雲亭 日本古典図書室

実録・かぐや姫

竹から生まれ、月へ帰るかぐや姫。ところが、古い本に出てくる「竹取の翁」の話は、一つではありません。九人の娘と歌を交わす老人もいれば、雷を捕まえてくるよう求める姫もいます。よく知る『竹取物語』と、どこが違うのでしょうか。

月明かりの竹林で光る竹を見つける翁
画像はイメージです

春の三月、竹取翁という老人が丘に登って遠くを眺めると、鍋で羹(あつもの)という汁物を煮ている九人の娘に出会います。娘たちは笑いながら「おじさん、こちらに来て、この鍋の火を吹いてください」と呼びかけ、翁は「はいはい」と答えて、ゆっくり座に着きます。万葉集に見えるこの場面には、竹の中の赤ん坊も、かぐや姫の名前も出てきません。[S03]

01同じ「竹取の翁」でも、話は一つではない

竹から生まれた姫に求婚者が集まり、姫が月へ帰っていく。よく知られた『竹取物語』の筋です。

一方、『万葉集』と『今昔物語集』にも竹取の翁が登場します。ただし、三つの本で同じ物語が語られるわけではありません。名前が共通していても、人物や出来事を一つずつ比べる必要があります。

成立が早い順に並べると、『万葉集』、『竹取物語』、『今昔物語集』となります。ここでは場面の違いが見えやすい順に読んでいきます。[P02、W02]

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02万葉集の竹取翁に、姫はいない

万葉集の巻十六には、竹取翁が出てくる前書きと、翁と娘たちの歌がのっています。前書きによると、翁は九人の娘に「おじさん」と呼ばれ、鍋の火を吹かされます。しばらくすると、娘たちは笑いながら、だれがこの翁を呼んだのかと互いに押し付け合うのです。[S03]

翁は謝って「思いがけず神仙(仙人)に出会い、心が惑うのを抑えられません。なれなれしくした罪は、歌でつぐないたいと思います」と言い、歌を作ります。[S03] 翁が詠んだ歌のうち、長い歌に添える短い歌である反歌二首は白髪と老いがテーマです。娘たちも「娘子等和歌九首」という題で、九首の和歌を返します。[S04]

前書きと反歌二首の範囲では、竹の中で見つかる子も、求婚者も、月も出てきません。後の物語と重なるのは、竹取翁という呼び名だけです。

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03今昔物語集では、姫の課題が雷と花と鼓

今昔物語集の巻三十一第三十三話は、竹取の翁が竹の中に三寸ほどの小さな人を見つける話です。三寸ほどの人を竹の中に見つける点は、竹取物語と重なります。小さな人は三月ほどで普通の大きさになります。[S01、S05、I01]

姫に求婚する宮中に仕える上達部や殿上人に、姫が出した課題は三つです。最初は空に鳴る雷を捕まえて来ること、次は仏教でめったに咲かないとされる優曇花(うどんげ)という花を取って来ること、最後は打たないのに鳴る鼓を取って来ることでした。本文は、海辺へ行く人や山に入る人がいて、命を落とす者や帰らない者も出た、と書いています。[S01]

竹取物語の難題は、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の頸の玉、燕の子安貝で、今昔の三つとは一つも重なりません。[S01、S06] 求婚者の人数は今昔の本文に書かれておらず、西田禎元は三人と数えています。[S01、P01]

迎えの場面も違います。会いに来た天皇に、姫は、自分は鬼でも神でもなく、まもなく空から人が迎えに来ると告げます。そのとおり、空から大勢の人が輿を持って来て、姫を乗せて昇っていきました。今昔の本文には、月も、天の羽衣も、不死の薬も出てきません。[S02]

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04よく知る『竹取物語』と、どこが違う?

