文政乙酉御幸記
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十二集 第12話 / 輪池堂客編
文政八年十月の光格上皇の修学院御幸を伝える京都からの書状と、当座と後座の紅葉の歌六十首余りを輪池堂が携えて披講する。
本文 現代語訳
二十三日御幸の御歌、いまだ手に入り申さず。御当日二十五首、但し御題頂戴にて、其の外は御歌多し。「二十五日の御詠出」と申す事にて、最早内々は揃ひ居り候へども、いまだ表向き奉行も、それ故秘し出だし呉れ申さざるの由。手に入り候はば、早々遣はし候やう申し候。尤も此の度は御兼題なし。
二十三日の御幸の御歌は、まだ手に入っていない。当日は二十五首、ただし御題を頂戴しての詠で、そのほかにも御歌は多い。「二十五日の御詠出」ということで、もう内々には揃っているが、まだ表向きは奉行も、そのために秘して出してくれないという。手に入ったら早々に送るように言っておいた。もっとも今回は御兼題はない。
仙洞様修学院御茶屋より、御内々上卿殿上人御供にて叡山へ御上り遊ばされ、絶頂にて御楽一曲これあり。尤も三管、それより東ひらへよほど御下り、御帰り遊ばされ候由。御丈夫の事と皆々恐れ入り候由。窮遂軒にて御楽三曲、下の御茶屋にて御楽三曲ほど御座候よし、承り申し候。
仙洞様は修学院の御茶屋から、内々に上卿と殿上人をお供にして比叡山にお登りになり、山頂で御楽が一曲あった。もっとも三管で、それから東平へかなりお下りになってお帰りになったという。ご壮健なことと皆々恐れ入ったという。窮邃軒で御楽三曲、下の御茶屋で御楽三曲ほどあったと聞いている。
一、供奉公卿方御装束書には、珍しき御色目も御座候よし、近々手に入れたく、御覧に入れ申すべく候。
一、供奉の公卿方の御装束書には珍しい御色目もあるそうで、近々手に入れて御覧に入れたい。
一、御当日関白様御先に入らせられ、准后様にも御さそひにて入らせられ候由。
一、当日は関白様が先にお入りになり、准后様もお誘いでお入りになったという。
一、周防守様には昼頃御機嫌伺ひのため御出で、御還りの節は御路外御帰り、直に御参院、御末広二本、御絹三疋御拝領の由。御同人様当日御献上物、表向き鮮鯛一折、御内々御献上、遠鏡二つ、御組重、御猪口、御小皿五十枚づつ、中は御煎茶色々、下は御煮漬物御菓子と申す事に候。別に下々まで下され候。青籠まんぢう、焼鯛、是は御供の面々此の分にて行き渡り申し候由。
一、周防守様は昼ごろ御機嫌伺いにお出になり、お帰りの際は別の道でお帰りになって、すぐに仙洞御所に参上し、御扇二本と御絹三疋を拝領したという。同人の当日の献上物は、表向きは鮮魚の鯛一折、内々の献上は遠眼鏡二つ、組重、猪口、小皿五十枚ずつで、中は煎茶いろいろ、下は煮物と漬物と菓子ということである。別に下々にまで下された。青籠の饅頭と焼鯛で、これはお供の面々にこの分で行き渡ったという。
文政八年十月二十三日修学院に於ける御当座
文政八年十月二十三日、修学院での御当座
冬山 散る紅葉落つるこのみをかつ拾ひかつ分け登る冬の山道
冬山 散る紅葉と落ちる木の実を拾いながら分け登る冬の山道よ
