本朝経験〕、鹿角菜〔フノリ〕を湯に浸して溶かし、これを飲む。また諸々の魚の毒を解く。
右本草には「トサカノリ」とありて、魚毒を解する事は見えざれども、倭名抄には「ツノマタ」とあり。救急選方による時は「フノリ」とありて、「諸の魚毒を解く」とあり。さればツノマタもフノリも同物にて、こまかき所を布苔に製し、あらき屑を角岐となすものにて、一種二名にして、鹿角菜はフノリ、ツノマタなる事あきらけし。さるゆゑに河豚の魚毒を解くるものなるべし。
右の本草綱目には「トサカノリ」とあって、魚の毒を解くことは見えないが、倭名抄には「ツノマタ」とある。救急選方によれば「フノリ」とあって、「諸々の魚の毒を解く」とある。だからツノマタもフノリも同じ物で、細かいところを布苔にし、粗い屑を角叉にするもので、一種二名であり、鹿角菜がフノリでありツノマタであることは明らかである。それゆえに河豚の毒を解くものなのだろう。
乙酉臘八  文宝堂再識
乙酉十二月八日  文宝堂ふたたび記す
兎園犬猫の禍福の条にあはせて御覧くださるべく候
兎園の「犬猫の禍福」の条と合わせて御覧ください。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

犬猫の幸不幸

いぬる十一月廿三日、内藤新宿なる旅籠屋橋本惣八が家にて、河豚を料理ける時、その骨膓を家のうらなる子犬と、家に飼ふたる猫と食ひけるに、忽口より白き淡をふき、くるくるとめぐり、七轉八倒していとくるしげに見えし程に、犬はそのまゝ死しぬ。猫は座敷へよろめき上りつゝ、折ふし座敷の腰張をせんとて、つのまたといふものを煮て盆に入れて置たるを、此猫そのつのまたを啖ひけるに、見るが内にくるしみの氣色うせて、平日のごとくになりけり。これつのまたは魚毒を解すものなるか。それをしりて猫の食ひけるか。又はくるしさのまゝに何となくくらひしか。自然とつのまたの功によりて魚毒を解したるにや。とまれかくまれ、犬は不幸にして死し、猫は幸にして免れたり。畜類すら瞬息の間に幸不幸かくのごとく其數あるものなり。

似たり。されど其物の異なるをれ、一生涯の吉凶禍福とろふしく又悔む。よくしるをみなて。

養老の長壽

美濃國養老の瀧の程近き養老山の麓高田村の經師千次郞といふものは、享保十一年に生れて、今茲文政八年齡百歲になりにければ、この春三月三日賀莚を催しける時、集會の子孫、妻は□中にて、その子六十五歲、孫四十五歲、曾孫十五歲、この時十三四歲の玄孫あり。すべて七十九人とぞきこえし。これより□□大垣殿より米拾俵をたまはりしとぞ。いとめでたく□記□□。けふの兎園のまとゐにおさめんと、この一條を志るしつけぬ。よろこびの餘り、文寶一首の秀歌をよみにき。そのうた、

すこやかなみのを養ふ老らくにあやかりたきの音に聞つる

この一條は尾州名古屋人田鶴丸ぬしの物がたりなれば、鶴のはなしを龜屋が聞とり、千秋萬歲萬々歲と目出度筆をとゞむるになん。

文政乙酉臘月朔  文寶堂散木志るす

本草綱目云

鹿角菜〔食性〕〔トサカノリ〕〔主治〕下熱風氣、療小兒骨蒸熱勞、服丹石人食之、能下石力、解麵熱。

倭名類聚抄云

鹿角菜〔ツノマタ〕崔禹錫食經云、鹿茸狀似水松〔和名豆乃萬太〕。文選江賦注云、鹿角菜〔漢語抄云、和名同上〕。

救急選方云

食章魚中毒〔本朝經驗〕、鹿角菜〔フノリ〕湯浸化飮之、亦解諸魚毒。

右本草にはトサカノリとありて、魚毒を解する事は見えざれども、倭名抄にはツノマタとあり。救急選方による時はフノリとありて、諸の魚毒を解くとあり。さればツノマタもフノリも同物にて、こまかき所を布苔に製し、あらき屑を角岐となすものにて、一種二名にして、鹿角菜はフノリツノマタなる事あきらけし。さるゆゑに河豚の魚毒を解くるものなるべし。