竹取物語も「いまはむかし、たけとりの翁といふものありけり」と始まります。光る竹の筒の中に三寸ほどの人を見つけるところまでは、今昔と同じです。[S05]

五人の求婚者に出される課題は、人ごとに別の宝物です。石作の皇子には仏の御石の鉢、庫持の皇子には蓬莱の玉の枝、残る三人には火鼠の皮衣、龍の頸の玉、燕の子安貝を求めます。[S06] 石作の皇子は、山寺にあった鉢を錦の袋に入れて、かぐや姫の家へ持って来ます。庫持の皇子の玉の枝は、作らせたものでした。[S08、I02]

今昔にも、天皇が姫を后にしようとする場面はあります。[S02] ここで比べた『竹取物語』と今昔の話のうち、『竹取物語』にあるのは、天の羽衣、不死の薬、ふしの山の煙です。[P01、S07]

物語は、不死の薬を燃やした山を「ふしの山」と名づけ、その煙が今も雲の中へ立ちのぼると伝えて結ばれます。[S07]

万葉集、今昔物語集、竹取物語と並べると、話が少しずつ育ったように見えます。けれども、成立の順番は、この並びとは違うのです。竹取物語は九世紀後半から十世紀前半ごろに成立したとされます。[P02] 今昔物語集は、十二世紀前半ごろに成立した説話集で、竹取物語よりずっと後の本です。[W02] 今昔の話が、竹取物語を短く語り直したものなのか、別の形で伝わっていた話なのかは、本文だけでは決められません。

翁の名にも、本による違いがあります。この記事で採用した本文は「さるきのみやつこ」です。写本には「さかき」という形もあり、よく知られる「さぬき」と一律に直せるわけではありません。本文を伝えてきた本の違いにも注目してみてください。詳しくはDKによる写本と校訂の解説を参照しています。

一

万葉集 巻十六

竹取翁が九人の娘に会い、歌を交わす。前書きと反歌二首の範囲では、竹の中の子も求婚者も出てこない。

二

今昔物語集 巻三十一

竹の中の姫に、雷、優曇花、打たないのに鳴る鼓が課題として出される。天皇が姫を后にしようとする場面もある。迎えは空から来る人々。

三

竹取物語

五人に五つの宝物が課題として出される。天の羽衣、不死の薬、ふしの山の煙も出てくる。

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05中国の「斑竹姑娘」は、元ネタなのか

斑竹姑娘の筋は次のとおりです。チベットの金沙江のほとりで、朗巴という少年と母が竹を大切に育てていました。強欲な土司が竹を切り倒そうとしたので、朗巴は一節の竹を隠して守りました。

その竹の中から女の子が現れ、斑竹姑娘と名づけられます。成長した二人のもとに、土司の息子、商人の息子、役人の息子など五人が求婚に来て、五つの難題を出されて失敗し、朗巴と姑娘は結ばれます。[P01、P02]

この話が日本で注目されたのは1970年代です。伊藤清司、百田弥栄子、君島久子らが、日本語での紹介と竹取物語との比較を進めました。三人は二つの話の似ている点を重く見て、竹取物語が斑竹姑娘から影響を受けたと考えました。[P02]

確かに似ている点があるのです。二つの話は、竹から生まれた娘、五人の求婚者、五つの難題、求婚者たちの失敗という筋を共有し、難題には火鼠の皮衣や燕にかかわる物という共通の品もあります。[P01] 一方で西田禎元は、竹取物語が天に帰る姫の話なのに対し、斑竹姑娘は朗巴と姑娘が結ばれる話であり、全体の主題は違うと述べています。[P01]

二つの関係には、異論もあります。唐植君の整理によると、片桐洋一は、海から遠いチベット族の話に船で海へ出る場面があるのは不自然だと指摘しました。奥津春雄は、斑竹姑娘は『金玉鳳凰』をまとめた田海燕が手を入れた再創作で、竹取物語と直接のつながりはないと論じています。宋成徳も、田海燕以外に採集した人がいないことから、田海燕の創作の色が濃いと見ています。[P02]

ただし、唐植君自身は、1950年代に本になったことだけで斑竹姑娘が新しいとは言えず、田海燕の再創作だという意見は軽率だ、と述べています。[P02] 辞典には、斑竹姑娘は中国の古い文献に見えずルーツも分からないので、日本から逆に伝わった話ではないかという説もある、と書かれています。[W01] 二つの話の前後関係を決める確かな材料は、研究の側にもまだ揃っていません。

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06同じ翁の名で、三つの本は別の話を語る

竹取の翁の名で呼ばれても、三つの本は別々の話を語っています。万葉集は九人の娘に会う老人の歌、今昔物語集は雷、優曇花、鼓を求める姫、竹取物語は五つの宝物と天への帰還です。

今昔物語集は、結びで、姫が結局何者なのか分からず、翁の子になったわけも納得しがたい、と書き、これを世の人の受け止め方として伝えています。[S02] 世の人にとっても、姫は正体の分からない存在でした。

