食と暮らし / 江戸
天下一大酒飲み大会in江戸
2026年10月17日更新
大きな杯を用意して、酒の量を競う。江戸の千住宿には、そんな会の記録が残っています。書き留めたのは、狂歌で知られる大田南畝でした。
AI生成によるイメージですいちばん大きな杯は、三升入り。現在の単位ならおよそ5.4リットルです。どんな人が集まり、どんな言葉を交わしたのでしょうか。
01百人あまりが集まった酒合戦
文化12年(1815)、千住宿で大杯を使った酒の会が開かれました。国立国会図書館月報の解説によると、飛脚問屋の主人・中屋六右衛門の還暦祝いで、参加者は百人あまり。左右の二組に分かれて競ったといいます。[P01]
この会の記録『後水鳥記』を書いたのは大田南畝です。南畝は「蜀山人」とも名乗った文人で、幕府の役人でもありました。『後水鳥記』には『高陽闘飲』という別の題もあります。[S01、S02]
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02大きさの違う六つの杯
記録には、五合入りの江島杯から三升入りの丹頂鶴杯まで、六種類の杯が並びます。小山の佐兵衛は、二升五合入りの緑毛亀杯を三杯傾けた、と書かれています。[S01、S04]
二升五合を三杯なら、計算上は七升五合。ただし「三杯傾けた」という記録と、実際にどれだけ飲んだかを確認することは別です。量の大きさだけでなく、どのような言い方で伝えているかにも目を向けます。
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03門に掛けられた、南畝の言葉
会場の門には「不許悪客下戸理屈入菴門」という聯が掛けてあったと記されています。聯は、門や柱などに掲げる文章です。「悪い客、酒を飲めない人、理屈を言う人は入るべからず」といった趣旨に読めます。記録は、これを蜀山老人の書だとしています。[S03]
人を集める会らしい、戯れを含んだ言葉です。酒量の数字とは違う角度から、催しの雰囲気が見えてきます。
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04記録が違うときは、どう読む?
序の末尾には十月二十一日、本文の冒頭には霜月二十一日とあり、日付が一か月ずれています。霜月は十一月のことです。二つの刊本に同じ食い違いがあるため、どちらを開催日とするかは、別の資料との照合が必要です。[S02]
酒量にも資料ごとの差があります。酒合戦があったという話と、その日の細かな数字を分けて読むと、記録の面白さを保ちながら、言い過ぎを避けられます。[P01]
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『後水鳥記』(別題『高陽闘飲』)。『増訂一話一言』の中に収録
作者:大田南畝
原文(該当部分)
小山といへる驛路の佐兵衞ときこえしは、二升五合入といふ綠毛龜の盃にて三たびかたふけしとぞ
現代語訳
小山という宿場の佐兵衛と評判の人は、2升5合入りという緑毛亀の杯で、3杯を傾けたということだ。
訳者:雲亭(Claude)による試訳。専門家の校閲は受けていない。
本文翻刻
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出典・訳について
『後水鳥記』(別題『高陽闘飲』)。『増訂一話一言』の中に収録
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- 作品名:『後水鳥記』(別題『高陽闘飲』)。『増訂一話一言』の中に収録
- 著者・編者:大田南畝
- 巻・章・話番号:『蜀山人全集』巻5所収『増訂一話一言』の中の「後水鳥記」。小山の佐兵衛のくだり
- 採用した版・底本:『蜀山人全集』巻5、吉川弘文館、1908年。『蜀山人全集』の本文末には、原本が失われたため斎藤雀志の所蔵する高陽闘飲図巻から補ったという注記がある(S02の注記を参照)。底本の写本そのものは未確認
- 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 993340、https://dl.ndl.go.jp/pid/993340/1/136
- 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:266頁、136コマ。同じ記述は『江戸叢書』巻7(江戸叢書刊行会)にも収録。NDL pid 1913031 の276〜277コマ(49〜51頁)
- 引用・再利用条件:インターネット公開、権利表示はパブリックドメイン(PDM)
表記・訳の注記
- 記事では字体を新字に改め、句読点を補った。記事での表記は「小山といへる駅路の佐兵衛ときこえしは、二升五合入といふ緑毛亀の盃にて、三たびかたふけしとぞ。」
- 「驛路」は街道の宿場の意味で、ここでは小山の宿場を指すと読んだ。「かたふく」は杯を傾けて飲むことと読んだ。「とぞ」は人から聞いた話を伝える言い方で、「ということだ」と訳した。いずれも雲亭の読みで、辞書での照合は未実施。
- 「ときこえし」は「評判の」と訳したが、「名の聞こえた」といった別の訳も可能。
「かたふけし」は杯を傾けたという意味。「とぞ」という結びにも注目すると、人から聞いた話として伝えていることが分かります。
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出典と原典の画像
元の記録や研究を、自分の目で確かめられます。
ほかの一次資料
『後水鳥記』(序は「高陽闘飲序」)
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原文(該当部分)
序の末尾:時文化十二年歳舎乙亥冬十月廿一日也