ゝゝ みゆきして君がながむる山々の冬のすがたもめづらしきかな 忠良
同 御幸をして君がながめる山々の冬の姿もめずらしいことだ 忠良
ゝゝ 冬枯れの山のはたかくときは木はみどりあらはに生ひ茂りぬる 家厚
同 冬枯れの山の端は高く、常盤木は緑もあらわに生い茂っている 家厚
ゝゝ 山路行く袖の嵐も寒からで冬をよそめの木々ぞはえある 永雅
同 山路を行く袖に吹く嵐も寒くなく、冬をよそに見る木々が映えている 永雅
ゝゝ 峰ふもとおく朝霜も冬の色のひかりおくある山松のかげ 実久
同 峰にも麓にも置く朝霜も冬の色で、光をたたえる山松の陰よ 実久
冬野 霜深く置けど言葉の色そへて冬枯れ知らぬ野辺の松が枝 胤定
冬野 霜が深く置いても言葉の彩りを添えて、冬枯れを知らない野辺の松の枝よ 胤定
ゝゝ 冬も猶春風なびく今日にあひて御幸を仰ぐ野辺の民草 資愛
同 冬でもなお春風になびくような今日にめぐりあい、御幸を仰ぐ野辺の民草よ 資愛
ゝゝ 冬枯れの野辺の景色をめづらしと今日しも君はみそなはすらし 公祐
同 冬枯れの野辺の景色をめずらしいと、今日こそ君は御覧になるらしい 公祐
ゝゝ 秋草は露をかけふる花もなき霜に枯れ葉の野辺の見渡し 隆起
同 秋草は露をかけていたが今は花もなく、霜に枯れ葉の野辺の見渡しよ 隆起
ゝゝ 冬枯れし野辺の御幸のあととめて綴る袖にも千代つもるらし 大江俊矩
同 冬枯れの野辺の御幸の跡をとどめて記す袖にも千代が積もるらしい 大江俊矩
冬路 年々の御幸の光見る野辺の草葉の霜の花も添ひけり 泰行
冬路 年ごとの御幸の光を見る野辺の草葉に霜の花も添ったことだ 泰行
ゝゝ 冬枯れの霜の道芝踏みならし御幸に仕ふ駒ぞいさめる 重成
同 冬枯れの霜の道芝を踏みならして御幸に仕える馬が勇んでいる 重成
ゝゝ 幾度かさそふ嵐に散りぬらん落葉をわたる冬の山道 基逸
同 幾度も誘う嵐に散ったのだろう落葉を渡っていく冬の山道よ 基逸
ゝゝ 君が為しげる真砂の白妙に置くとも見えぬ道の朝霜 隆光
同 君のために敷いた真砂の白さに、置いても見えない道の朝霜よ 隆光
ゝゝ 置く霜を扶にしらし此の朝げ分け行く道は駒もいさみて 永胤
同 置く霜を扶にしらしこの朝方に分け行く道は馬も勇んで 永胤
冬滝 岩が根の落葉色どる滝波に時雨の糸の今日はかからず 為則
冬滝 岩根の落葉が彩る滝の波に、時雨の糸は今日はかからない 為則
ゝゝ 山風に峰の紅葉を吹き立てて錦ながらの冬の滝つ瀬 公久
同 山風が峰の紅葉を吹き立てて、錦のままの冬の滝の瀬よ 公久
ゝゝ 山風のさそふ木の葉もおのづから縒り合はせたる滝の白糸 親実
同 山風の誘う木の葉もおのずから縒り合わせた滝の白糸よ 親実
ゝゝ 冬かけて残る紅葉葉枝ながら氷に閉ぢよ滝の白糸 有長
同 冬になっても残る紅葉の葉を枝ごと氷に閉じこめよ、滝の白糸よ 有長
ゝゝ 時雨降る音かとぞ思ふ山の滝雲の隣の軒に聞こえて 重徳
同 時雨の降る音かと思う山の滝が、雲の隣の軒に聞こえて 重徳
冬池 松が根に出づる泉の池なれば冬も緑に幾世澄むらむ 忠良
冬池 松の根から湧く泉の池だから、冬も緑に幾世も澄むのだろう 忠良
冬池 冬ながら氷もそめぬさざ波の花の春かと向かふ池水 為訓
