雲亭 日本古典図書室

江戸時代のバズレシピPart 2 — 卵百珍

白身と黄身が入れ替わった、不思議なゆで卵。この「黄身返し卵」を紹介する動画は、今もいくつも投稿されています。実はこの料理は、江戸時代の料理本にも作り方が載っています。では、その本は当時、どれほど評判になった本だったのでしょうか。

多彩な卵料理を調理し盛りつける江戸時代の料理人たち
AI生成によるイメージです

卵をストッキングに入れて、勢いよく回す。取り出して、回しながら10分ほどゆで、殻をむいて切ると、白身が内側、黄身が外側になっている。ある動画の説明には、こんな作り方が書かれています。ところが江戸時代の本が書く作り方には、ストッキングも回転も出てきません。針で小さな穴をあけ、ぬか味噌に5日ほど漬けるのです。

01「黄身返し」は江戸の料理本の技?

黄身返し卵の動画は、今も数多く投稿されています。「江戸の技を再現する」と題したものもあり、江戸時代の名を冠した動画は少なくありません。

この料理の作り方は、天明5年(1785)に出た料理本『万宝料理秘密箱』にも載っています。この本は一名「玉子百珍」とも呼ばれ、卵百珍の名で知られます。3年前の天明2年(1782)には、豆腐だけで100品を集めた『豆腐百珍』が出ていました。

卵だけで百品あまりを並べたこの本は、当時どう受け止められたのでしょうか。まず本の中身から見ていきます。

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02卵だけで103品の本

『万宝料理秘密箱』は、京都の器土堂が著した本です。卵百珍の部分は、原本で103品の料理を載せています。材料は鶏卵が97パーセントで、卵白を染めたり花の形にしたりする、見栄えを重んじた料理が多いと分析されています。[P01]

同じ材料を何通りにも使う、という趣向は『豆腐百珍』と同じです。ただし卵百珍には、見た目の工夫をこらした料理が目立ちます。ここで黄身返し卵の原文を読んでみます。

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03原文の黄身返しは、ぬか味噌に漬ける

本には「黄味返し卵の仕方」として、短い作り方が載っています。新しい地卵の頭のほうに針で少し穴をあけ、ぬか味噌に5日ほど漬ける手順です。取り出して水でよく洗い、煎貫にすると、中の黄味が外へ、白味が中へ入る、と書かれています。[S01、I01]

原文に書かれているのは、作り方と、この料理を「黄味返し」と呼ぶことだけです。実際に黄身と白身が入れ替わったかどうかは、この文章からは分かりません。ある動画の説明にある、回転させる方法とは、手順がまったく違います。

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04かすてらも、淡雪も、糸組も

卵百珍には、今の菓子に近い名の料理も出てきます。「家主貞良卵」は、卵18個、白砂糖160匁、小麦粉8合を溶いて、油を引いた鍋で焼く料理です。鍋の上には行灯の火皿を載せ、灰を敷いて火を入れるので、上下から熱が加わります。作り方は上々の菓子と同じだと書かれています。[S03、I03]

「淡雪卵」は、卵白を細い竹串6、7本でせわしなくかき立て、泡立ったものを薄い板に載せて蒸します。吸い物にそのまま入れると書かれています。[S03、I03]

「糸組卵」は、濾した卵白に色をつけて焼き、組み合わせる料理です。赤は生臙脂、青は青菜の汁を卵白に混ぜ、黒は「かもじ卵のごとく」とあり、黄は黄身をそのまま焼くと書かれています。組み方は料理人の思うままです。[S04]

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05「バズった」と言える根拠は?