乙酉臘八  文寶堂再識

兎園犬猫の禍福の條にあはせて御らん可被下候

注

写本の位置
写本は3172の22カット目左ページの後半から24カット目右ページの前半まで。22カット目左ページに「犬猫の幸不幸」の題があり、23カット目左ページに「養老の長壽」の小題が立ち、24カット目右ページの前半に「文寶堂散木志るす」の署名がある。同じページの後半から次の話「瞽婦殺賊」が始まる。
注記
「本草綱目云」以下の文寶堂再識は、写本では次の話「瞽婦殺賊」の後、25カット目左ページから26カット目右ページに置かれている。末尾に「兎園犬猫の禍福の條にあはせて御らん可被下候」と小字で添えてあり、この話への追記なので末尾に置いた。「トサカノリ」「主治」「ツノマタ」「フノリ」は写本で枠で囲んだ字。「食性」「和名豆乃萬太」「漢語抄云和名同上」「本朝經驗」は小字の割注。いずれも〔 〕に入れた。
校合
「右本草には」は写本の読み。活字本系は「右本章には」とする。半ページの画像で読み、原寸では確かめていない。
校合
活字本系のテキストは「其數あるものなり」の後に「編者曰、此間に數行を脫したるものなるべし」と注し、附の養老長寿の本文を欠く。写本は23カット目左ページに二行の結びと「養老の長壽」の一節を持つ。この部分は活字本系に対応がなく、原寸で切り出して読んだが、くずしが強く判読を保留する箇所が多い。
判読保留
「似たり。されど其物の異なるをれ、一生涯の吉凶禍福とろふしく又悔む。よくしるをみなて。」の二行は全体を判読保留とする。冒頭二字は「似たり」とも「仰り」とも読める。「をれ」「とろふしく」「よくしるをみなて」は字形をなぞった仮の読みで、意味が通らない。
注記
養老の長寿の一節で、「妻は□中にて」の□は一字未詳。「これより□□」は二字未詳。「いとめでたく□記□□」は三字未詳。「大垣殿」の「垣」は字形が「恒」に近いが、養老山麓の高田村が大垣藩領であることから「大垣」と読んだ。「經師」「賀莚」「すべて七十九人」「たまはりしとぞ」「おさめんと」「志るしつけぬ」は原寸で読んだが判読を保留する。
校合
「瞬息」は写本の読み。活字本系は「瞬遠」とする。原寸で切り出したが、「息」の字形に確信がなく判読を保留する。「畜類すら」の脇に朱の丸と朱の一字があり、読み切れない。
校合
「飼ふたる」「置たる」「聞とり」「聞つる」は写本の送り仮名。活字本系は「飼うたる」「置きたる」「聞きとり」「聞きつる」とする。半ページの画像で読み、原寸では確かめていない。
注記
「つのまた」は海藻の角叉で、煮て糊にし、腰張りなどに使った。「膓」は腸の異体字。「淡」は泡の意で用いた字。「腰張」は座敷の壁の下部に紙を張ること。
注記
享保十一年は一七二六年、文政八年は一八二五年で、数えで百歳になる。「養老の瀧」は美濃国多芸郡の養老の滝。「高田村」は養老山麓の村で、今の岐阜県養老町高田。「經師」は表具師と解した。「田鶴丸」は名古屋の人で、他の集にも登場する。「龜屋」は文宝堂の家名。「散木」は文宝堂の別号と解した。いずれも雲亭の推定で未確認。
校合
私家版は本文を二つの記事に分けている。二つ目の記事のURLは https://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2021/11/post-590c8d.html で、本文は同一で注のみ異なる。

AI試訳 / 専門家未校閲