冬池 冬なのに氷も張らないさざ波が、花の春かと思われる池の水よ 為訓
ゝゝ 春の名の日影ゆたけき此の池の波寒からず浮かぶ松島 為則
同 春の名の日差しがゆたかなこの池は波も寒くなく松島が浮かんでいる 為則
ゝゝ みそなはす此の山陰の池水も冬の光にさぞ凍るらむ 有言
同 御覧になるこの山陰の池の水も、冬の光にさぞ凍るだろう 有言
ゝゝ 見渡すに岸根の嵐さえくて波うち寄する冬の池水 為和
同 見渡すと岸根の嵐が冴えて、波の打ち寄せる冬の池の水よ 為和
冬田 狩衣思ひ立たずは朝まだき冬田の面の霜は見ましや
冬田 狩衣で思い立たなければ、朝早くの冬田の面の霜を見ただろうか
ゝゝ 堰き分けし畦の流れの水枯れて刈り田の面に霜消ゆるなり 政通
同 堰き分けた畦の流れの水が枯れて、刈り田の面に霜が消えていく 政通
ゝゝ 豊かなる御代ぞと知るや刈る跡の稲なきしげき霜のあら小田 楽山
同 豊かな御代だと知るのか、刈った跡に稲がなく霜のしげい荒れた小田よ 楽山
ゝゝ 稲雲冬獲れて晩く田に登り、鳥雀人を驚かす収穂の辺。一段の荒寒事終はりし後、霜花結び成す白花の檀。 公説
同 稲雲は冬に刈り取られ遅れて田に上り、鳥や雀が人を驚かす穂を収める辺り。一面の荒れた寒さの仕事の終わった後、霜の花が結んで白い花の檀となる。 公説
ゝゝ 冬しるき比叡の嵐に麓なる刈り田の苫屋木の葉散り敷く 通修
同 冬らしい比叡の嵐に、麓の刈り田の苫屋に木の葉が散り敷く 通修
文政八年十月二十三日修学院に於ける御当座後座
文政八年十月二十三日、修学院での御当座の後座
か 十月に紅葉を見る かくばかり秋の錦をそのままに千入織りなす冬の紅葉葉 政通
か 十月に紅葉を見る これほど秋の錦をそのままに幾度も染めて織りなす冬の紅葉よ 政通
み ゝゝゝゝ 御幸する山路はしばし冬来ても残る紅葉に秋を見せけり 家厚
み 同 御幸する山路はしばらく冬が来ても、残る紅葉に秋を見せている 家厚
な ゝゝゝゝ 名もしるき雲の隣の軒近み一時に秋を残す紅葉葉 有言
な 同 名も知られた雲の隣の軒近く、ひとときに秋を残す紅葉よ 有言
つ ゝゝゝゝ 露時雨染めにし雲に此の頃も残る紅葉は御幸待ちけん 永雅
つ 同 露や時雨が染めた雲のあたりに、この頃も残る紅葉は御幸を待っていたのだろう 永雅
き ゝゝゝゝ 君も臣も見し長月にかはらずて染むる千入は冬の山陰 重成
き 同 君も臣も見た九月と変わらずに染める幾重の色は、冬の山陰よ 重成
の ゝゝゝゝ 後遠くまししみゆきに神無月散らぬかひある山の紅葉葉 資愛
の 同 のちのちまで伝わる御幸に、十月まで散らずにいた甲斐のある山の紅葉よ 資愛
ち ゝゝゝゝ 千入まで今日の御幸の折にあへ秋残したる木々の紅葉葉 隆起
ち 同 幾重の色まで今日の御幸の折に合わせて、秋を残した木々の紅葉よ 隆起
の ゝゝゝゝ 野辺山辺秋残す色も幾千入今日の御幸を待ちし紅葉葉 楽山
の 同 野辺にも山辺にも秋を残す色は幾重にも、今日の御幸を待っていた紅葉よ 楽山
み ゝゝゝゝ 峰続き比叡の嶺かけて冬枯れは知らぬ山とも見ゆる紅葉葉
み 同 峰続きに比叡の嶺にかけて、冬枯れを知らない山とも見える紅葉よ
か 十月に紅葉を見る 神無月君の御幸に仕へ来て深き恵みを紅葉にぞ見る 公久
