雲亭日本古典図書室収録作品の一覧

丑時参詩歌

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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十二集 第11話 / 輪池堂客編 橘庭麻呂 快雪堂主人岡雄

下野足利で丑の刻参りを目撃した話を、橘庭麻呂の長歌と快雪堂主人岡雄の七言古詩で詠む。

本文 現代語訳

丑時参詩歌
丑時参詩歌
下毛野国足利のかたほとりに、世に「丑の時まゐり」といふわざをせしを、「まさめに見つ」とそこなる人のかたれるさまをよめる。
下野国足利のかたほとりで、世に「丑の時参り」というわざをするのを「この目で見た」と、そこの人が語った様子を詠んだ歌。
橘庭麻呂
橘庭麻呂
あやしきは 火にぞ有りける うちしめる 時こそ有りけれ もえたてば けつすべもなし 世の中の 人の思ひも おのづから しかこそ有るらめ 世の常は 外へも出でえぬ たをやめの たつや心を 黒髪の 思ひ乱れて いただきに ともし火ささげ むなさかに ます鏡かけ ひだり手に かなくぎもたし みぎり手に かなつちもたし ぬばたまの 闇の夜ふけの 丑すぎて うしとも言はず 神のます もりのしめなは いきのをに かけつつすゑて おひしげる なみ樹の松に 左手の 釘とりおさへ みぎり手の つち振り上げて ねたましや あなねたましと かきみだり 逆立髪に さかだてる 角をささげし ほのほはも 鏡にうつり かがみはも 胸にたく火の おそろしき 姿てらして とこひ打つ 音もとどろに 山彦の とよむひびきぞ よそにきく 身にもこたへて 身の毛さへ いよたちにける たをやめの いかにもえたつ こころなるらむ
不思議なのは火であった。湿って消えるときもあれば、燃え立てば消す手だてもない。世の中の人の思いもおのずからそのようなものであろう。ふだんは外へも出られない手弱女が、猛る心を、黒髪のように思い乱れて、頭に灯火をささげ、胸に鏡をかけ、左手に鉄釘を持ち、右手に金槌を持ち、真っ暗な夜更けの丑の刻を過ぎても「憂し」とも言わず、神のいます杜の注連縄に息の緒をかけながら据わり、生い茂る並木の松に左手の釘を取り押さえ、右手の槌を振り上げて、「妬ましや、ああ妬ましい」と掻き乱した逆立つ髪に、逆立てた角をささげた炎は鏡に映り、鏡は胸に焚く火の恐ろしい姿を照らして、呪いを打つ音もとどろに、山彦の響く音が、よそに聞く身にもこたえて、身の毛までよだったのだった。手弱女のなんと燃え立つ心であることか。
たをやめのとこひのろひとうつくぎやいづくのたれか身にひびくらん
手弱女が呪い打つ釘は、どこの誰の身に響くのだろうか。
下野州足利の里、世に所謂丑時進香する者有り。世の人これを視る有る無く、而して里人独りこれを視、これを橘庭麻呂に告ぐ。庭麻呂国歌を以てこれを記す。余も亦七言古体を作り、以て異聞を広む。
下野国足利の里に、世に言う丑の刻参りをする者がいた。世の人はこれを見たことがないが、里人がひとりこれを見て、橘庭麻呂に告げた。庭麻呂は和歌でこれを記した。私もまた七言古体の詩を作り、珍しい話を広める。
夜四更に入りて人語歇み、落月光滅して冷骨に透る。情面閻羅肉刃を懐き、足は木屐を躡みて幽峻を度る。自ら謂ふ天地人間の知る無しと、松杉深き処に思ふ所有り。胸に明鏡を懸け頂に火を戴き、火は能く鏡を照らし鏡は姿を照らす。数幅の白衣雪よりも白く、朱脣黒髪烏雲垂る。右手に金鎚左手に釘、釘は則ち五寸鎚はこれに倍す。三釘四釘七七釘、四十九釘数尽くる時。釘を受けし老杉宛も百丈、更に一葉の枝に留まり在る無し。奈何ぞ無心をして根柢せしむる、枯槁して千万歳を終へず。此の時山魑林魅絶え、天根地紐裂くべきに似たり。吾聞く荊楚の俗能く人を呪詛す、人を呪詛せば宜しく両穴を掘るべしと。奈何ぞ独り窈窕の身を将て、妬刃毒手好んで人を刺す。
夜は四更に入って人の声はやみ、沈む月の光は消えて冷えが骨に透る。顔つきは閻魔のようで刃を懐に抱き、足には木の履物をはいて奥深い険しい道を渡る。天も地も人も知る者はないと思いながら、松や杉の深い所に思う相手がいる。胸に鏡を掛け、頭に火を戴き、火は鏡を照らし、鏡は姿を照らす。幾枚もの白衣は雪より白く、朱の唇と黒髪は黒雲のように垂れる。右手に金槌、左手に釘、釘は五寸で槌はその倍。三本、四本、七七の釘、四十九本の釘を打ち尽くすとき、釘を受けた老杉は百丈もあろうかというのに、一枚の葉も枝に残らない。どうして心のない木の根をこうさせるのか。枯れ果てて千万年を全うできない。このとき山や林の物の怪は絶え、天の根と地の紐が裂けそうになる。私は聞く、荊楚の風俗ではよく人を呪詛するが、人を呪詛するならば二つの穴を掘れと。どうしてひとりたおやかな身で、妬みの刃と毒の手で好んで人を刺すのか。
乙酉子月  快雪堂主人岡雄
乙酉十一月  快雪堂主人岡雄
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す