「元ネタがある」という話を聞いたときは、どの本のどの場面と比べているのかを見ると、確かめやすくなります。次の古文では、今昔物語集の三つの課題を読んでみましょう。

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『今昔物語集』「竹取翁、見付女児養語」
作者:作者不明の説話集

原文(該当部分)

女初には「空に鳴る雷を捕へて將來れ。其の時に會はむ」と云けり。次には「優曇花と云ふ花有てり。其れを取て持來れ。然らむ時に會はむ」と云けり。後には「不打ぬに鳴る鼓と云ふ物有り。其れを取て得せたらむ折に自ら聞えむ」と云て、不會さりければ、

現代語訳

女は、はじめに「空で鳴っている雷を捕まえて持って来なさい。そのときに会いましょう」と言った。次には「優曇花という花があります。それを取って持って来なさい。そうしたときに会いましょう」と言った。最後には「打たないのに鳴る鼓という物があります。それを取って私にくださったとき、自分から声をかけましょう」と言って、会わなかったので、

本文翻刻

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出典・訳について

『今昔物語集』「竹取翁、見付女児養語」

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  • 作品名:『今昔物語集』「竹取翁、見付女児養語」
  • 著者・編者:作者不明の説話集
  • 巻・章・話番号:巻第三十一 第三十三話
  • 採用した版・底本:『今昔物語集』巻第三十一、近藤圭造、東京、明治15年(1882)8月刊(活字本)
  • 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 877543、https://dl.ndl.go.jp/pid/877543/1/51
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:四十八丁、51コマ(話の初めは50コマ、四十七丁)
  • 引用・再利用条件:国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開、パブリックドメイン(NDLの権利表示 pdm、2026-10-09に確認)

表記・訳の注記

句読点とかぎ括弧は雲亭が補った。字体は底本のまま。「聞えむ」の「え」は底本では「ゑ」に近い字形。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳で、専門家の校閲は受けていない。求婚者の部分の本文は「其の時の諸の上達部殿上人、消息を遣て假借しけるに」で、人数は書かれていない。

「將來れ」は「連れて来い、持って来い」、「不打ぬに鳴る鼓」は「打たないのに鳴る鼓」という意味です。三つの課題は、どれも実際には手に入れようのない物で、雷と鼓には「鳴る」という同じ語が使われています。最初の二つの課題は、どちらも「會はむ」、つまり「会いましょう」という約束の形です。

わからない言葉は、共通の単語帳へ →

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出典と原典の画像

元の記録や研究を、自分の目で確かめられます。

ほかの一次資料

『今昔物語集』「竹取翁、見付女児養語」

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原文(該当部分)

(前略)やがて具して宮に返て后に立て(中略)女の云く「己れ鬼にも非す神にも非す。但し己をは只今空より人來て可迎き也」と。(中略)暫許有て空より多の人來て、輿を持來て此の女を乘せて空に昇にけり。(中略)其の女遂に何者と知る事無し。亦翁の子に成る事も何なる事にか有けむ。惣て不心得ぬ事也となむ世の人思だる。

現代語訳

(前略)そのまま連れて宮中に帰り、后に立て(中略)女が言うには「私は鬼でも神でもありません。ただ、私は今、空から人が来て迎えることになっています」と。(中略)しばらくして、空から大勢の人が来て、輿を持って来て、この女を乗せて空へ昇っていった。(中略)その女が結局何者なのか、知る人はいない。また、翁の子になったことも、どういうわけだったのだろう。すべて納得しがたいことだと、世の人は思っている。

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出典・訳について
  • 作品名:『今昔物語集』「竹取翁、見付女児養語」
  • 著者・編者:作者不明の説話集
  • 巻・章・話番号:巻第三十一 第三十三話(後半)
  • 採用した版・底本:S01と同じ(近藤圭造、明治15年)
  • 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 877543、https://dl.ndl.go.jp/pid/877543/1/52
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:四十九丁、52コマ
  • 引用・再利用条件:S01と同じ(パブリックドメイン)

表記・訳の注記

冒頭の「后に立て」は52コマ右頁の冒頭近くにある。「立て」の次の字は、「む」とも「られ」とも画像で判読しきれず、その手前で切った。中略は、天皇の言葉と、迎えに来た人の姿の描写を省いた箇所。「思だる」は底本の表記のまま(読みは「思へる」「思ひたる」などの可能性があり、確定していない)。句読点とかぎ括弧は雲亭が補った。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。話の最後の一文「此る希有の事なれば此く語を傳へたるとや」は引用していない。