か 十月に紅葉を見る 十月の君の御幸に仕えて来て、深い恵みを紅葉に見ることだ 公久
ひ ゝゝゝゝ 飛霜樹に著きて多工を作し、十月山顔水面紅なり。別に光輝有りて玉輦を迎へ、宛も錦障の如く屏風に似たり。 公説
ひ 同 飛ぶ霜が樹について巧みな細工をなし、十月の山の顔も水面も紅である。格別の輝きがあって玉の車を迎え、まるで錦の帳のようで屏風に似ている。 公説
え ゝゝゝゝ 枝交はす松に並びて紅葉葉も盛りの色を冬に見るらし 泰行
え 同 枝を交わす松に並んで、紅葉もその盛りの色を冬に見せるらしい 泰行
ち ゝゝゝゝ 散り果てぬ木々の梢の冬になほ色うるはしく残る紅葉葉 永胤
ち 同 散り果てない木々の梢に、冬になってもなお色うるわしく残る紅葉よ 永胤
か ゝゝゝゝ かくも今日みはやす春を松の島の冬にも散らめ峰の紅葉葉 有長
か 同 こうして今日もてはやす春を待つ松の島の冬にも散るまい、峰の紅葉よ 有長
き ゝゝゝゝ 君が今日御幸待ち得て冬までも千入と残す山の紅葉葉 実久
き 同 君の今日の御幸を待ち得て、冬までも幾重の色を残す山の紅葉よ 実久
や ゝゝゝゝ 山陰に嵐も知らず冬かけて見する紅葉や御幸待ちけん 韶仁
や 同 山陰で嵐も知らずに冬まで見せる紅葉は、御幸を待っていたのだろう 韶仁
ま ゝゝゝゝ また類ひ嵐も吹かず神無月御幸にめづる木々の紅葉葉 親実
ま 同 またとなく嵐も吹かない十月、御幸に愛でる木々の紅葉よ 親実
に ゝゝゝゝ 賑はしき今日の御幸に冬来ても猶立ち添ふる山の紅葉葉 重徳
に 同 にぎやかな今日の御幸に、冬が来てもなお立ち添う山の紅葉よ 重徳
の ゝゝゝゝ 軒近く染めも残さず冬来ての今日も待ち得し紅葉とぞ見る 忠良
の 同 軒近くまで染め残さず、冬が来ての今日も待ち得た紅葉と見ることだ 忠良
こ ゝゝゝゝ 此の冬の今日を御幸と染め染めて色浅からず残る紅葉葉 為知
こ 同 この冬の今日を御幸の日と染めに染めて、色も浅くなく残る紅葉よ 為知
る ゝゝゝゝ 瑠璃光のます山かけて秋の色を此の面かの面に残す木々かな 公祐
る 同 瑠璃光のいます山にかけて、秋の色をこちらにもあちらにも残す木々よ 公祐
も ゝゝゝゝ もとよりも御幸を待ちし紅葉かは知られて冬ぞ残る山陰 祐真
も 同 もとより御幸を待っていた紅葉なのか、それと知られて冬まで残る山陰よ 祐真
み ゝゝゝゝ 御幸をば今年も待ちて嵐吹く冬も紅葉の散らずやあるらむ 通修
み 同 御幸を今年も待って、嵐の吹く冬も紅葉は散らずにいるのだろうか 通修
ち ゝゝゝゝ 千重百重なほ山姫は冬かけて霜は紅葉の錦織るらん 為訓
ち 同 幾重にもなお山姫は冬にかけて、霜で紅葉の錦を織るのだろう 為訓
を ゝゝゝゝ おのづから錦とぞ見ゆる神無月時雨るる岡の山の紅葉葉 大江俊雅
を 同 おのずから錦と見える十月、時雨の降る岡の山の紅葉よ 大江俊雅
も ゝゝゝゝ もきしほは冬まで越えて山陰の御幸も秋と向かふ紅葉葉 為則
も 同 染めた色は冬まで越えて、山陰の御幸も秋のようだと向かう紅葉よ 為則
て ゝゝゝゝ 照る色を君みそなはせ冬来ても錦はえある山の紅葉葉 基逸
