旅と歌枕 / 江戸
「月日は百代の過客」は、芭蕉が考えた言葉ではなかった?
2026年10月17日更新
「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり」は、『おくのほそ道』の書き出しとして知られています。『おくのほそ道』は、中学の国語で読む定番の古文です。解説動画では、李白の文章に倣った一文だと説明されています。では、どこまでが李白の言葉で、どこからが芭蕉の言葉なのでしょうか。
AI生成によるイメージです『おくのほそ道』を開くと、最初の一文が「月日は百代の過客にして」です。解説動画では「李白の文章に倣っている」と説明され、月日が旅人にたとえられていることを確かめます。この一文のうち、芭蕉が自分で付けた部分はどこなのでしょうか。
01「月日は百代の過客」は、誰の言葉?
『おくのほそ道』の冒頭は、中学の国語で読む定番の古文です。「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり」と読み、月日は永遠に旅を続ける旅人だ、と説明されます。
解説動画では、この一文は中国の詩人李白の文章に倣ったもので、月日と年を旅人にたとえる擬人法を使い、二つの句が対になった対句でもある、と説明されます。
それなら、芭蕉は李白から何を受け取り、何を自分で書いたのでしょうか。まず、李白の文章を原文で見てみます。
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02李白の文には、どう書いてある?
李白(701〜762)は、唐の時代の詩人です。「春夜宴桃李園序」は、春の夜に従弟たちと花の咲く庭で宴を開き、その席で作った詩を集めたときの序文です。題は本によって違い、『李太白文集』や『全唐文』では「春夜宴從弟桃花園序」となっています。芭蕉が親しんだとされる『古文真宝後集』では、題は「春夜宴桃李園序」です。[S01、W01、P01]
書き出しは「夫天地者萬物之逆旅也、光陰者百代之過客也」です。逆旅は旅館、過客は通り過ぎてゆく旅人のことで、天地を万物が泊まる宿に、光陰(澁澤尚は日月と読みます)を長い年月にわたって通り過ぎる旅人にたとえています。続けて、人の一生は夢のようで、喜びを味わえる時間はどれほどあるだろうか、と詠み進めます。[S01、I01、P01]
「百代の過客」の五文字は、芭蕉の冒頭と同じです。この部分は、芭蕉が作った言葉ではなく、李白の序文にある言葉でした。
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03「光陰」は「月日」に、「年」も旅人になった
芭蕉は、李白の「光陰」を「月日」に言い換えました。澁澤尚の論文によると、芭蕉の時代に広く通っていた『魁本大字諸儒箋解古文真宝後集』の注は、この一文を「日月は流行の過客のごときなり」と説明しています。『古文真宝諺解大成』も、「光陰は、日月のひかりかげ也」と書いています。[P01]
さらに芭蕉は、李白の序文の書き出しに見えない「行きかふ年も又旅人なり」を足しました。月日と、行く年と来る年が、どちらも旅人として並びます。李白の「天地は万物の逆旅」にあたる句は、芭蕉の冒頭に置かれていません。[S01、S02、P01]
一天地は万物の逆旅
李白は天地を、万物が泊まる宿にたとえた。芭蕉の冒頭には、この句にあたる文がない。
二光陰は百代の過客
李白は光陰(澁澤尚は日月と読む)を旅人にたとえた。芭蕉は「光陰」を「月日」に言い換え、「百代の過客」はそのまま使った。
三行きかふ年も又旅人
芭蕉が足した句。李白の序文の書き出しには、対応する句が見えない。
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04草稿の「立帰年」と、旅を栖とする人
澁澤尚の論文によると、平成8年(1996)に、芭蕉自筆とされる『おくのほそ道』の草稿本(野坡本)が見つかりました。冒頭の最初の形は「月日は百代の過客として立帰年も又旅人也」で、貼紙をして「にして行かふ」と直されています。[P01]
尾形仂の説明として澁澤が紹介するところでは、「年立ち帰る」は和歌によく使われる決まり文句で、元の場所に戻る意味を含みます。そこで、凡河内躬恒の歌にある「行きかふ」を借り、行く年と来る年がすれ違う動きを表したのだ、といいます。[P01]
芭蕉はこのあと、舟の上で一生を送る船頭や、馬の口を取って老いてゆく馬方を挙げ、「日々旅にして旅を栖とす」と続けます。李白は天地を泊まる宿にたとえましたが、芭蕉は旅そのものを住み処とする人へ話を進めています。[S02、P01]
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05「月日」は時間か、日と月か
解説動画には、「月日」を過ぎてゆく時間と説明するものがあります。一方、澁澤の論文は、「行かふ年」が行く年と来る年の二つを指すなら、対になる「月日」も月と太陽の二つと読むほうが形が整う、という立場です。谷地快一も同じ読み方で、江戸時代の注釈書もほとんどが「月日」を日と月と読んでいる、と澁澤は書いています。[P01]
ただし、副島一郎は、芭蕉があえて「月日」と言葉を入れ替え、和文らしい同じ内容の繰り返しに作り変えた可能性を示しています。ただし、これは研究者の推測です。[P01]
また、芭蕉が李白の序文のどこまでを読み取っていたかについても、見方が分かれます。尾形仂は、享楽的な部分を切り捨てて冒頭だけを用いたと見ましたが、澁澤は、序文全体の人生観まで汲み取っていたに違いないと論じています。[P01]
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06李白の言葉を借りて、芭蕉が書き直した
「百代の過客」は、李白が光陰を旅人にたとえた言葉にもとづいています。芭蕉はこれを「月日」に言い換え、行く年と来る年も旅人に加え、舟と馬の旅人へ話を移して、自分の旅の序文にしました。[S01、S02、P01]