丑時參詩歌

下毛野國足利のかたほとりに、よに丑の時まゐりといふわざをせしを、まさめに見つとそこなる人のかたれるさまをよめる。

橘庭麻呂

あやしきは火にぞ有けるうちしめる時こそ有けれもえたてばけつすべもなし世中の人の思ひもおのづからしかこそ有るらめよの常は外へも出えぬたをやめのたつや心を黑髮の思ひ亂れていたゞきにともし火さゝげむなさかにます鏡かけひだりてにかなくぎもたしみぎり手にかなつちもたしぬばたまのやみのよふけの丑すぎてうしとも言はず神のますもりのしめなはいきのをにかけつゝすゑておひしげるなみ樹の松に左手の釘とりおさへみぎり手のつち振上げてねたましやあなねたましとかきみだり逆立髮にさかだてる角をさゝげしほのほはも鏡にうつりかゞみはも胸にたく火のおそろしき姿てらしてとこひ打音もとゞろに山彥のとよむひゞきぞよそにきく身にもこたへて身の毛さへいよたちにけるたをやめのいかにもえたつこゝろなるらむ

たをやめのとこひのろひとうつくぎやいづくのたれか身にひゞくらん

下野州足利里、有世所謂丑時進香者。世之人無有視之、而里人獨視之、告之橘庭麻呂。庭麻呂以國歌記之。余亦作七言古體、以廣異聞。

夜入四更人語歇、落月光滅冷透骨。情面閻羅懷肉刃、足躡木屐度幽峻。自謂無天地人間知、松杉深處有所思。胸懸明鏡頂戴火、火能照鏡鏡照姿。數幅白衣白於雪、朱脣黑髮烏雲垂。右手金鎚左手釘、釘則五寸鎚倍之。三釘四釘七七釘、四十九釘數盡時。受釘老杉宛百丈、更無一葉留在枝。奈何使無心根柢、枯槁不終千萬歲。此時山魑林魅絕、天根地紐似可裂。吾聞荊楚俗能呪詛人、呪詛人宜掘兩穴。奈何獨將窈窕身、妬刃毒手好刺人。

乙酉子月  快雪堂主人岡雄

注

写本の位置
写本は3172の32カット目右ページから33カット目左ページの前半まで。32カット目右ページの冒頭に「丑時參詩歌」の題があり、33カット目左ページの中ほどに「快雪堂主人岡雄」の署名と朱の印が二つある。同じページの後半から次の話「文政乙酉御幸記」が始まる。
注記
目録には「丑時參詩歌 輪池堂客編」とある。長歌と反歌は橘庭麻呂の作、漢文の序と七言古詩は快雪堂主人岡雄の作で、輪池堂が客編として披講した。
校合
「丑時進香者」は写本の字。活字本系は「進」の次を別の字に作る。「木屐」「肉刃」「朱脣」「枯槁」「窈窕」「刺人」は写本の字で、活字本系は「木履」「肉刅」「朱唇」「枯稿」「窃窕」「剌人」とする。半ページの画像で読み、原寸では確かめていない。
校合
「吾聞荊楚俗能呪詛人、呪詛人宜掘兩穴」は写本の読み。活字本系は「呪詛人」を一度しか置かない。写本では二度書かれ、七言の句が整う。
注記
長歌は写本では句切りなく続けて書かれる。原文はそのまま、読み下しでは句ごとに空白を入れた。漢詩は写本に句点があり、原文では二句ごとに句読点を置いた。
注記
「橘庭麻呂」は写本で姓と名の間を空ける。人物は未確認。「快雪堂主人岡雄」は輪池堂の客と解し、本名は未確認。「丑の時まゐり」は丑の刻参り。「四更」は丑の刻にあたる。「荊楚」は中国長江中流域の古称。「兩穴を掘る」は人を呪えば自分も報いを受けるという諺と解した。いずれも雲亭の推定で未確認。

AI試訳 / 専門家未校閲