て 同 照る色を君は御覧ください、冬が来ても錦の映える山の紅葉を 基逸
あ ゝゝゝゝ 秋の後も心を染めて神無月名に立つ春に向かふ紅葉葉 雅光
あ 同 秋の後も心を染めて、十月の名にある小春に向かう紅葉よ 雅光
そ ゝゝゝゝ 空晴れし今日の御幸の天つ日に冬とも見えず照らす紅葉葉 隆光
そ 同 空の晴れた今日の御幸の日の光に、冬とも見えずに照り映える紅葉よ 隆光
ふ ゝゝゝゝ 冬来ても此の山陰に幾千々の秋を残して染むる紅葉葉 胤定
ふ 同 冬が来てもこの山陰に幾千の秋を残して染める紅葉よ 胤定
右二編は十二月朔、輪池堂携へ来たりて席上に披講する所の者、併せて篇左に録す。
右の二編は十二月一日に輪池堂が持参して席上で披講したもので、あわせてここに記録する。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
文政乙酉御幸記
廿三日御幸之御歌、いまだ手に入不申。御當日廿五首、但御題頂戴にて、其外は御歌多し。廿五日之御詠出と申事にて、最早内々は揃居候へ共、いまだ表向奉行も、夫故祕し出し呉不申之由。手に入候はゞ、早々遣し候樣申候。尤此度は御兼題なし。
仙洞樣修學院御茶屋より、御内々上卿殿上人御供にて叡山へ御上り被遊、絕頂にて御樂一曲有之。尤三管、夫より東ひらへよほど御下り、御歸り被遊候由。御丈夫之事と皆々恐入候由。窮遂軒にて御樂三曲、下之御茶屋にて御樂三曲ほど御座候よし、承り申候。
一 供奉公卿方御裝束書には、珍敷御色目も御座候よし、近々手に入たく、入御覽可申候。
一 御當日關白樣御先に被爲入、准后樣にも御さそひにて被爲入候由。
一 周防守樣には晝頃爲御機嫌伺御出、御還り之節は御路外御歸り、直に御參院、御末廣弐本、御絹三疋御拜領之由。御同人樣當日御獻上物、表向鮮鯛一折、御内々御獻上、遠鏡二ツ、御組重、御猪口、御小皿五十枚づゝ、中は御煎茶色々、下は御煮漬物御菓子と申事に候。別に下々迄被下候。靑籠まんぢう、燒鯛、是は御供之面々此分に而行渡り申候由。
文政八年十月廿三日於修學院御當座
冬山 散紅葉落るこのみをかつひろひかつ分のぼる冬の山道
ゝゝ みゆきして君がながむる山々の冬のすがたもめづらしきかな 忠良
ゝゝ 冬がれの山のはたかくときは木はみどりあらはに生しげりぬる 家厚
ゝゝ やまぢ行袖のあらしもさむからで冬をよそめの木ゝぞはえある 永雅
ゝゝ みねふもとおく朝霜も冬の色のひかりおくある山松のかげ 實久
冬野 霜ふかくおけど言葉のいろそへて冬枯しらぬ野べの松がえ 胤定
ゝゝ 冬も猶はる風なびくけふにあひて御幸をあふぐ野べの民ぐさ 資愛
ゝゝ 冬がれの野べのけしきをめづらしとけふしも君はみそなはすらし 公祐
ゝゝ 秋草は露をかけふる花もなき霜にかれ葉の野べの見渡し 隆起
ゝゝ 冬がれし野べのみゆきのあとゝめてつゝる袖にもちよつもるらし 大江俊矩
冬路 としどしのみゆきのひかり見るのべの草葉の霜の花もそひけり 泰行
ゝゝ 冬がれの霜のみちしばふみならしみゆきにつかふ駒ぞいさめる 重成
ゝゝ いく度かさそふあらしにちりぬらん落葉をわたる冬の山みち 基逸
ゝゝ 君が爲しげる眞砂の白たへにおくとも見えぬ道の朝霜 隆光
ゝゝ 置霜を扶にしらし此あさげわけ行道はこまもいさみて 永胤