この本が評判を呼んだと言える手がかりは、本の最後の頁にあります。刊記には「天明五乙巳出來」と「寛政七乙卯正月補刻」とあり、書肆として京の中川藤四郎と江戸の須原屋茂兵衛の名が並びます。[S02、I02]

補刻は、初版を一部補って改めることです。名倉秀子によると、天明5年の初版は大坂と京都の本屋から出ました。10年後の補刻本には、江戸の本屋の名が加わっています。[P01、S02]

続篇も出ました。早稲田大学図書館の書誌には、寛政7年から12年にかけての「前篇・二篇」8冊が載り、復刻叢書『江戸時代料理本集成』の目録には、二篇の刊行が寛政12年とあります。補刻本の巻末には、『海鰻百珍』など別の料理本の広告も付いています。[W01、W02、W03、I02]

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06言い切れないことと、残る疑問

補って刷り直し、続篇まで出たことは、この本に需要があると見込まれていたことをうかがわせます。ただし、何部刷られたか、誰がどのくらい読んだかは、刊記や書誌からは分かりません。「バズった」は現代の言い方で、数字で裏づけることはできません。

黄身返しにも、分からない点が残ります。原文は手順だけを書いており、江戸の人が実際に作れたかは書いていません。動画の方法が、この原文の再現かどうかも、いまの手がかりでは決められません。

動画で話題の料理の原点は、短い一節の中にありました。その原文を、次に読んでみましょう。

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『万宝料理秘密箱』卵百珍「黄身返し卵」
作者:器土堂(京都)

原文(該当部分)

地たまごの 新しきを 針にて頭の方へ すこシばかり穴をあけ 扨能糠味噌へ 五日ほど漬おきて 取いだしよく水にて洗ひ 煎貫にすれば 中の黄味が 外へなり 白味が 中へ入ル 是を黄味返しといふ

現代語訳

産みたての地卵の頭(殻の丸いほう)に、針で小さな穴を開け、ぬか味噌に5日ほどよく漬け置き、取り出して水でよく洗い、ゆでると、中の黄身が外側となり、白身が内側へ入る。これを黄身返しという。

現代語訳の提供元は『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成)です。

本文翻刻

ここに引用した部分以外は、原典でお読みいただけます。

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出典・訳について

『万宝料理秘密箱』卵百珍「黄身返し卵」

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  • 作品名:『万宝料理秘密箱』卵百珍「黄身返し卵」
  • 著者・編者:器土堂(京都)
  • 巻・章・話番号:前篇 巻之二、卵百珍「黄味返し卵の仕方」、CODH番号015(雲亭の選録10)
  • 採用した版・底本:国文学研究資料館の本(請求記号 49-101、80丁)。天明5年版の補刻で、寛政7年(1795)刊。書誌ID 200021712、DOI 10.20730/200021712
  • 翻刻提供元・URL:『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成) https://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/tamago-hyakuchin/recipe/015.html.ja
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:画像番号29(国文研の画像順)。丁と表裏は数えていない
  • 引用・再利用条件:CC BY-SA 4.0。クレジット文「『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成)『日本古典籍データセット』(国文研所蔵)を翻案」。https://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200021712/ に同ライセンスの表示がある

表記・訳の注記

CODHの翻刻は手順を4つに分けているが、ここでは一続きにした。翻刻にある振り仮名の補い(「頭(かしら)」「扨能(さてよく)」)は外している。現代語訳にある「(有精卵)」は原文にない補いなので、外した。「煎貫」を「ゆでる」とする訳はCODHによる。この語の用例は確かめていない。国文研の原本画像(画像29)で、同じ手順の文章があることを目視で確かめた。

「地たまご」は、その土地で飼われた鶏の卵を指します。「煎貫」は、現代語訳でゆでることと解釈される語です。作り方の最後に「是を黄味返しといふ」と名前をそっと添えているのが、注目したい表現です。結果を誇らない淡々とした書きぶりも、原文の味わいになっています。

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出典と原典の画像

元の記録や研究を、自分の目で確かめられます。

ほかの一次資料

『万宝料理秘密箱』の刊記(本の最後の頁)

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原文(該当部分)