李白が書いたのは花の園での春の宴で、芭蕉が書いたのは長い旅への出立です。同じ言葉が、場面の違う二つの文章に使われています。次は、芭蕉の冒頭を原文で読んでみましょう。
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「春夜宴從弟桃花園序」(一般には「春夜宴桃李園序」)
作者:李白(元の楊齊賢が集注、蕭士贇が補注)
原文(該当部分)
夫天地者萬物之逆旅也(一本に「萬物者天地之逆旅也」に作る)光陰者百代之過客也而浮生若夢為歡幾何
現代語訳
そもそも天地は、あらゆるものが泊まる宿のようなものである。日月は、長い年月にわたって通り過ぎてゆく旅人のようなものである。人の一生は夢のようにはかない。喜びを味わえる時間は、どれほどあるだろうか。
本文翻刻
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出典・訳について
「春夜宴從弟桃花園序」(一般には「春夜宴桃李園序」)
本文・目次へ戻る ↑表記・訳の注記
引用は書き出しの三文だけ。句読点は影印になく、雲亭が補った。小字の割注「一本作萬物者天地之逆旅也」は版の異文の注で、原文の後ろに括弧で示した。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳で、専門家の校閲は受けていない。題は『李太白文集』(四庫全書本)と『全唐文』で「春夜宴從弟桃花園序」、『古文真宝』で「春夜宴桃李園序」。
「過客」は通り過ぎてゆく旅人のことで、「月日」と「行きかふ年」、「過客」と「旅人」が、それぞれ対になっています。「栖」は住み処のことです。李白は天地を宿(逆旅)にたとえましたが、芭蕉は「旅を栖とす」と、旅そのものを住まいにしています。
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出典と原典の画像
元の記録や研究を、自分の目で確かめられます。
ほかの一次資料
『おくのほそ道』序文(冒頭の第1段落)
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原文(該当部分)
月日は百代の過客にしてゆきかふ年も又旅人なり舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老をむかふるものは日〳〵旅にして旅を栖(すみか)とす古人も多く旅に死せるあり
現代語訳
月日とは、永遠に行き過ぎてゆく旅の客であり、去ってはまた来る年も旅人である。舟の上で一生を送り、馬のくつわを取って年老いてゆく人は、毎日が旅で、旅そのものを住まいとする。昔の人にも、旅の途中で亡くなった人が多くいる。
本文翻刻
ここに引用した部分以外は、原典でお読みいただけます。
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出典・訳について
- 作品名:『おくのほそ道』序文(冒頭の第1段落)
- 著者・編者:松尾芭蕉
- 巻・章・話番号:第1節「旅立ち」(全56節のうち)
- 採用した版・底本:三宅邦吉 著『新釈奥の細道』、籾山書店、明治44年(1911)7月(活字本)
- 翻刻提供元・URL:Wikisource「おくのほそ道」https://ja.wikisource.org/w/index.php?title=おくのほそ道&oldid=235001
- 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:国立国会図書館デジタルコレクション pid 888916、6コマ(Wikisource の注記による)
- 引用・再利用条件:原文は1911年刊で著作権は切れている。Wikisource の本文は上記版による。国立国会図書館の画像は、利用条件を確かめられていない
表記・訳の注記
引用は第1段落だけ。句読点は底本にないため、雲亭の本文ライブラリでは付けていない。「日〳〵」は踊り字。「栖(すみか)」の読みは底本の振り仮名。現代語訳は雲亭の本文ライブラリにある雲亭(Claude)の試訳で、専門家の校閲は受けていない。草稿本(野坡本)や清書本(素龍本)の本文は引用していない。
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画像 I01 『分類補註李太白詩』(四部叢刊)
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影印本。画像は Wikimedia Commons が公開(出典は Sibu Congkan) / 景蕭山朱氏藏明郭雲鵬刊本の影印。元の楊齊賢集注、蕭士贇補注 / Commons のファイルの75ページ目
資料の書誌 | 該当箇所の画像
参考にした研究・関連文献
論文 P01 『おくのほそ道』序文「月日は百代の過客」小攷-李白「春夜宴桃李園序」詳解を通して-
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澁澤尚 / 言文 / 68号、2021年3月 / 15〜48頁
記事で参照した文献
国文研の書誌 | 書誌・DOI | 本文掲載ページ | 本文PDF
論文以外の参考資料
解釈と、まだ確かめられていないこと
李白の原文は、四部叢刊に影印された『分類補註李太白詩』の画像による引用で、冒頭の三文だけです。『おくのほそ道』の本文は、1911年刊の活字本(三宅邦吉『新釈奥の細道』)です。草稿本の初案や、江戸時代の注の記述は、澁澤尚の論文の紹介にもとづきます。「月日」と「光陰」の読み方は研究者によって分かれ、この記事で挙げたのは一部の見方です。
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