希有の物好 附古代の呼名
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兎園小説 / 曲亭馬琴ほか 兎園会の会員 / 第十二集 第17話 / 客員 青李庵
京の縞好きの町人桜木勘十郎の逸話と、山中の炭焼き村に伝わる風変わりな屋号じみた呼び名の由来を、彦根の富田甚右衛門から聞いたとして記す。
本文 現代語訳
元禄の頃、京室町通三条の南に、桜木勘十郎という人ありけり。古器物、書画の鑑定をも、よくせり。希有の物好きにて、衣服より、足袋帯に至るまで、色々の縞を着用し、扇子、脇差の柄糸、鍔、印籠、草履まで、縞ならずということ、なし。朝夕の食物、鱠は、もとより「刻みもの」なり。煮物などにも大根、牛蒡の類の「筋」ある品を用い、椀、折敷までも、縞の模様をぞ、ものしける。されども、「まげて、異を好むに、あらず。ただ、天性、かくありし」とぞ。家居も、世に珍しく、表二階の格子も、さまざまの唐木にて、縞に組み立て、店先も「堺格子」というものを立て、この所に大きなる竪貫木ありて、青貝にて、唐草の模様あり。「ひさし」の大垂木などは、細き柴竹の寒竹にて、さまざまの縞に組ませ、さて、中庭に泉水ありて、金魚、あまた、放ち置く。そこより、居間の二階へ階梯を渡したり。その階梯も、唐物作りの擬宝珠、高欄、付けてけり。また、中庭の北面より、隣りの壁まで、縞に塗らせけり。かかれば、世に「縞の勘十郎」と言いけるとぞ。
元禄の頃、京室町通三条の南に、桜木勘十郎という人がいた。古い器物や書画の鑑定もよくできた。世にも珍しい物好きで、衣服から足袋や帯に至るまでさまざまな縞模様のものを身につけ、扇子、脇差の柄糸、鍔、印籠、草履に至るまで、縞模様でないものはなかった。朝夕の食事において、鱠は言うまでもなく「刻みもの」である。煮物などにも大根や牛蒡の類のような「筋」のある品を用い、椀や折敷に至るまで縞の模様をあつらえていた。けれども、「無理をして風変わりなことを好んでいるのではない。ただ生まれつきこうなのだ」と言っていたという。住まいも世に珍しく、表二階の格子もさまざまな唐木で縞模様に組み立て、店先にも「堺格子」というものを立てていた。ここには大きな竪貫木があって、青貝で唐草の模様が施されていた。庇の大垂木などは細い柴竹や寒竹でさまざまな縞模様に組ませてあり、中庭には池があって金魚をたくさん放してあった。そこから居間の二階へと階段を架け渡していた。その階段にも唐物作りの擬宝珠や高欄を取り付けていた。また、中庭の北側から隣の壁に至るまで縞模様に塗らせていた。このようなわけであったので、世間では「縞の勘十郎」と呼んでいたということだ。
江州伊香郡金居原村百姓、梨之木、藤之棚、万代、上之山、堂之坂、川端。右の村方は、山中にて炭焼きを業に致し居り候。往古は一村残らず、右様の名を付け居り候由に候え得共、追々、「何次郎」「何右衛門」などと改名致し、当時宗門帳に、右六人の者、右様の名を付け居り申し候。
江州伊香郡金居原村の百姓、梨之木、藤之棚、万代、上之山、堂之坂、川端。この村では、山中で炭焼きを生業としている。昔は村中残らずこのような名前をつけていたとのことであるが、だんだんと「何次郎」「何右衛門」などと改名し、現在、宗門帳には右の六人の者がこのような名前をつけている。
同郡奥河並村百姓、太夫。右村方にては、婦にて相果て候夫は、いずれも「太夫」と、年々、宗門帳に相付け居り申し候。いかなる故と相尋ね候えば、「夫に相果て候婦を、後家と申すも、同じ事」と申し居り候。