冬瀧 岩がねの落葉色どるたき波にしぐれのいとのけふはかゝらず 爲則
ゝゝ やま風に峯のもみぢをふきたてゝ錦ながらの冬の瀧つせ 公久
ゝゝ 山かぜのさそふこの葉もおのづからよりあはせたる瀧のしらいと 親實
ゝゝ 冬かけて殘るもみぢ葉枝ながらこほりにとぢよ瀧の白いと 有長
ゝゝ 時雨ふる音かとぞ思ふ山の瀧雲のとなりの軒に聞えて 重德
冬池 まつが根にいづるいづみの池なれば冬も綠にいく世澄むらむ 忠良
冬池 冬ながら氷もそめぬさゞ波の花の春かとむかふ池水 爲訓
ゝゝ 春の名の日影ゆたけき此いけの波さむからずうかぶ松しま 爲則
ゝゝ みそなはす此山かげの池水もふゆのひかりにさぞこほるらむ 有言
ゝゝ 見渡すにきしねの嵐さえくて波うちよする冬の池水 爲和
冬田 かり衣思ひたゝずは朝まだき冬田の面の霜は見ましや
ゝゝ せきわけしあぜの流の水かれてかり田の面に霜きゆるなり 政通
ゝゝ 豐なる御代ぞとしるやかる跡のいなゝきしげき霜のあら小田 樂山
ゝゝ 稻雲冬獲晩登田、鳥雀驚人收穗邊。一段荒寒終事後、霜花結成白花檀。 公説
ゝゝ 冬しるきひえのあらしにふもとなるかり田の苫やこのは散しく 通修
題者奉行等 爲則
文政八年十月廿三日於修學院御當座後座
か 十月見紅葉 かく計秋の錦をそのまゝに千しほおりなす冬のもみぢ葉 政通
み ゝゝゝゝ みゆきする山路はしばし冬來てものこるもみぢに秋を見せけり 家厚
な ゝゝゝゝ 名もしるき雲の隣の軒近みひときに秋を殘すもみぢ葉 有言
つ ゝゝゝゝ 露しぐれそめにし雲に此ごろものこるもみぢは御幸まちけん 永雅
き ゝゝゝゝ 君も臣も見し長月にかはらずてそむるちしほは冬の山かげ 重成
の ゝゝゝゝ のちとほくましゝ御幸にかみな月ちらぬかひある山のもみぢ葉 資愛
ち ゝゝゝゝ ちしほまでけふの御幸のをりにあへ秋のこしたる木々のもみぢ葉 隆起
の ゝゝゝゝ のべ山邊秋のこす色もいく千入けふの御幸をまちしもみぢ葉 樂山
み ゝゝゝゝ みねつゞき比えのねかけて冬枯はしらぬ山とも見ゆるもみぢ葉
か 十月見紅葉 神な月きみの御幸につかへ來てふかきめぐみをもみぢにぞ見る 公久
ひ ゝゝゝゝ 飛霜著樹作多工、十月山顏水面紅。別有光輝迎玉輦、宛如錦障似屏風。 公説
え ゝゝゝゝ 枝かはす松にならびてもみぢ葉もさかりの色を冬に見るらし 泰行
ち ゝゝゝゝ ちりはてぬ木々の梢の冬になほ色うるはしくのこるもみぢ葉 永胤
か ゝゝゝゝ かくもけふみはやす春をまつの嶋の冬にもちらめ峯のもみぢ葉 有長
き ゝゝゝゝ きみがけふみゆきまちえて冬までもちしほと殘す山のもみぢ葉 實久
や ゝゝゝゝ 山陰に嵐もしらず冬かけて見する紅葉やみゆきまちけん 韶仁
ま ゝゝゝゝ またゝぐひあらしもふかず神無月御幸にめづる木々のもみぢ葉 親實
に ゝゝゝゝ にぎはしきけふの御幸に冬來ても猶立そふる山のもみぢ葉 重德
の ゝゝゝゝ 軒ちかくそめものこさず冬きてのけふも待えしもみぢとぞ見る 忠良
こ ゝゝゝゝ 此冬のけふを御幸とそめそめて色あさからず殘るもみぢ葉 爲知
る ゝゝゝゝ るり光のます山かけて秋の色を此面かのもに殘す木々かな 公祐