天明五乙巳出來 寛政七乙卯正月補刻 書肆 京堀川通六角下ル町 中川藤四郎 江戸日本橋通(丁目の数字は判読に自信がない) 須原屋茂兵衞

現代語訳

天明5年(乙巳)に出来。寛政7年(乙卯)正月に補刻。書肆は、京の堀川通六角下ル町の中川藤四郎と、江戸日本橋通の須原屋茂兵衛。

本文翻刻

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出典・訳について
  • 作品名:『万宝料理秘密箱』の刊記(本の最後の頁)
  • 著者・編者:器土堂
  • 巻・章・話番号:前篇 巻末
  • 採用した版・底本:国文学研究資料館の本(49-101)、寛政7年の補刻本
  • 翻刻提供元・URL:翻刻なし。雲亭が画像から読んだ。https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200021712/83?ln=ja
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:画像番号83(見開きの左頁に刊記、右頁に出版広告)
  • 引用・再利用条件:CC BY-SA 4.0(国文研『日本古典籍データセット』。表示は https://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200021712/ )

表記・訳の注記

翻刻は雲亭が画像から読んだ。専門家の確認は受けていない。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。「出來」は出版されたこと。国文研の書誌の注記に「天明5年版の補刻、巻之三末・巻末に出版広告を付す」とある。広告の頁には『海鰻百珍』『料理指南抄』『珍味百飯集』などの書名が見える。広告の本文は全部は読んでいない。

『万宝料理秘密箱』卵百珍「家主貞良卵」と「淡雪卵」

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原文(該当部分)

上々大玉子を 十八に 白砂糖百六十匁 うどんの粉八合入レ 右三品を よくとき合セてもじの切か 布の目のあらきかに入レ 一へんしぼりて さて大和鍋か江戸鍋かの底へ 油をとくと引 右のたまごをいれ 下へ火をよわくして 上に行燈の火皿をのせ 此中へ灰を 一重引 其上に 火を入レ やくべし 此仕方は 上々菓子の仕方に同し

卵の白味を 半紙の中へ入レよくしぼりこして ふかき鉢にいれ 細き竹串 六七本にてせわしくかきたてかきたてば右白味大分になり 沫立しを薄き板に 厚サ三分ほどにのせて こしきに入レむし すぐに出すべし 又むすぶには 水の中へ入レ ほそく長く切て 水の中にてむすび 遣ひ方は 吸ものぢか入レにすへし

現代語訳

上等の大きな卵18個、白砂糖160匁、小麦粉8合をよく溶き合わせる。麻の切れか布目の荒い布で一度こす。大和鍋か江戸鍋の鍋底に油を多めに引き、卵液を入れ、下火を弱くする。上には行灯の火皿を載せ、灰を薄く敷いて火を入れて焼く。この方法は上々の菓子の作り方と同じである。

卵の白身を半紙に入れてしぼって濾す。深い鉢に入れ、細い竹串6、7本でせわしなくかき立てると、白身の量が増える。泡立ったものを厚さ3分(約1センチ)になるよう薄い板に載せ、こしきで蒸し、すぐに出す。結ぶときは、細長く切って水の中で結ぶ。使い方は、吸い物に直接入れる。

現代語訳の提供元は『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成)です。

本文翻刻

ここに引用した部分以外は、原典でお読みいただけます。

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出典・訳について
  • 作品名:『万宝料理秘密箱』卵百珍「家主貞良卵」と「淡雪卵」
  • 著者・編者:器土堂(京都)
  • 巻・章・話番号:前篇 巻之二、CODH番号030、031(雲亭の選録19、20)
  • 採用した版・底本:S01と同じ国文研の本(49-101、寛政7年補刻)
  • 翻刻提供元・URL:『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成) https://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/tamago-hyakuchin/recipe/030.html.ja 、https://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/tamago-hyakuchin/recipe/031.html.ja
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:画像番号34(見開きの右頁に家主貞良卵、左頁に淡雪卵)
  • 引用・再利用条件:CC BY-SA 4.0。クレジット文「『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成)『日本古典籍データセット』(国文研所蔵)を翻案」

表記・訳の注記

CODHの翻刻は手順ごとに分かれており、ここでは一続きにした。「使い方など」のうち、淡雪卵の分は原文に引いた(家主貞良卵の分は本文で使っていない)。CODHの現代語訳は砂糖を「60匁(225g)」とするが、国文研の画像29の次の見開き(画像34)で見ると原文は「百六十匁」で、訳の数字は原文と合わない。本文では原文の160匁に従い、現代語訳もここでは「160匁」に直した。淡雪卵の訳は、CODHの文を一部ことばを整えて縮めた。