『万葉集』巻十六、竹取翁と九人の娘子の歌の前書き

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原文(該当部分)

昔有老翁。号曰竹取翁也。此翁、季春之月、登丘遠望。忽値煮羹之九箇女子也。百嬌無儔、花容無止。于時娘子等、呼老翁嗤曰、叔父来乎、吹此鍋火也。於是翁曰、唯唯。漸趍徐行、着接座上。良久娘子等、皆共含咲相推譲之曰、阿誰呼此翁哉。爾乃竹取翁謝之曰、非慮之外、偶逢神仙、迷惑之心、無敢所禁。近狎之罪、希贖以謌。即作歌一首并短歌。

現代語訳

昔、老いた翁がいた。名を竹取翁という。この翁は春の終わりの月に丘へ登り、遠くを眺めていると、思いがけず、羹を煮ている九人の娘に出会う。美しさはたぐいがなく、花のような顔は言いようがない。そのとき娘たちは、翁を呼んで笑いながら言う。「おじさん、いらっしゃい。この鍋の火を吹いてください」。そこで翁は「はいはい」と答え、ゆっくりと進んで、座の上に着く。しばらくして、娘たちは皆で笑いをこらえ、押し付け合って言う。「だれがこの翁を呼んだの」。そこで竹取翁は謝って言う。「思いがけず神仙に出会い、心が惑うのを抑えることができません。なれなれしくした罪は、どうか歌でつぐなわせてください」。そして歌一首と短歌を作る。

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出典・訳について
  • 作品名:『万葉集』巻十六、竹取翁と九人の娘子の歌の前書き
  • 著者・編者:万葉集の注釈書は鹿持雅澄『万葉集古義』
  • 巻・章・話番号:巻十六(歌番号は新編国歌大観で3791番とされるが、底本では確認していない)
  • 採用した版・底本:『万葉集古義 第16巻 上天』宮内省、明治24年(1891)10月(活字本)
  • 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 874263、https://dl.ndl.go.jp/pid/874263/1/11
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:八丁〜九丁、11〜12コマ(前書きは11コマの右頁から12コマの右頁まで)
  • 引用・再利用条件:国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開、パブリックドメイン(NDLの権利表示 pdm、2026-10-09に確認)

表記・訳の注記

底本の訓点と振り仮名は省き、漢字だけを句点で区切って示す。底本の字体から通行の字体に直した字は「羮→羹」「號→号」「來→来」。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。「季春之月」は晩春、つまり旧暦三月を指す。注釈書の本文であり、写本によって文字が異なる箇所がある。

『万葉集』巻十六、竹取翁の反歌二首と、娘子たちの和歌の題

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原文(該当部分)

反歌二首 死者木苑、相不見在目、生而在者、白髪子等丹、不生在目八方 白髪為子等母生名者、如是将若異子等丹所詈金目八

現代語訳

死んでしまえば、会うこともないでしょう。生きているのなら、白髪が若い娘たちにも生えないことがあるでしょうか。 あなたがたにも白髪が生えたなら、今の私のように、若い娘たちにののしられずにいられるでしょうか。

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出典・訳について
  • 作品名:『万葉集』巻十六、竹取翁の反歌二首と、娘子たちの和歌の題
  • 著者・編者:S03と同じ(『万葉集古義』)
  • 巻・章・話番号:巻十六、竹取翁の歌に続く反歌二首、および「娘子等和歌九首」
  • 採用した版・底本:S03と同じ(『万葉集古義 第16巻 上天』)
  • 翻刻提供元・URL:国立国会図書館デジタルコレクション pid 874263、https://dl.ndl.go.jp/pid/874263/1/44(反歌)、https://dl.ndl.go.jp/pid/874263/1/46(娘子等和歌九首の題)
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:反歌は四十一丁、44コマ。和歌の題は四十三丁、46コマ
  • 引用・再利用条件:S03と同じ(パブリックドメイン)

表記・訳の注記

漢字だけを読点で区切って示した。底本の読みと注釈は省いた。第2首の「子等母生名者」は、相手の娘たちにも白髪が生える場合を述べる表現として訳した。歌の意味は、底本の注釈の説明を手がかりにした大まかな訳で、1首目の「子等」と2首目の「異子等」の解釈には複数の説があり、確定していない。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。長歌の本文は読んでいない。