本文の冒頭:文化十二のとし乙亥霜月廿一日
『蜀山人全集』の本文末の注記:右後水鳥記一篇原本佚焉今據齋藤雀志君所藏高陽闘飮圖卷補之(明治癸未)
現代語訳
序の末尾:ときに文化12年、乙亥の冬10月21日である。
本文の冒頭:文化12年、乙亥の年の霜月21日。
注記:以上の『後水鳥記』一篇は原本が失われたため、いま斎藤雀志君が所蔵する高陽闘飲の図巻によって補った。
訳者:雲亭(Claude)による試訳。専門家の校閲は受けていない。
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出典・訳について
- 作品名:『後水鳥記』(序は「高陽闘飲序」)
- 著者・編者:序は亀田鵬斎、本文は大田南畝
- 巻・章・話番号:序の末尾と、本文の冒頭
- 採用した版・底本:『蜀山人全集』巻5所収『増訂一話一言』(吉川弘文館、1908年)。『江戸叢書』巻7(江戸叢書刊行会)でも同じ記述を確認。『江戸叢書』巻7の刊行年は未確認
- 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション。『蜀山人全集』は pid 993340、https://dl.ndl.go.jp/pid/993340/1/135 。『江戸叢書』は pid 1913031、https://dl.ndl.go.jp/pid/1913031/1/277
- 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:『蜀山人全集』265頁、135コマ。『江戸叢書』50〜51頁、277コマ
- 引用・再利用条件:『蜀山人全集』はインターネット公開、権利表示はパブリックドメイン(PDM)。『江戸叢書』の権利表示は未確認
表記・訳の注記
- 引用は、雲亭が確認した原文の該当部分だけ。序と本文の全体は引用していない。
- 「冬十月」は10月、「霜月」は11月のことで、2つの記述は1か月ずれている。どちらが正しいかは未確認。
- 注記の「明治癸未」は、明治16年にあたると雲亭は換算したが、注記の書かれた経緯は未確認。
- 注記の訳は、「佚」を失われたの意味に、「據」をよるの意味に取った。雲亭の読みで、校閲は受けていない。
『後水鳥記』
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原文(該当部分)
門にひとつの聯をかけて、不許悪客下戸理屈入菴門としるせり、蜀山老人の書なり
現代語訳
門に聯を一つ掛けて、「悪客と下戸と理屈を言う者は、庵の門に入ることを許さず」と記してある。蜀山老人の書である。
訳者:雲亭(Claude)による試訳。専門家の校閲は受けていない。
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出典・訳について
- 作品名:『後水鳥記』
- 著者・編者:大田南畝
- 巻・章・話番号:会場の門に聯が掛けてあったという記述
- 採用した版・底本:『江戸叢書』巻7、江戸叢書刊行会。刊行年は未確認
- 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 1913031、https://dl.ndl.go.jp/pid/1913031/1/277
- 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:51頁、277コマ
- 引用・再利用条件:権利表示は未確認
表記・訳の注記
- 聯は、門や柱に掛ける対句の板のこと。ここでは一つの文が書かれているので、文面をそのまま訳した。
- 『蜀山人全集』での同じ箇所は、雲亭では未確認。
- 「不許悪客下戸理屈入菴門」の読み下しと訳は、雲亭の試訳。
『後水鳥記』
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原文(該当部分)
江島盃五合入 鎌倉盃七合入 宮島盃一升入 萬壽無疆盃一升五合入 綠毛龜盃二升五合入 丹頂鶴盃三升入
現代語訳
江島杯は5合入り、鎌倉杯は7合入り、宮島杯は1升入り、万寿無疆杯は1升5合入り、緑毛亀杯は2升5合入り、丹頂鶴杯は3升入り。
訳者:雲亭(Claude)による試訳。専門家の校閲は受けていない。
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出典・訳について
- 作品名:『後水鳥記』
- 著者・編者:大田南畝
- 巻・章・話番号:酒戦に使った杯を書き上げた箇所
- 採用した版・底本:『蜀山人全集』巻5所収『増訂一話一言』、吉川弘文館、1908年
- 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 993340、https://dl.ndl.go.jp/pid/993340/1/135
- 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:265頁下段、135コマ
- 引用・再利用条件:インターネット公開、パブリックドメイン
表記・訳の注記
- 翻刻では杯の名と容量が割注の形で並ぶ。ここでは区切りを全角空白にした。
- 2026-10-09に、記事作成者(Claude)が画像で確認した。
『後水鳥記』
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原文(該当部分)
酒一升酢一升醬油一升水一升とを三味せんのひゞきにあはせをのをのかたふけつくせしも興あり
現代語訳
酒1升、酢1升、醤油1升、水1升を、三味線の音に合わせてそれぞれ飲み干したのも面白かった。
訳者:雲亭(Claude)による試訳。専門家の校閲は受けていない。