も ゝゝゝゝ もとよりも御幸を待し紅葉かはしられて冬ぞ殘る山陰 祐眞
み ゝゝゝゝ 御幸をばことしも待て嵐吹冬も紅葉のちらずやあるらむ 通修
ち ゝゝゝゝ 千重百重なほ山姬は冬かけて霜はもみぢの錦おるらん 爲訓
を ゝゝゝゝ おのづから錦とぞ見ゆる神無月しぐるゝをかの山のもみぢ葉 大江俊雅
も ゝゝゝゝ もきしほは冬までこえて山陰の御幸も秋とむかふもみぢ葉 爲則
て ゝゝゝゝ てる色を君みそなはせ冬來てもにしきはえある山のもみぢ葉 基逸
あ ゝゝゝゝ あきの後もこゝろをそめて神無月名にたつ春にむかふもみぢ葉 雅光
そ ゝゝゝゝ 空晴しけふの御幸のあまつ日に冬とも見えずてらすもみぢ葉 隆光
ふ ゝゝゝゝ ふゆ來ても此山かげにいく千々の秋をのこしてそむるもみぢ葉 胤定
題者奉行等 爲則
右二編は十二月朔、輪池堂携來於席上所披講者、倂錄于篇左。
注
- 写本の位置
- 写本は3172の33カット目左ページの後半から38カット目右ページまで。33カット目左ページの中ほどに「文政乙酉御幸記」の題があり、38カット目右ページに「右二編は十二月朔輪池堂携來於席上所披講者倂錄于篇左」の結びがある。同じカットの左ページから次の話「騙兒悔非自新」が始まる。
- 注記
- 京都からの書状の写しと、文政八年十月二十三日の仙洞御所の修学院御幸の当座の歌二編から成る。後座の歌は各首の頭に仮名を一字ずつ掲げ、それをつなぐと「かみなつきのちのみかひえちかきやまにのこるもみちをもてあそふ」の沓冠になる。原文では写本のとおり頭の仮名を各首の前に置いた。
- 校合
- 「家厚」は写本の読みで二か所とも同じ。活字本系は「宗厚」とする。「政通」も写本の読みで二か所とも同じ。活字本系は「政道」とする。「祐眞」は写本の読みで、活字本系は「祐貞」とする。いずれも半ページの画像で読み、原寸では確かめていない。
- 校合
- 「冬の色のひかり」は写本の読み。活字本系は「冬の色ひかり」とする。「宛如錦障」は写本の読みで、活字本系は「飾障」とする。
- 校合
- 冬池の二首目は写本で「冬池」の題を繰り返す。ページの頭にあたるためと解した。活字本系は「ゝゝ」とする。
- 校合
- 「音かとぞ思ふ」の「と」は朱で補入されている。「ちしほまでけふの」の「け」は朱で訂正され、活字本系は「げふ」とする。「るり光」の脇に朱の一字がある。いずれも朱筆に従い、朱の一字は読み切れない。
- 校合
- 「置霜を扶にしらし」は写本でも同じ字形に見えるが、意味が通らず、活字本系に従い判読を保留する。
- 注記
- 書状の候文は写本で「ニ」「ハ」「而」などを小字で添える。原文では「にて」「は」と平仮名に開き、「に而」のみ写本の形を残した。
- 注記
- 冬山の一首目と冬田の一首目、後座の「みねつゞき」の一首には作者名がない。仙洞の御製と解したが未確認。「仙洞樣」は光格上皇。「修學院御茶屋」は修学院離宮。「窮遂軒」は修学院の窮邃軒。「東ひら」は東坂本の平。「周防守」は京都所司代と解した。歌の作者は堂上の歌人で、いずれも雲亭の推定で未確認。
- 注記
- 目録には「文政乙酉御幸記 仝」とあり、前の話と同じ輪池堂客編の扱いである。
AI試訳 / 専門家未校閲