『竹取物語』(国立国会図書館の書誌名は『竹取翁物語』)冒頭

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原文(該当部分)

いまはむかし、たけとりの翁といふものありけり。野山にまじりて竹をとりつつ、よろづの事につかひけり。名をば、さるきのみやつことなむいひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一すぢありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。

現代語訳

今となっては昔のことだが、竹取の翁という者がいた。野山に分け入って竹を取り、さまざまなことに使っていたという。名はさるきの造といい、みやつこは姓の一種である。その竹の中に、根もとの光る竹が一本あった。不思議に思って近寄って見ると、筒の中が光っている。それを見ると、三寸ほどの人が、たいそうかわいらしい姿で座っていた。

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出典・訳について
  • 作品名:『竹取物語』(国立国会図書館の書誌名は『竹取翁物語』)冒頭
  • 著者・編者:作者不明
  • 巻・章・話番号:第1冊の冒頭
  • 採用した版・底本:国立国会図書館蔵 古活字版『[竹取物語]』(慶長年間)、請求記号 WA7-195、第1冊(28丁)
  • 翻刻提供元・URL:雲亭が画像から読んだ。国立国会図書館デジタルコレクション pid 2544595、https://dl.ndl.go.jp/pid/2544595/1/3
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:3コマ(左頁)
  • 引用・再利用条件:国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開、パブリックドメイン(NDLの権利表示 pdm、2026-10-09に確認)

表記・訳の注記

底本は変体仮名まじりの連綿体の活字で、通行の仮名に直し、濁点、句読点を補った。「さるき」は採用本文の表記を保持した。DKの2026年10月10日の解説によれば、古本と流布本第3類には「さるき」、流布本第1類・第2類には「さかき」が見られ、「さぬき」とする本文は江戸時代の校訂に関わる。各写本の独自再照合は未実施。参照:https://x.com/tktrl/status/2108793415110627722 。「みやつこ」は姓の一種。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。

『竹取物語』五人の求婚者への課題

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原文(該当部分)

かぐや姫、石作の皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり、それを取りて給へ、といふ。庫持の皇子には、東の海に蓬莱といふ山あんなり、それに白銀を根とし、金を茎とし、白き玉を実として立てる木あり、それ一枝折りて給はらむ、といふ。今ひとりには、もろこしにある火ねずみの皮衣を給へ。大伴の大納言には、龍の頸に五色に光る玉あり、それを取りて給へ。石上の中納言には、燕のもたる子安の貝取りて給へ、といふ。

現代語訳

かぐや姫は、石作の皇子には「仏の御石の鉢という物があります。それを取って来てください」と言う。庫持の皇子には「東の海に蓬莱という山があるそうです。そこに、白銀を根、金を茎、白い玉を実として立っている木があります。その枝を一本折って、いただきましょう」と言う。もう一人には「唐土にある火鼠の皮衣をください」と言う。大伴の大納言には「龍の頸に五色に光る玉があります。それを取って来てください」、石上の中納言には「燕が持っている子安貝を取って来てください」と言う。

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出典・訳について
  • 作品名:『竹取物語』五人の求婚者への課題
  • 著者・編者:作者不明
  • 巻・章・話番号:第1冊(課題を告げる場面)
  • 採用した版・底本:S05と同じ(古活字版 WA7-195 第1冊)
  • 翻刻提供元・URL:雲亭が画像から読んだ。国立国会図書館デジタルコレクション pid 2544595、https://dl.ndl.go.jp/pid/2544595/1/9
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:9コマ(右頁の終わりから左頁)
  • 引用・再利用条件:S05と同じ(パブリックドメイン)

表記・訳の注記

変体仮名を通行の仮名に直し、句読点を補った。「あんなり」は画像で「あ」の次に小さな「ん」が読める。「今ひとりには」は画像の字を「今獨には」と読んだ(西田禎元の論文の引用「いま一人には」と対応)。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。

『竹取物語』巻末の富士の煙

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原文(該当部分)

その山を、ふしの山とは名づけける。その煙、いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞ、いひつたへたる。