『万宝料理秘密箱』卵百珍「糸組卵」

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原文(該当部分)

是も 卵の白味を よく漉して 白味は其侭にて 赤は 生燕脂を入 合セ 青は青菜を こまこまにきざみ 其生汁を入レ合セ 右のことくに焼べし 黒きはかもじ卵のことく 黄は卵の黄味そのまま焼べし 遣ひ方は 一、䑓引もの 一、組肴もの 一、大硯盖もの 一、吸もの 一、手取ざかな 其外何にても 見合すへし 組やうは 庖丁人の 心に任すべし

現代語訳

これも卵の白身をよく濾す。白身はそのまま使う。赤は、白身に生臙脂を混ぜ合わせる。青は、青菜を細かに刻み、その生の汁を白身に混ぜ合わせる。同じように焼く。黒はかもじ卵のようにする。黄は、卵の黄身をそのまま焼く。使い方は、台引物、組肴物、大硯蓋物、吸物、手取肴、そのほかは何にでも見合わせて使う。組み方は料理人の思うままにする。

本文翻刻

ここに引用した部分以外は、原典でお読みいただけます。

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出典・訳について
  • 作品名:『万宝料理秘密箱』卵百珍「糸組卵」
  • 著者・編者:器土堂(京都)
  • 巻・章・話番号:前篇 巻之二、CODH番号005(雲亭の選録5)
  • 採用した版・底本:S01と同じ国文研の本(49-101、寛政7年補刻)
  • 翻刻提供元・URL:『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成) https://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/tamago-hyakuchin/recipe/005.html.ja
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:CODHの画像番号25(https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200021712/25?ln=ja )。雲亭では画像を開いていない
  • 引用・再利用条件:CC BY-SA 4.0。クレジット文は S01 と同じ

表記・訳の注記

CODHの翻刻は手順ごとに分かれており、ここでは一続きにした。「使い方など」の翻刻と現代語訳は、CODHの記録(005)から原文欄に足した。国文研の画像では、この行を確かめていない。現代語訳の提供元は『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成)。CODHの現代語訳は「白髪卵の様に焼く」とするが、原文は「右のことくに焼べし」で、ここでは原文に近い形にした。

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画像 I01 『万宝料理秘密箱』(一名玉子百珍)前篇

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国文学研究資料館 / 寛政7年(1795)、天明5年版の補刻。80丁、請求記号 49-101 / 画像番号29(黄味返し卵の仕方)

資料の書誌 | 該当箇所の画像

画像 I02 『万宝料理秘密箱』(一名玉子百珍)前篇

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国文学研究資料館 / 寛政7年(1795)、天明5年版の補刻 / 画像番号83(刊記と出版広告)

資料の書誌 | 該当箇所の画像

画像 I03 『万宝料理秘密箱』(一名玉子百珍)前篇

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国文学研究資料館 / 寛政7年(1795)、天明5年版の補刻 / 画像番号34(家主貞良卵と淡雪卵)

資料の書誌 | 該当箇所の画像

参考にした研究・関連文献

論文 P01 萬寶料理秘密箱「玉子百珍」に掲載された卵料理について

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名倉秀子 / 十文字学園女子大学紀要 / 51号、2020年度(CiNii表記は2021年3月) / 71頁から

記事で参照した文献

書誌・DOI | 本文掲載ページ

論文以外の参考資料

解釈と、まだ確かめられていないこと

原文の底本は、天明5年版を補った寛政7年の補刻本です。現代語訳は、人文学オープンデータ共同利用センターの『江戸料理レシピデータセット』を、雲亭で一部直したものです。国文学研究資料館の『日本古典籍データセット』を翻案したもので、CC BY-SA 4.0 で提供されています。『万宝料理秘密箱』は、作り方を並べた手引きの形の本です。刊記や書誌から分かるのは本の出版の様子までで、売れた数や読者の反応は分かりません。

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