同郡奥河並村の百姓、太夫。この村では、妻に先立たれた夫は、誰もが「太夫」と年々の宗門帳に名前を付けている。どのような理由かと尋ねたところ、「夫に先立たれた妻を後家と言うのと同じことだ」と答えていた。
右、彦根家富田甚右衛門殿の話なり。
以上は、彦根家富田甚右衛門殿の話である。
原文 / 昭和女子大学本の字句を採り、正字体を保持、振り仮名を外す
希有の物好み
元祿の頃、京室町通三條の南に、櫻木勘十郞といふ人ありけり。古器物・書畫の鑑定をも、よくせり。希有の物好にて、衣服より、足袋帶に至るまで、色々の縞を着用し、扇子・脇指柄糸・鍔・印籠・草履まで、縞ならずといふ事、なし。朝夕の食物、鱠は、もとより「刻みもの」なり。煮物などにも大根・牛房の類の「すぢ」ある品をもちひ、椀・折敷までも、縞のもやふをぞ、ものしける。されども、「まげて、異を好むに、あらず。只、天性、かくありし。」とぞ。家居も、世にめづらしく、表二楷の格子も、さまざまの唐木にて、縞にくみたて、店先も「堺格子」といふものを立て、此所に大きなる竪貫木ありて、靑貝にて、唐草の模樣あり。「ひさし」の大垂木などは、細き柴竹の寒竹にて、さまざまの縞に、くませ、扨、中庭に泉水ありて、金魚、あまた、はなち置く。そこより、居間の二楷へ階梯を渡したり。其階梯も、唐物作りの擬寶珠、高欄、付けてけり。又、中庭の北面より、隣りの壁まで、縞にぬらせけり。かゝれば、世に「縞の勘十郞」と云ひけるとぞ。
古代の呼名
江州伊香郡金居原村百姓 梨之木 藤之棚 萬代 上之山 堂之坂 川端 右之村方は、山中にて炭燒を業に致し居候。往古は一村不殘、右樣の名を付居候由に候へ得共、追々、「何次郞」・「何右衞門」などゝ改名致し、當時宗門帳に、右六人之者、右樣之名を附居申候。
同郡奧河並村百姓 太夫 右村方にては、婦、相果候夫は、何れも「太夫」と、年々、宗門帳ニ相附居申候。如何成故と相尋候へば、「夫、相果候婦を、後家と申すも、同じ事。」と申し居候。
右彥根家富田甚右衞門殿の話なり。
注
- 写本の位置
- 写本は3172の47カット目左ページから50カット目右ページまで。47カット目左ページの冒頭に「希有の物好み」の題が立ち、途中48カット目左ページの上部で本文が終わって余白となる。49カット目右ページは全面空白で、49カット目左ページから「古代の呼名」の題が始まり、50カット目右ページの「右彥根家富田甚右衞門殿の話なり」で終わる。目録はこの二篇を「希有の物好 附古代の呼名」と一話にまとめるので、passageも一つにした。
- 校合
- 私家版(Blog鬼火)はこの二篇を別記事に分けている。「希有の物好み」の記事を主なsourceRefとし、「古代の呼名」の記事のURLはここに記す。https://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2021/11/post-dbfe98.html
- 注記
- 48カット左の後半から49カット右にかけての空白は、写本のままの余白で、脱落や欠損ではない。段替えの目印として、そのまま一つの区切りに数えた。
- 校合
- 本文は私家版のテキストと大きな異同はなく、半ページの画像で読み合わせて確かめた。原寸切り出しでの確認はしていない。
- 注記
- 「堺格子」「竪貫木」の語は雲亭の推定訓みで、読みは確定していない。「梨之木」以下の六名、「太夫」の呼び名の由来は写本のとおりで、地名「江州伊香郡金居原村」「奧河並村」は現在の滋賀県長浜市域と解した。「富田甚右衞門」は彦根藩の人と解したが未確認。
AI試訳 / 専門家未校閲