現代語訳

その山を、ふしの山と名づけたのである。その煙は今も雲の中へ立ち上ると、言い伝えている。

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出典・訳について
  • 作品名:『竹取物語』巻末の富士の煙
  • 著者・編者:作者不明
  • 巻・章・話番号:第2冊の結び
  • 採用した版・底本:国立国会図書館蔵 古活字版『[竹取物語]』(慶長年間)WA7-195、第2冊(24丁)
  • 翻刻提供元・URL:雲亭が画像から読んだ。国立国会図書館デジタルコレクション pid 2544596、https://dl.ndl.go.jp/pid/2544596/1/25
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:25コマ(左頁)
  • 引用・再利用条件:S05と同じ(パブリックドメイン)

表記・訳の注記

底本は「ふし」と濁点なしで書く。変体仮名を通行の仮名に直し、句読点を補った。直前の「その由承て…」の部分は、画像の読みに自信がなく引用していない。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。

『竹取物語』石作の皇子の鉢と庫持の皇子の玉の枝

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原文(該当部分)

(10コマ)…ある山寺に…鉢の…取りて、にしきのふくろに入れて、…かぐや姫の家に持て来て見せければ、 (18コマ)…かしこき玉の枝を作らせ給ひて…

現代語訳

(10コマ)…ある山寺に…鉢を…取って、錦の袋に入れて、…かぐや姫の家に持って来て見せたところ、 (18コマ)…すぐれた玉の枝を作らせなさって…

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出典・訳について
  • 作品名:『竹取物語』石作の皇子の鉢と庫持の皇子の玉の枝
  • 著者・編者:作者不明
  • 巻・章・話番号:第1冊(求婚者たちが課題の品を用意する場面)
  • 採用した版・底本:S05と同じ(古活字版 WA7-195 第1冊)
  • 翻刻提供元・URL:雲亭が画像から読んだ。国立国会図書館デジタルコレクション pid 2544595、https://dl.ndl.go.jp/pid/2544595/1/10(石作の皇子)、https://dl.ndl.go.jp/pid/2544595/1/18(庫持の皇子)
  • 原文の頁・丁・表裏・画像コマ:石作の皇子は10コマ(左頁)、庫持の皇子は18コマ(右頁)
  • 引用・再利用条件:S05と同じ(パブリックドメイン)

表記・訳の注記

連綿体の活字を画像で拡大して読んだ。引用は読み取れた部分だけで、省いた部分は「…」で示した。変体仮名を通行の仮名に直し、句読点を補った。庫持の皇子の「作らせ」を誰に作らせたかは、引用した範囲では読み取れていない。現代語訳は雲亭(Claude)によるAIの試訳。

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画像 I01 『今昔物語集』巻第三十一

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国立国会図書館 / 近藤圭造、東京、明治15年(1882)8月刊、活字本(請求記号 特40-594) / 四十七〜四十九丁、50〜52コマ(竹取翁の話は50コマの左頁から52コマの左頁まで)

資料の書誌 | 該当箇所の画像

画像 I02 『[竹取物語]』(書誌名『竹取翁物語』)第1冊、第2冊

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国立国会図書館 / 古活字版、慶長年間、毎半葉10行17字、請求記号 WA7-195。巻末に「竹取翁物語秘本申請興行之者也」とある / 第1冊の3コマ、9コマ、10コマ、18コマ。第2冊の25コマ

資料の書誌 | 該当箇所の画像

参考にした研究・関連文献

論文 P01 『竹取物語』と『斑竹姑娘』

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西田禎元 / 創大アジア研究 / 16号、1995年3月 / 16〜24頁

記事で参照した文献

書誌・DOI | 本文掲載ページ | 本文PDF

論文 P02 日中説話における類話への考察 『竹取物語』と「斑竹姑娘」の対比研究を中心に(副題の前後は原題ではダッシュ)

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唐植君 / 比較日本文化学研究 / 10号、2017年3月 / 52〜67頁(書誌による。今回読んだ本文は52〜65頁)

関連文献(本文未確認)

書誌・DOI | 本文掲載ページ | 本文PDF

論文以外の参考資料

解釈と、まだ確かめられていないこと

今昔物語集の本文は、1882年に活字で刊行された版です。万葉集は、鹿持雅澄の注釈書『万葉集古義』にのせた本文で、写本によって文字が違う箇所があります。竹取物語は、慶長年間の古活字版です。斑竹姑娘は20世紀に中国で採集された民話で、中国の古い文献には見えないと辞典に書かれています。唐植君の論文は、片桐洋一、奥津春雄、宋成徳の説を紹介したもので、三人の論文そのものではありません。

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