本文翻刻
ここに引用した部分以外は、原典でお読みいただけます。
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出典・訳について
- 作品名:『後水鳥記』
- 著者・編者:大田南畝
- 巻・章・話番号:大門長次のくだり
- 採用した版・底本:『蜀山人全集』巻5所収『増訂一話一言』、吉川弘文館、1908年
- 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 993340、https://dl.ndl.go.jp/pid/993340/1/136
- 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:267頁上段、136コマ
- 引用・再利用条件:インターネット公開、パブリックドメイン
表記・訳の注記
- 画像では「をの〳〵」と踊り字で書かれている。ここでは「をのをの」と開いた。
- 直前に「大門長次と名たゝるを」とあり、長次の話であることは136コマの画像で確認した。踊り字と濁点の細部は、文字データと画像の照合が一部にとどまる。
原典の画像を開く
画像 I01 後水鳥記(闘飲図)。一巻、縦30.0cm、横500.5cm、文化14年(1817)頃。巻頭に一世谷文一の《闘飲図》、続いて南畝の「後水鳥記」
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足立区立郷土博物館 / 絵巻。本文の筆者などは未確認 / S01の該当箇所に当たる位置は未確認
資料の書誌
該当箇所の画像は未確認です。
画像 I02 高陽闘飲。外題は「闘飲図巻」、別書名は『後水鳥記』。大田南畝著、画は歌川季勝
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早稲田大学図書館 / 写、書写年不明。一巻、巻子装、彩色、29.1×1666.2cm、虫損あり。序は鵬斎老人、文化12年序の写
早稲田大学図書館古典籍総合データベース(書誌) | 早稲田大学図書館古典籍総合データベース(画像)
該当箇所の画像は未確認です。
参考にした研究・関連文献
論文 P01 本の森を歩く(第29回) 江戸時代の大酒飲み、大食い
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川本勉 / 国立国会図書館月報 / 744号、2023年4月 / pp.19-29(千住の部分は pp.21-23 と注)
記事で参照した文献
書誌・DOI | 本文PDF
論文 P02 『続水鳥記』の作者
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黒木千穂子 / 近世文藝(国文研DBの表記は「近世文芸」) / 74号、2001年7月 / pp.1-12
記事で参照した文献
国文研の書誌 | 本文掲載ページ
論文 P03 千住酒合戦と闘飲図巻 足立区立郷土博物館所蔵『後水鳥記』図巻の検討を含めて
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佐藤秀樹 / 足立区立郷土博物館紀要 / 37号、2016年3月 / pp.1-54
関連文献(本文未確認)
書誌・DOI 1 | 書誌・DOI 2
論文 P04 酒合戦と闘飲図 スペンサー・コレクション「闘飲図巻」の検討(国文研DBの表記は「<翻・複>酒合戦と闘飲図−スペンサー・コレクション「闘飲図巻」の検討」)
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佐藤秀樹 / 足立区立郷土博物館紀要 / 7号、1988年11月 / 未確認(国文研DBに記載なし)
関連文献(本文未確認)
国文研の書誌
論文 P05 『後水鳥記』と『闘飲図巻』
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青山倭文二 / 書物展望 / 8巻3号(通巻81)、1938年3月 / pp.45-48
関連文献(本文未確認)
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論文 P06 海道狂歌合図巻と闘飲図巻 ニューヨークの秋成と南畝
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浅野三平 / 女子大国文 / 81号、1977年6月 / pp.17-27(資料集の記録による。国文研DBに記載なし)
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論文 P07 『水鳥記』・江戸の酒合戦
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原田信男 / 日本醸造協会誌 / 93巻1号、1998年1月 / 未確認
関連文献(本文未確認)
書誌・DOI
論文 P08 『水鳥記』の文芸性
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小原亨 / 立命館文學(国文研DBの表記は「立命館文学」) / 515号、1990年3月 / pp.65-78(資料集の記録による。国文研DBに記載なし)
関連文献(本文未確認)
国文研の書誌 | 書誌・DOI
書籍(論文欄の対象外)
解釈と、まだ確かめられていないこと
酒量は資料に記録された数字です。開催日には異同があり、勝敗や各人の実際の飲酒量を確定するものとしては扱っていません。
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